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01 ほら、愛がきこえる ③
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『指、つる……』
ある程度ギターが弾けるようになった私がまず最初に目指したのは、もちろんRukaの曲、つまりはLeniの曲の完コピ。そしてぶち当たった壁が、彼の曲がとんでもなく難しいということだった。
『カンタンそうに聞こえるのにぃーっ!』
コード……ギターの左手で弦を押さえるルールって言えばいいのかな、それをある程度は覚えて一音ずつLeniの曲を耳で聞き取りながら、ギターで再現していく作業。
社長が言うところの『良い耳』を持ってる私には、別に音を聞き取るまでは難しいことじゃなかったし、音そのものもそんなに難しく聞こえなくて……ただ
『そんな音使う?ってか、指届くの?間に合うの?そもそも一人でひいてるんだよね?』
今でこそ譜面さえ見れば何でも弾ける、と自信を持って言えるけど、その時の私にはクルクルと指を押さえなきゃならない場所が変わっていくLeniの曲は難易度が高すぎた。後から知ったことだけど、プロのギタリストでも仕事で弾くのは嫌がる曲が満載だったらしい。
ただ、世に言う『難易度の高い曲』と違うところは『それが必要な音だったから』その音が使われていて、結果として人間が弾くには難しくなってしまったというだけだということ。少なくとも私は、そう感じた。
私がギターを選んだ理由、それはLeniがギタリストだという妙な確信があったから。初めてRukaの曲を聞いた瞬間から、その声に寄り添ってるのはキーボードよりもギターだと気付いてた。Leniの曲を聴けば聴くほど、彼はピアノじゃなくてギターで作曲してるって感じる。
Rukaがどんな風に歌を練習してるのかは知らないけど、私の目には小さな天使の背中を支えるようにしてかき鳴らされるギタリストの姿が見えるような気がしていた。
『絶対、全曲弾けるようになるんだ……ううん、それだけじゃダメだ。どんな曲でも、弾けるようになるんだ』
幼い私を衝き動かしていたのは、ただ『Leniと同じ形でRukaの声を愛したい』という途方もない願いだった。RukaがLeniの曲以外を歌わないのは、もう有名な話になっていて、実はRukaがLeni本人なのではなんてウワサが流れたこともあったけど、私は絶対に別人だと信じていた。
『作曲家がダメなら、ギタリストだ。Rukaのギタリストになるんだ……プロの、ギタリストに』
Rukaがソロなのは分かってる。ただ、Leniが表に出ない以上は、他の人がRukaのために音を鳴らさないといけない。私に残された道は、CDとかライブで一緒に仕事をする人になることだ。そういう形じゃなきゃ、彼の声のために弾くことはできない。
スタジオ・ミュージシャン。それが幼くして私が自分で描き選び取った、一本道の未来地図だった。
全てをそれに捧げると心に決めた瞬間から、世界のノイズがスゥっと聞こえなくなった。頭の中はRukaの声とLeniの音で埋め尽くされて、ひたすらにそれを追いかける日々。
いきなり付き合いの悪くなった私に、世界のノイズの矢印がこっちを向くようになっても、何も気にならなかった。学校では授業なんてそっちのけでコードとか音楽理論だとかを自分で勉強して、帰りの会が終わったら走って家に帰ってギターを手に取る。
一音ずつLeniのサウンドに近付いていくのが楽しくて仕方なかった。音楽がこんなに楽しいものなんて知らなかった。自分の鳴らした音に、RukaとLeniの創った音に囲まれている時間だけは、自分が一人じゃないんだと思えた。
『学校のお友達は、いいの?』
ギターにばかり没頭して、学校の話を全くしなくなった私を心配して、一度だけ母さんにそう聞かれたことがある。
『うん……仲良くしなきゃ、ダメ?』
『あなたの好きなこと、やればいいのよ。人間関係だって、自分が大切な人とだけ一緒に幸せでいられたら、それで良いんじゃないかしら』
普通はきっと、ここでみんなと仲良くしなさいとか、家にばっかり引きこもってるんじゃありませんとか言われたのかもしれない。でも、私のやることを見守って支えてはくれるけど、否定されことはなかった。本当にありがたい家族だと思ってる。
『ただ、どうしてそんなに好きなのかしらぁ、って不思議に思っただけよ』
どうしてこんなに一生懸命になれるのか、自分でも分からなかった。ただ一つだけ、今だから確信を持って言えるのは、あの時に聞いたRukaの声が紛れもなく私にとっての『救い』だったのだということ。
世界にはこんなにも純粋な声があるのだということを知った。
こんなにもまっすぐに、人は人のことを想えるのだということを、知った。
だから私は、いま弾き続けている。世界に絶望せずに、自分の足で立って歩き続けていられる。何より、音楽はもう、とっくに私の一部になっていた。ギターを弾かなきゃ、生きていけない。ギターは、私の声だ。世界と繋がるには、言葉よりずっと優しい。
それと出会わせてくれたRukaという存在に、執着しているだけなのかもしれなかった。そうだとしても、それが私の立ち続ける理由だったし、弾き続ける理由だった。世界を知らないと笑われてもいい。他の人から見たら狂ってるようにしか見えないのかも。
(……それでも、私は私の『いちばんやりたいこと』を決めてしまったんだ)
*
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