令和百物語

みるみる

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第六十二夜 実家の人形

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結婚してから二年、念願の赤ちゃんを授かった私は出産の為に、両親のいる実家に帰って来た。

ガラガラ、

「お母さん、お父さん、ただいま~。」

「紗奈、おかえり。お父さんが紗奈のお部屋を掃除機かけておいたから、すぐ使えるわよ。」

「ありがとう。」

私は自分の部屋に入ると懐かしさに癒された。だが、押し入れの前に人形の入ったガラスケースがいくつか置いてあるのが気になった。

「お母さーん、これ何。部屋に人形があるんだけどー。」

私は部屋から大声で母を呼んだ。すると父がとんできた。

「紗奈ごめん。ちょっと訳ありで、この部屋にしか置けないんだ。少しの間だけ我慢してくれんか。」

「えっ、訳ありって何?」

「ちょっと、今晩だけでも良いから置かせてくれ。」

「‥明日にはどかしてくれるのよね?」

「ああ、だから頼む。」

「‥分かった。でも足をひっかけて転ぶと危ないし、明日にはどかしてよ。」

「‥ごめんな。妊婦の部屋に置くものじゃないよな。だけど、明日には必ずどかすから。」

「‥分かった。」

こうして、私は人形達と部屋で同居する事になった。



その晩ベッドで寝ていると、誰かの話し声で目が覚めた。父と母の声だった。

「馬鹿が!お前みたいなデブは外で一日中草でも取っとけ!」

「何よ!甲斐性なしの内弁慶が!見栄ばっかり張って!」

父と母が喧嘩をしているようだった。それにしてもこんな夜中に、しかも娘に聞こえるような大声で喧嘩をするだろうか?そもそも私の知る両親は、喧嘩一つしないおしどり夫婦だったはず‥‥。

「お前みたいなだらしない女と結婚するんじゃなかった!もう離婚だ!」

「何よ!自分こそ浮気してるの棚にあげて!」

えっ、離婚?しかもお父さんが浮気してるなんて‥‥。

私は二人の喧嘩の仲裁に入ろうか、それとも喧嘩に気づかない振りをしていようか迷った。

でも‥やっぱり、両親には仲良しでいて欲しいので、私は勇気を出してベッドから出ると両親の寝室に向かった。

「お父さん、お母さん!‥‥って、あれ、喧嘩してなかった?」

「いや‥‥、ずっと寝てたけど。」
 
「‥あなた、まさかあの人形じゃないの?」

私が両親の寝室に入ると、二人はぐっすり眠っており、私の声で驚いて目覚めたようだった。勿論喧嘩なんてしていなかった。

「‥あれ?でも、二人の喧嘩する声がしたんだって。それにお父さんが浮気してたって聞いてびっくりして‥‥。」
   
「‥あなた?」   

「いやいや、してないって。」

「‥‥じゃあやっぱり人形が‥。」

「お母さん、人形ってなんの話なの。私の部屋に置いてある人形のこと?教えて。」


母がようやく人形について話してくれた。

あの人形達は、私が実家を出た後に寂しくなった父が、ちょくちょく買い集めた物らしい。ただ、二体目を買ったあたりから、人形同士で話すようになってしまったのだそうだ。

最初にその事に気付いたのは母だった。男の子の日本人形と、お姫様の日本人形が夜中にリビングで話しているのを聞いたのだという。話の内容から察するに、二人はどうやら両思いだったらしい。何日か話し声を聞き続けていたら、二人はいつの間にか結婚したようだった。   

だがそんな事を知らない父は、まだちょこちょこと人形を買い揃えていった。

すると、新婚ほやほやで仲が良かったはずの、最初の二体の人形が痴話喧嘩をするようになったらしい。

原因は後からやってきたフランス人形だった。どうやら男の日本人形が、フランス人形を気にして口説いていた、というのだった。

その後も人形達は、人間関係で色々揉めているのだという。

父と母は、人形達を自分達の寝室から一番遠い私の部屋に置いたのだという。
   
だが私が出産の為に実家に来る事になったから、それまでに人形達を倉庫に移動して、神社にお焚きあげをしてもらうように、母が父に頼んでおいたというのだ。

それでも人形達を捨てたくない父は、私の部屋に置いて一晩様子を見てから、人形達の処遇を決めようとしたらしい。

「あなた!だから早く神社に持ってけって言ったでしょ。」

「ごめん。」



その後、私は恐る恐る自分の部屋に戻ると、そっとベッドに潜り込んだ。

すると‥‥

「‥おい、人間!聞こえてんだろ。って言うか、人の喧嘩を盗み聞いてんじゃねぇよ!」

「何よ!私達の部屋にどうして人間が入ってんのよ!出てきなさいよ。」

「‥まあ、人間なんか無視しておけばいいさ。‥それよりもさっきはごめんな。」

「‥私こそ、ひどい事言っちゃった。」

「愛してる。」   

「‥いやん、私も愛してる!」


‥‥私が両親の部屋に行っている間に、人形達はどうやら仲直りをしたようだ。

‥それにしても、人形達のこのくだらない茶番劇はいつまで続くのか。

人形達はずっと愛を囁きあっているのだった。


私は、明日必ず父に人形達のお焚きあげをしてきて貰おうと強く思いながら、人形達に叱られないように、必死に朝まで寝た振りをするのだった。
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