47 / 100
第四十七夜 おーい
しおりを挟む南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、
「お母さん、おばあちゃんがまたお経唱えながら歩いてる。」
「‥いいのよ。お年寄りには色々事情があるのよ、きっと。」
「何だよ、事情って。」
「ほら、お年寄りって色んなものに手を合わせてるじゃない。なんか、そんな感じのアレよ。」
「‥‥分かった。」
家に先週からおばあちゃんが来た。おじいちゃんが死んで、おばあちゃん一人じゃ可哀想だからって言って家に来てもらったのだった。
だが、お年寄りとの慣れない同居に僕はストレスが溜まっていた。
「あーもう、またおばあちゃんがトイレに入ってる!」
「しょうがないでしょ。お年寄りはトイレがちかいのよ。」
トイレに入ろうとすると、たいていはおばあちゃんが先に入っていた。トイレに入ると長いし、出てきた後も臭いから嫌だった。
それに、夜になるといつもおばあちゃんの部屋から南無阿弥陀仏が聞こえてくるから、気味が悪くて仕方がなかった。
今日も夜中に目が覚めて、トイレに行くとその途中にあるおばあちゃんの部屋から南無阿弥陀仏が聞こえてきた。
それに、何やら話し声も聞こえた。
「おーい。」
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏‥‥」
「おーい。」
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏‥‥」
何だこれ?
おばあちゃんの部屋に誰かいるような気がして、僕は恐る恐る声をかけた。
「おばあちゃん、誰かいるの?」
「南無阿弥陀‥‥義雄か。おばあちゃんの声で起こしちゃったか、ごめんな。」
「おばあちゃん、おーいって誰か呼んでたけど、誰?」
僕がそう言うと、おばあちゃんは部屋の引き戸をガラッと開けて、僕の肩を掴んできた。
「義雄にも聞こえちゃったのかい。‥すまん。すまん。」
僕はおばあちゃんの部屋に入り、おばあちゃんの話を聞いた。
「じいさんが呆けてから、私一人でじいさんを世話しとったんだ。じいさんは目を離すとすぐに外へ徘徊しに行ったで、その度に私が探しに行っては無理矢理引っ張って連れて帰ってきてたんだ。雨の日も雪の日もな。
夜中も朝も、家の中や外を徘徊しては、勝手に転んで立てなくなり、私を呼ぶもんだから、ある日私はじいさんが呼ぶ声を無視したんだ。
「おーい。」って何度も聞こえたが、無視した。思いっきり転んで、いっそのこと歩けなくなって欲しかった。そうすれば、徘徊して私を困らせる事も無くなるからな。
そしたら案の定、転んで救急車で運ばれてった。それからはやっと寝たきりになってくれた。だが、本当の地獄はそれからだった。
「おーい。」って、一日中じいさんが私を呼ぶんだ。ご飯食べさせても、オムツ替えても、何をやってあげても、私の姿が見えなくなると、一日中「おーい。」って呼ぶんだ。
最初のうちは、呼ばれる都度「何だい?」ってじいさんの顔を見て聞いてやっとったが、じいさんは私の顔を見ると安心するのか黙るくせに、私がじいさんの視界から少しでも見えなくなると、「おーい。」って呼ぶんだ。
おかげで私は一日中気が休まらんかった。
だから、またじいさんを無視してみた。呼んでもすぐに私が来ない、と分かれば呼ぶのを諦めると思ったんだ。
「おーい。」って何度も呼ばれたが、私は頑張って無視した。無視しながらも、食事やオムツ替えはやってあげた。
それでも「おーい。」の声がなくなる事は無かった。私は気が狂いそうだった。なんとか「おーい。」が聞こえないように、部屋のテレビの音量を上げたり、じいさんの部屋の前にラジオを置いて、大音量にしたりした。
それから何日かして、夜中のオムツ替えの時に、じいさんがおかしくなってて、救急車を呼んだ。脳梗塞だった。すぐに入院して、肺炎を起こして死んでしまった。
だが、じいさんは死んだはずなのに、いまだにじいさんの声がするんだ。前の家にいても、この家に来ても‥‥
じいさんはきっと私が死ぬまで、私を呼び続けるんだろうなぁ。」
おばあちゃんはそう言うと、また南無阿弥陀仏を言い始めた。僕はそっとおばあちゃんの部屋を出て、自分の部屋へと戻った。
時折「おーい。」の声も聞こえてきた。
不思議な事に「おーい。」の声は、おばあちゃんと僕以外には聞こえていなかった。
あれから何年かして、おばあちゃんも亡くなった。
「おーい。」の声はもうしなくなった。
0
あなたにおすすめの小説
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?
鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。
先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる