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第四十六夜 保険の女
しおりを挟むピンポーン、
玄関のチャイムが鳴ったが、俺は出たくなかったので、玄関脇の窓から少しだけ顔を出して対応した。
「はい‥‥。」
「こんにちは。私、スミレ生命保険の渡辺と申します。今日は、お仕事お休みですか?おやすみの所、失礼します。今日はですね、お客様に‥‥。」
保険会社の渡辺と名乗る女は、中年の小太りのおばちゃんだった。縁無しの眼鏡と厚化粧に、何となく女の押しの強さを感じた。
「あの、用件は何ですか?長くなると困るんです。出かけるんで‥‥。」
「今日は、スミレ生命保険のお勧めの保険のご案内に来ました。お出かけするんですよね。すぐに済むので、玄関に来て頂けますか。ここだとお話しにくいので‥‥。すみませんが、お願いしますね。‥‥ここはちょっとないですわ。‥ね、‥‥ね、‥‥すみませんが、玄関を開けて下さる?私もね、暇じゃないんです!」
俺は葛藤していた。玄関を開けたら、この保険のおばちゃんは、玄関の中に入ってきて、俺が保険を契約するまで居座るだろう。
だが、ここで断って無視したところで、俺が家にいる事は明白だから、ずっと玄関を開けろと騒ぐだろう。挙句には、出先までつけられるかもしれなかった。‥今日はデートだったのに、最悪だ。
「‥はぁ、あの本当に保険は結構です。ここでお断りします。」
俺はそう言って、窓を閉めた。
玄関では、相変わらず保険のおばちゃんが騒いでいた。
「‥はあ?玄関を開けなさいよ!話もできないじゃない。何なの、あんた。こっちはこの為にわざわざ来てんのよ。早く開けなさいよ!」
「うるさいぞ!」
あっ、しまった。隣の住人からクレームが来てしまった。
俺は着替えを済ませ、さっさと家を出た。
「‥やっと出て来てくれたのね。この保険の‥。」
「あの、俺出かけますって言いましたよね。もう保険の話は結構ですので!」
「‥あのね、そういうのは良くないわよ。話だけでも聞いときなさいよ!こっちもボランティアじゃねーんだって、聞けよ!」
「‥しつこいと警察呼びますから。」
「この保険のこのプランは、あんたも近いうちに必ず必要になって、私に感謝するんだから!おい、聞けよ!」
俺は携帯電話を取り出し、警察に掛けるふりをしながら小走りに去った。
保険のおばちゃんは走るのを躊躇ったのか、それとも警察を恐れたのか、追いかけては来なかった。
俺はやっと彼女の待つ店へ行くことができた。
「遅れてごめん。出がけに保険のおばちゃんにつかまってさぁ、大変だったんだ。」
「保険のおばちゃんに目をつけられたの?じゃあ大変だ。一筋縄じゃいかないよ。向こうもプロだから。」
「おい、やだよ。そんなん言ったら、また来るみたいじゃん。」
「絶対来るよ。」
彼女とそんな話をしてから、彼女の家でご飯を食べたり寛いで帰宅した。
帰りにホームセンターで買ってきた「セールスお断り」のステッカーを、玄関に貼ってから寝た。
それから一週間、保険のおばちゃんは来なかった。ステッカーが効いたのか?まさかな。
俺は出勤時間になり、家を出てアパートの階段を降りていた。あと残り数段の所で階段を踏み外して足をくじいてしまった。
会社に電話を入れて病院へ行くと、骨折だった。手術してもしなくても全治一ヶ月の重症だった。
俺は仕事を一ヶ月休む事にした。そして、家で静養する為、買い物を済ませてリュックに入れて、アパートの階段を手すりと松葉杖を使って、ゆっくりと登った。
やっとの思いで登りきって、部屋に向かおうとすると、いつか来た保険のおばちゃんがいた。
「ほら、私にはあんたがそうなる姿が見えたのよ!だから、あんたにお勧めの保険プランを持って来たのに、休業補償もついて、入院無しで通院だけでも保険が下りるプランだったのよ。
‥‥私ね、家の表札や人の顔を見ただけでその人に将来起きるアクシデントが分っちゃうのよ。フフフ、だからこの職は私の天職なの。」
「あの、もう保険は結構ですので今度来たら警察呼びますよ。帰って下さい。」
「‥あんたの家族や彼女の名前書いて見せてみてよ。お勧めの保険プラン探すわよ。」
「二度と来るな!警察呼ぶって言ってんだろ!帰れ!」
俺がキレ気味にそう言って扉をバンッと閉めると、保険のおばちゃんはビビったのか、そのまま黙って帰って行った。
それからも二度と保険のおばちゃんは来なかった。きっと次のターゲットを見つけたのだろう。
それにしても‥‥未来が見える?その人の未来に起こる怪我や病気とかが分かるなら、確かに保険のセールスは天職だ。だがあれではなぁ‥‥。
あの保険のおばちゃんのセールスは狂気じみてて本当に気持ち悪かったし、怖かった。あれでは、警察も本当に何回か呼ばれてるかもしれないなぁ。
全く天職なんだか、向いてないんだか‥‥
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