令和百物語

みるみる

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第二十一夜 河童様

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熊本県の人吉には様々な河童伝説があり、河童を祀った神社や祭りがあった。地元民の俺自身は河童など見た事はなかったが、子供の頃から河童は身近な存在だった。

高校を卒業すると、俺を含めて皆本州へ集団就職した。勿論地元へ残る奴もいた。

今年俺は長年勤めた会社を停年退職し、何年かぶりに人吉へ帰ることにした。その事を地元に残ってる奴に伝えたら、当時の同級生で集まれる奴らだけで集まって、同窓会をする事になった。

俺は病気持ちで足も悪い為、人吉へは妻にも同行してもらった。

「ああ、本当に遠い。あなた、足は大丈夫?」

新幹線と電車を乗り継ぎ、長い道のりを経てやっと人吉へ辿り着いた。足も腰ももうガタガタだった。

「いかんな。杖があっても歩けん。タクシー呼んでくれ。」

俺は妻とタクシーで旅館へ行き、大人しく部屋で休む事にした。

ポッポッポッ。

「あら、雨ね。」

「雨か、もう少し遅く着いてたら濡れてしまってたかな。」

ザザザザザザザザザザーッ

「あらあら、凄く強い雨になってしまったわね。これじゃあ、どのみち観光や散策なんて出来なかったわね。諦めてお部屋でゆっくりしましょう。」
  
ザザザザザザザザザザーッ

雨はずっと降り続いていた。

コンコン、

「すみません。雨で避難所が開設されたようです。球磨川の水も大分濁って水位も上がってきたんで、もし避難されるなら今のうちに避難を‥‥。」

「分かりました。ありがとうございます。」

旅館の人だった。話し終わるとすぐ次の部屋へと説明に向かっていた。

大雨で、旅館内がバタバタしていた。

「俺は行かん!足も悪いし、皆んなに迷惑かけてしまう。それぐらいなら、ここで死ぬ!」

「でも、それだと旅館の人が困るでしょう。」

結局、雨は止むことはなかった。俺達はそのまま宿で過ごす事にした。


ダダダダダ、


「あなた、起きて。変な音がするの。」

「雨の音だろ!寝かせてくれ。」
 
「でも‥。」


ダダダダダ、


‥‥確かに妻の言う通り、太鼓を叩いたような音が地面から響いていた。地震?まさか、山が崩れるのか?

その時だった。外から窓を叩いて誰かが俺を呼ぶ声がした。

「靖、靖、逃げろ!靖、逃げろ!」

「誰だ!おい、お前も危ないだろうが!」

「靖、俺だ、逃げろ!」  

俺を呼ぶ声に聞き覚えがあったが、誰かは分からない。でも、同級生の誰かなんだろう。俺がここに泊まっている事を知ってて、雨が凄いから避難するように言いに来たんだろう。

「‥‥分かった。上着をとってくれ。いやな予感がする。避難所へ行くか。」

「あなた、こんな真っ暗な夜中にですか?」

「行こう。」

「‥もう、ならもっと早く言ってくれれば良いのに。」

俺は妻に支えられて、真っ暗で雨が降る中を避難所へ指定されてだ場所へ向かった。

濡れて冷えた体をタオルでふき、妻と寄り添い朝を迎えた。

朝になって驚いた。俺達の泊まっていた旅館は、山の土砂崩れで埋もれていたのだ。幸いな事に、皆が避難していた為死傷者は出なかった。

同級生達が、俺を心配して避難所へ来たが、誰も昨日の夜中に俺を呼びには行ってないと言う。

埋もれた旅館の周りに大きな足跡がたくさん残されていたという。同級生達は河童様が助けてくれたのではないか、と言った。

まさか、そんな事はないだろう。

だが、俺はあの声の主をやっと思い出した。

小学生の頃に川の氾濫で行方不明になった敬なのではないかと思った。

妻には窓を誰かが叩く音や俺を呼ぶ声は聞こえなかったという。俺にだけ聞こえた音と声。

俺はあれが河童様だろうが、行方不明になった敬だろうがきっと驚かないだろう。

ただ、人ではない何かに助けられた事だけは事実なのだ。

人吉を出る際、俺と妻は青井阿蘇神社へ行って、命が助かった事の御礼を言った。

河童様、敬、助けてくれてありがとう。
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