令和百物語

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第五十八夜 妊婦の悪夢

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オギャー、オギャー、

赤ちゃんの首を両手で締め上げながら、お風呂に沈める。

水の中で溺れる赤ちゃん。

やめてー!

「わぁっ、はぁはぁ、夢‥か。」

私は、この何週間か悪夢にうなされていた。今朝は、乳児をお風呂に沈めて殺す夢だったが、先日は歩きだした子をベランダから落として殺す夢を見た。

私は無意識に赤ちゃんを育てる事を恐れているのか、それとも将来私があんなにも残虐な人間になるという事を予知しているのか‥‥。

「鈴香どうした、陣痛か‥。」

「あっ、リッ君ごめん。大丈夫、変な夢を見ただけ。また寝るね。」

隣で寝てた旦那にそう言って、私はまた横になった。

妊婦はとにかく眠いのだそうだ。私も毎日、一日に何時間も眠っていた。そして毎回悪夢を見た。



「あっしまった。寝過ごした!リッ君、仕事‥は、もう行ったか。」


時計を見ると、もう8時40分だった。旦那は8時より前にとっくに出勤していた。

台所へ行くと、朝食を食べた皿がそのままになっていた。私はそれを片付けながら、旦那に申し訳なく思った。ここ最近ずっと二度寝をしては寝過ごしていた為、旦那を送り出す事ができていなかったのだ。


「はぁ、また眠たい。これやったら、少し寝よう。」
 

それでも、懲りずに私はまた眠ってしまうのだった。


 

うえーん、えーん、ぎゃっ!あああー、うぁ、‥えーん、

テーブルの下で泣き叫ぶ子を、うるさい!と言って蹴り飛ばす足。転がって柱にぶつかり、頭をおさえて泣き叫ぶ子供。

もうやめて!これは私がやってるの?それとも違う人なの?

もうやめて!


「わぁっ、はぁはぁ。また夢‥。」


もうやだ、こんな夢見たくない。
 


私は産婦人科に行った時に、助産師さんに相談した。助産師さんは、妊婦さんにはよくある事だから、心配ないと言った。赤ちゃんをちゃんと育てられるか心配な精神状態が、そんな夢を見させるのだそうだ。

でも、私は何となくそうじゃない気がした。やはり私は子供を虐待する親になるのかもしれないと感じた。




「鈴香、鈴香聞いてる?今日マンションを見に行くだろ、早く支度しないと。」

「あっ、分かった。」

今日私は、旦那と一緒にマンションを見に行く事になっていた。赤ちゃんが産まれると、このワンルームのアパートでは手狭だし、壁が薄い為隣の住人に迷惑をかけるからだ。



そして着いたマンションは、中古の五階建てのマンションだった。エレベーターはついていなかった。目的の部屋は5階の為、旦那に時々支えられながらやっとの事で、部屋に着いた。

「この部屋になります。」

不動産屋さんの案内で入った室内は、所々リフォームされていた。中古だけど、意外と綺麗な印象だった。それに2LDKの広い間取りと陽当たりの良さが気に入った。

「こちらがベランダになります。上に物干し竿をさせるようになってます。ここで洗濯物も干せますし、このマンションではベランダで布団を干して頂いても構いません。」

不動産屋さんがそう言って、私をベランダに案内した。ベランダは、洗濯機が置けるようになっていた。見晴らしも‥‥。

私はベランダから下を見下ろした時に、既視感を感じた。これは、私が夢で見たベランダだった。私が子供を落としたベランダ‥。

私は慌ててお風呂も見に行った。お風呂も浴槽やシャワー、鏡の位置まで何もかも一緒だった。私が赤ちゃんの首を絞めて溺れさせたお風呂‥‥。



「リッ君、この部屋はやめよう。私見たの。この部屋で赤ちゃんや子供を殺してる夢を見たの。」

「鈴香?」

旦那は私が急に変な事を言い出すので、バツが悪そうに不動産屋さんの顔を見た。
 
すると、不動産屋さんは声をひそめて話し始めた。


「‥‥お客様もそういったモノが見える方なんですね。‥実は何年も前に、この部屋で若い夫婦が子供を虐待死させた事件があったんですよ。その後にお坊さんを呼んでお祓いもしたし、リフォームもしたんで良いかな、と思ったんです。でも入居された方が次々と半年もしない内に退去されていくので‥‥。敏感な人にはそういったモノが見えるのかな、と思っていました。‥‥お安くしますけど、どうしますか?」
 

私達はもちろん即答で断った。




それから私達は別の新築マンションを無事に見つけて入居した。そして入居後すぐに出産をして、この新しいマンションの部屋で私は育児をした。


霊感も何もない私が、何故あんな夢を見てしまったかは分からない。

ただ、あのマンションを買うのをやめた日からは、怖い夢は一切見なくなった。

お腹の赤ちゃんが、あの部屋を私達が買わないように夢を使って警告してくれたんだろうか。

それともあの部屋を買っていたら、私も赤ちゃんを虐待してしまっていたのだろうか。


‥ベランダから子供を落とす夢を見た時、子供の足を逆さ吊りにして、掴んだ腕には縦に並んだホクロがあった。

あれは間違いなく私の腕だった。


だから、今はマンションの一階に住んでいる。一階なら、万が一私や子供がベランダに出ても、落ちて死ぬ事がないからだ‥‥。
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