令和百物語

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第六十四夜 父からの着信

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プルルル、プルルル、

「おい、鳴ってるって。」

「‥知ってる。」

私は携帯電話を鞄から取り出して着信履歴を見るとすぐに電話を切りました。

「‥切ったのか。」

「お父さんからだったし。」

私は大学へ入学してからバイト先の先輩、ナオキと付き合うようになりました。毎日夜10時過ぎまでバイトをし、その後もナオキと会っていたので、家に帰るのは毎日12時過ぎでした。

父はそんな私を心配してか、毎日夜8時を過ぎると頻繁に私に電話をしてきました。今どこにいるのか、だれといるのか、何時に帰るのか等とにかく私が家に帰るまで電話をかけてきたのでした。

「なぁ朱里、夏休みにどこか泊まりで行こうか。」

「やった!‥あっ、お父さんどうしよう。」

「もうさぁ、秘密にするのやめたら?なんだったら俺がお前の家に行って、付き合ってる彼氏ですって言ってやろうか?親御さん安心するんじゃないの?」

「無理!だってお父さんがきっとナオキの携帯電話の番号も聞いてくるよ。それで私の帰りが遅いと、私とナオキの携帯両方に電話をかけ続けるんだよ。いいの?」

「‥いや、それは嫌だけど。」

「それに私の帰りが遅いと、私とナオキが会う日じゃなくても、ナオキの携帯電話にずっと電話をかけ続けるんだよ。いいの?」

「あっ、絶対嫌。」 

「じゃあ家に挨拶に来ないでね。」

「‥分かった。」

それからしばらくたった日、ナオキと会ってるといつものように父からの電話が鳴りました。それも、切れてはまた鳴ってとたて続けて鳴り続けるので、私は家で何かあったのかと心配になり、思わず父の電話に出てしまいました。

「‥朱里、男といるのか?夜遅く迄遊んでないで、すぐに帰って来い。お母さんがずっと心配してるんだぞ。‥お前のせいで俺までとばっちりがくるんだ。‥あと何分で帰るんだ?」

「‥今バイト先なんだから、電話して来ないで!お母さんにもバイト終わったら真っ直ぐ帰るからって言って。」

私はそう言い終わるとすぐに電話を切りました。そして父からの電話に出た事を後悔しました。

「‥なんて言ってた?」

「‥今すぐに帰って来いだって。」

私とナオキは、こんな電話の後だからか話もする気になれず、そのまま帰りました。

それからまたしばらく父の頻繁な着信に悩みつつも、私とナオキは何とか夏休みの旅行に行けることになりました。ちなみに私は友達と旅行に行ってる事にしました。


ナオキとの一泊二日の京都旅行へはナオキの運転する車で行きました。旅館にチェックインすると、私達は観光とグルメを思う存分楽しみました。その間携帯電話は機内モードにしておいた為、煩い着信音に悩まされる事はありませんでした。

旅館も部屋に露天風呂が付いたプランを申し込んだので、二人で夜空を見ながら露天風呂に入る事ができました。

そして寝る時間になって、ふと携帯電話が気になり着信履歴を見ると、父からの着信履歴が大量に表示されていました。機内モードだから、着信履歴は残らないはずなのに‥‥。私は何か嫌な予感がして、すぐに家に電話をかけました。

プルルルル、プルル、

「あっ、お母さん?お父さんから着信履歴が大量にあるんだけど‥‥。えっ、病院に運ばれたの?‥‥‥うん、分かった。今から帰る。」

「どうした?」

「‥お父さんが脳梗塞で病院へ運ばれたって。‥すぐに帰らなきゃ。」

私達は、旅館に事情を話してすぐにチェックアウトして父のいる病院へ向かいました。ナオキは病院の駐車場で私を下ろすと、心配そうにしながらも自分のアパートへ帰って行きました。

私が父の病室へ入ると、父はすでに息をひきとっていました。

父の遺体はそのまま病院へ安置され、家に帰る事なく葬儀場へ送られました。

父のお通夜、お葬式、初七日がバタバタと行われました。

全て滞りなく終わり、やっと自宅で一息ついた時、私は母にナオキとの事や京都旅行へ行っていた事を白状しました。すると、母も私に話したい事があると言うのです。


「‥お父さんの携帯電話にも朱里の電話への発信履歴がたくさんあったけど、おかしいのよね。だって、履歴にある時間帯ってちょうどお父さんがICUにいた時間帯だもん。お父さんが電話をかけられる訳ないのにね。‥‥よっぽど朱里が心配だったんだね。それに、最後に朱里の声が聞きたかったのかもね。」


私は母の話を聞いて、これまで父をぞんざいにあしらっていた事を今更ながら後悔しました。


それから何日かたった頃、ナオキと私は父の仏壇に交際してる事を報告しました。

そして父の四十九日の前日、私の携帯電話に父からの着信がありました。私が出ようとするとすぐに切れてしまいましたが、私はこの着信で父がちゃんと成仏してあっちの世界に旅立ってる事を確信しました。


「分かったよ。お父さんはもうあっちの世界に行くから、お前は幸せにな。お母さんに心配かけるなよ。」


この着信で、きっと父は私にそう言いたかったんだと思います。
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