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第六十三夜 階段の人影
しおりを挟む僕が最近越してきたアパートは、木造二階建ての古いアパートでした。しかも、僕の部屋は二階の奥にある為、部屋へ行くには必ず古い鉄鋼階段を登らなければならなかったのです。
僕はこの鉄鋼階段が嫌いでした。錆びだらけのこの階段は、足元から下が丸見えだし、雨降りには滑りやすいし、何より腐食した部分が欠けていて、いつどこが崩れ落ちてもおかしくない気がしたからです。
それに‥夜11時を過ぎると必ず〝あいつ″が出るからです。
あいつと初めてあったのは、先週の金曜日の夜でした。僕は仕事で遅くなり、11時30分近くの帰りになってしまいました。
夜遅い事もあって、なるべく足音を立てないようにとそろそろと階段をのぼっていきました。すると階段を上りきる手前に、黒っぽい半透明の人影を見つけました。
僕は足もとばかりを見て階段をのぼっていたので、その人影にびっくりしました。けど、下手に反応すると〝あいつ″について来られそうな気がしたので、何食わぬ顔で部屋まで歩いて行きました。
次の日の夜は9時台に帰宅したせいか、〝あいつ″はいませんでした。
けど、今週に入って月曜日と水曜日、帰宅が11時を過ぎてしまった日は、決まって〝あいつ″は階段にいました。
そして今日、僕はまた階段に〝あいつ″を見つけてしまいました。腕時計は11時35分を示していました。
僕はいつも通り〝あいつ″を無視して階段をのぼるつもりが、買い物袋が柵に引っかかってつまずきそうになり、思わず「わっ」と声を出してしまいました。
するとその直後、階段の〝あいつ″を見ると、ユラユラと動いて僕の方を向きました。そして僕について来てしまいました。
僕は、それでも平静を装って玄関に入りました。玄関に入ればきっともう大丈夫だろうと思っていたのに、〝あいつ″は玄関どころかもうすでにリビングにまで入ってきてました。
「全く‥虫なら、虫スプレーで追い払えるのになぁ。幽霊スプレーって売ってないのかなぁ。」
なんて独り言を言いながら、僕はウロウロしていました。
〝あいつ″は勝手に冷蔵庫を開けたり、風呂場や寝室に入っていったりと好き勝手に僕の部屋の中を散策していました。
僕はそのうち疲れて、〝あいつ″を追い出すのを諦めました。目の前でウロウロされるのは気になりますが、特に害もないし、それに気にしたところで何にもならないですから‥‥。
僕は開き直って、〝あいつ″の動くのを見ながらビールを飲み始めました。
〝あいつ″は僕がビールを飲む前で、同じくビールを飲む動作をし、台所でタバコを吸うような仕草をしています。
そのうち、〝あいつ″は風呂場に入ってシャワーまで浴びてリビングに帰って来ました。そして、何やら誰かと喋ってるかのようにもぞもぞと動いていました。
「おいおい、幽霊でもシャワー浴びるのかよ。っていうか生きてる人間みたいに動くんだな。」
僕はもう〝あいつ″が怖くなくなり、平気で話せるようになりました。とはいえ、〝あいつ″は話しかけても返事なんかしませんが‥。
ピピピピピ、ピピピ、
「はい、はい。‥優子か。おお、今から?もう夜中だぞ。‥‥良いけど。じゃあ待ってるわ。」
ピッ
電話は元カノの優子からでした。優子とは、別れてからも時々会って、体の関係だけはずっと続いていたのです。
その優子が今から来るというのです。
「おいお前さぁ、優子来るから出てってくれない?なんてな‥。」
僕が冗談めかして〝あいつ″に言うと、〝あいつ″がいきなりベランダへ出て、ベランダから飛び降りてしまいました。
「おい!お前‥‥。」
僕はびっくりして止めようとしましたが、間に合いませんでした。
「‥って幽霊だから落ちても平気なのか?」
僕は〝あいつ″が幽霊だった事を思い出し、安心して、またリビングに戻りビールを手に持ちました。
ピンポーン、
優子が来てチャイムを鳴らしました。優子は合鍵を持っていないので、僕は玄関を開けてやりました。
優子をリビングに入れてやり、しばらく二人でくっついてビールを飲んだり、テレビを見て過ごしました。
僕は先にシャワーを済ませ、優子にくっつき、優子の体を弄りました。
「優子、今日も泊まってくんだろ?早くシャワー浴びて来いよ。」
僕がそう言うと、優子は鞄から果物ナイフを取り出し、僕に詰め寄ってきました。
「一真、今付き合ってる人いるんでしょ。一真の会社の人から聞いたんだよ。‥上司の娘さんなんでしょ。結婚もするんだよね。」
「‥そうだよ。だから何だって言うんだ、優子には関係ないだろ。」
「‥あるわよ!散々私の事を弄んで、私とは結婚も何もするつもりがなかったのね!」
優子はそう言って、興奮した様子で刃物を振り回してきました。
ベランダまで追い込まれた僕は、低い手摺りに手を滑らせて、ベランダから落ちてしまいました。
それでも二階なので、死ぬ事はありません。
ですが、嫌な予感がします。
ベランダから落ちて倒れた僕の隣で、〝あいつ″が身動きもせず倒れたままで横たわっているのです。
よくよく思い出すと、〝あいつ″の動きは優子が部屋に入って来てからの僕の動きにそっくりだったのです。こうしてベランダから落ちるところまで‥。
「一真、見ーつけた。」
僕は体を起き上がらせる前に、優子に体中をナイフで刺されて出血多量で死にました。
死ぬ間際、意識が遠のこうとする瞬間に〝あいつ″が僕に言いました。
『僕はお前なんだよ。』
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