令和百物語

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第七十八夜 鏡

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妻が古くて大きな鏡を持ってきた。

「‥うちに鏡なんて必要ないだろう。」

「でも、職場の早川さんがいらないからってくれたんだもん。」

「‥お前‥前にも古いパソコンをもらって来てたよな‥。」

「‥‥だって、早川さんパートリーダーなんだもん。断れないんだもん。」

「‥‥。」


うちの妻は娘が小学生になると、介護施設でパートを始めるようになった。

そしてその頃から、そこのパートリーダーの早川さんから色々や不用品を押し付けられては、家に持ち帰って来ていた。

先週は、いつの時代のパソコンだよってツッコミを入れたくなるぐらいの大きなパソコンを持ち帰ってきた。

その前には、毛玉だらけのカーディガンを何枚か貰って来ていた。しかも安く譲ってあげるからと言って500円を払わされたらしい。

早川さんにとって、妻は不要品を押し付けるのに都合の良いカモとなっているようだった。

早川さんは、妻の〝ひとに頼まれると断れない性格”をよく見抜いていたのだ。

そんな早川さんに押し付けられた不要品を、妻は結局リサイクルランドへ持って行き、時にはお金を払って引き取って貰っていたのだった。


「‥はあ、この鏡もリサイクルへ持って行かなきゃいけないわよね。」

「‥やたらと重いし、壁にもかけられないんだから、要らんだろ。」

「‥分かった。じゃあ来週の平日休みにまたリサイクルへ持って行くわね。‥それまでどこに置こうかな‥。」

「香奈がぶつかって倒すと危ないから、俺達の寝室しかないよな。」

こうして、妻が早川さんに無理矢理押し付けられた鏡は俺達の寝室に置かれる事となった。


その晩、布団に入ってから俺が携帯のゲームで遊んでいると、隣で寝ている妻がうなされて寝汗をかいていた。

「うっ、うう、‥‥。」

「おい、どうした?」

「熱い、熱い、熱い‥‥。」

「おいー、大丈夫か?」

「あっ、‥夢、‥体に火がついて燃える夢を見てたの。」

「‥夢か、びっくりした。」

妻は夢でうなされていただけと知り、俺は安心した。

「水持ってきてやるよ。」

俺が台所へ水をとりに行こうとすると、妻が震える手で、鏡を指差して言った。

「‥‥あの鏡、‥私が夢の中で火に包まれてる時もあった。しかもね鏡の中で早川さんが、燃えてる私を見て笑っていたの。」

「‥‥。」


次の日、妻はパートを休んで朝一で鏡をリサイクルランドへ持って行った。

鏡がなくなったその日から、妻は夢にうなされる事はなかった。やはりあの鏡はいわく付きだったらしい。

妻はそれ以降、早川さんに何か不用品を押し付けられそうになっても、主人に叱られるから、と言って断るようにしたらしい。

流石の妻も、今回の事で懲りたようだ。



「‥はぁ、鈴村さん変わったよねぇ。私がいつもみたいに何か持ってきてあげても、要らないって断ってくるようになったのよ。感じ悪くない?」

「早川さん、少しやり過ぎたんじゃないの?」

「‥だって鈴村さんさぁ、いかにも〝我が家は家庭円満で幸せなんです”ってオーラ出してて、ウザかったんだもん。」

「ああ、なんか分かるかも。」

「だからさぁ、家のいわく付きの古い鏡も鈴村さんに押し付けてやったの。」

「それで鈴村さん、何か言ってた?」

「ううん、何にも教えてくれないの。でも、きっと何かあったのよね。フフフ、良い気味よ。」

「‥うん、まあ。‥やり過ぎないようにね。」

「フフフ、鈴村さんに押し付けた鏡なんだけど、前の持ち主が火事で亡くなった時に、あの鏡だけ焼けずに残っていたらしいの。

それで持ち主のご家族が処分に困ってたの。持ち主のご家族が言うには、その鏡を捨てようとしても何故か戻ってきてしまうんですって。」

「うわぁ、思いっきりいわく付きだね。」

「でしょ。だから鈴村さんにあげたのよ。」

「‥でもさぁ、前の持ち主のご家族から貰ってきたのって、早川さんでしょ。案外早川さんの家に戻って来てるかもね。」

「まさかぁ。大丈夫よ。」



それから何日か後に早川さんのお宅が火事になり、早川さんも火傷を負ったそうだ。早川さんはパートをしばらく休んでいたが、結局職場にはもう戻る事はなかったそうだ。

早川さんの知り合いの話では、早川さんのお宅が火事になり家屋が全焼してても、何故か玄関に置かれた鏡だけは焼け残っていたらしい。

あれから早川さんがどうしたのか、鏡がどうなったかは知らない。

ただ妻が言うには、早川さんのいなくなった職場はとても快適で、パート同士の仲も以前より大分良くなったらしい。
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