令和百物語

みるみる

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第五十九夜 小さな悪魔

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ピンポーン、

「はーい。あら、さっちゃん。また大きくなったんじゃない?どうぞ入って、入って。」

「おばあちゃん、こんにちは。宜しくお願いします。」

「あら、お利口ね。」

「お義母さん、すみません。今日一日幸子をお願いします。明日のお昼には迎えに来ますので。」

「良いのよ~。でも義孝もあなたも二人共出張なんて珍しいわね。」

「‥本当にすみません。」

「良いのよ~。行ってらっしゃい。」


私と夫の住むマンションに、さっちゃんが来ました。私の息子の義孝と嫁が仕事の出張で、さっちゃんが一人になってしまうからです。

「さっちゃん、今何年生?」

「小学4年生。」

「あら、もうそんなに大きくなったのね。」

「‥去年の正月も会ったじゃん。その時に3年生って言ったし、覚える気がねぇんだったら、聞いてくんな。クソ婆あ!」

「まっ‥。」

さっちゃんは、お母さんがいなくなった途端に豹変してしまいました。私はさっちゃんが急に怖くなり、思わず夫の服の袖をつまんで引っ張り、無言で助けを求めてしまいました。

オホン、

「まあ、これくらいの歳の子は大体こんな感じだ。お前がびっくりする事はない。」

「‥そうよね、ごめんなさい。」

「お前がご飯を作ってる間、俺がさっちゃんと遊んでやろう。なあ、さっちゃん。」

「やったー!じゃあ、おじいちゃんが鬼になって、隠れんぼしよう。」

「よーし。」

私は、夫とさっちゃんの無邪気にはしゃぐ声を聞いて、いつもの可愛いさっちゃんだな、と安心しました。



「あなたー、さっちゃん、ご飯ですよ。」

私は、さっちゃんが好きだと言ってたハンバーグとポテトサラダを夕食に作りました。さっちゃんが美味しそうに食べる姿を想像して、ワクワクしながら二人を待ちました。

‥ところがいくら待っても二人が来ません。心配になり、狭いマンションの部屋の中を探しました。

「さっちゃん、あなた、どこなの?まだ隠れてるの?」

お風呂もトイレも寝室も和室も探したのに、どこにもいません。玄関の開く音はしなかったので、外には出てないはずなのに‥‥。

私はまたリビングに戻りました。

すると、リビングの窓際のカーテンの中からさっちゃんが飛びかかってきました。

「キャー!」

さっちゃんは、私に容赦なく飛びつくと、すっかり鬼になりきって、噛んだり、すりこぎ棒で私を叩いてきました。私は必死に頭と顔を守りました。

「アハハハハ、鬼だぞ!婆あなんか、こうしてやる!えいっ、えいっ、くたばれ!」

「キャー、痛い、ちょっと‥あなた‥助けて‥。」

私はさっちゃんに首を絞められて、頭突きもされて、とうとう気を失ってしまいました。

ふと気が付くと、もう日付けが変わって朝になっていました。

私はリビングからヨロヨロと立ち上がり、夫を探しました。

夫は、玄関の靴箱にもたれて倒れていました。

「あなた!大丈夫!?」

「ん、あ、ああ、さっちゃんが思いっきり飛びついてきた時に、靴箱で頭を打って脳しんとうでも起こしたのかな。‥今何時だ?」

「もう朝ですよ。‥‥はっ、さっちゃんは?」

私は気絶してたとはいえ、さっちゃんを一晩放置してしまいました。心配になって、さっちゃんを探すと、洗面台で歯を磨いていました。

台所に用意した昨晩のハンバーグやポテトサラダも綺麗に食べてありました。

「おばあちゃん、お腹減った。朝ごはんは?」

「‥‥あっ、はい。そうね。すぐ作るわね。」

さっちゃんは、私と夫が気を失ってる間にお風呂も済ませて、和室の布団できちんと寝てたようです。私はほっとしました。

それから私達は三人で、朝食を済ませました。

その後さっちゃんがテレビのアニメに夢中になっていると、玄関のチャイムが鳴りました。

ピンポーン、

私は走って行ってすぐに扉を開けました。

「お帰りなさい。待っていたのよ。さっちゃーん、お母さんよ!あなた、早くさっちゃんを連れて来て。」

夫がさっちゃんの背中を一生懸命に押しながら、玄関まで連れて来てくれました。

「お義母さん、お義父さん、本当にありがとうございました。幸子大人しくて結構楽だったでしょう?」

「‥‥。」 

「ほら幸子、ご挨拶して。」

「おばあちゃん、おじいちゃん、お世話になりました。」

「じゃあ、すみません。失礼します。また何かあったら、幸子を宜しくお願いします。」


「「‥‥もう、来なくて良いから!」」

「えっ?」

私と夫は、嫁とさっちゃんを強引に玄関の外へと送り出した後、すぐに鍵をかけました。

その後、ふと嫁とさっちゃんの様子が気になり、扉の内側の覗き穴から外を覗くと‥‥。

さっちゃんが、こちらを振り返り舌打ちをした後、覗き穴を覗く私に向かってニヤリと笑ってから去って行きました。

それから私と夫は、さっちゃんがもう二度と家に来ないようにと仏壇に向かって必死で願うのでした。
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