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01 ほら、愛がきこえる ②
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*
Rukaは、間違いなく私の『神様』だった。
その歌声が空から降りてきた瞬間を、全身を駆け抜けた音の景色を、きっと一生忘れられないと思う。
あの時の私はまだ、鼻たれ小僧(物理的に鼻水は垂れてなかったと信じたい)の小学生で、音楽なんて『カエルのうた』とか『もりのクマさん』とか……あとは学校で歌わされるよく分からない合唱曲くらいが全て。
正直に言うと、音楽の時間が大嫌いだった。今でも嫌いかもしれない。実を言うと私はとんでもなく音痴な人間で、それをきっと誰より理解していたから。音楽の時間ほど、それを自覚させられる瞬間はないと思う。
『君はとんでもなく耳がいいんだよー神の耳ってやつかな』
私がいまお世話になってるプロダクションの社長に言わせると、そのせいで自分の歌が壊滅的であることを誰よりも敏感に感じとってしまうし、他人の声が沢山きこえる空間では音が多すぎて頭の中身をぐちゃぐちゃにされる、らしい。
『その失敗体験が積み重なった結果、君は本当に音痴になってしまった、というわけだ……まあ、アレだね。タチの悪い不治の病、みたいな?治そうとするのは時間のムダかな!』
その時は自分のことなのに、社長の言ってることが半分も分からなかったけど、今なら分かる。かつての私にとって、世界はとても生きにくい場所だった。音が聞こえすぎてしまうことは、聞きたくないことまで勝手に聞こえてきてしまうということで。
子ども達の『無邪気な悪意』の言葉に満ちた教室は、いつだって耳をふさぎたくなるくらいに悲しい場所で、それを私だけが知っていて。本心を覆い隠して他の子と同じように『子どもらしく』して、トモダチだって人並み以上にはいたと思う。
それでも、どうしようもなく、私は独りだった。
それが『あの日』変わった。
私は電気屋さんのテレビコーナーが好きだった。手軽に行けて、あれ以上に騒がしい空間なんて、他にはそうそうないと思う。耳がいいのに、そんな場所に行って大丈夫なのかって思うかもだけど……もちろん大丈夫なわけがない。
大丈夫じゃなくなりに、行く場所。あのとんでもない騒音で頭を埋め尽くしてしまえば、その間だけは余計なことを考えなくて済むし、悪意に満ちた人のざわめきを……世界のノイズを聞く必要もない。少なくともテレビの中の人たちは陰口を言ったりしない。
大人の目線に置かれた沢山のテレビが、渋谷ジャックみたく一緒に切り替わる瞬間が好きだった。頭を埋め尽くす意味を持たない騒音が、クルクルと変わっていく……
パッとCMに切り替わったテレビ画面に、天使が映っていた。
背中に広がる真っ白な翼が、ふわふわして柔らかそうで、どうしてもニセモノに見えなくて。
ふと音が消える……この空間に有り得ない完全な無音が、何もかもを呑み込んだ。
『奇跡の歌声を、聴け』
CMにありがちな仰々しい言い方じゃない、ただ当然のことを言うような、そんな淡々としたナレーションに呼吸が止まった。息をするなと、言われた気がした。
《La………》
響き渡った『奇跡』に、一瞬で全てを奪われた。
それは、私の知っている音楽とはまるで違った。もちろん、それまでだってCMで音楽を聴いたことはあったけど(むしろ日本のCMは音楽に満ちている)どれもジャカジャカして『みんなのために作られた歌』という感じがして苦手だった。
《Desire……痛みも知らないまま》
この音楽は、違う。極限まで減らされた音。本当に必要な場所にだけ、彼の歌声を引き立たせるように鳴らされる、選びぬかれたひとしずくの音楽。
全てが、彼のためだけにあった。紛れもなく、彼の声のためだけにつくられた、世界に彼の存在を知らしめるための曲だった。
愛が、きこえた。
それが何かなんて、本当の意味で理解なんてしてない子どもだったのに、それが愛だと知っていた。
純粋な愛で彩られたその声に、恋をした。
《未来を奏でよう 名前のない声で》
この声を、聞きたい。ずっと聞いていたい。誰よりも近くで。
……ううん、この声を愛したい。
そのやり方は、この曲が教えてくれていた。
『お父さん、お母さん、音楽やりたい!』
『……母さん、求む言語化』
遠い目をして投げた父さんに、母さんがいつものように私の前にかがみ込んで首を傾げた。
『歌いたいの?それとも何か楽器をやりたいのかしら?』
『楽器!あのジャカジャカするやつ!』
『ギターか』
意外そうに呟いた父さんの表情を、どうしてか良く覚えている。それにしても、いくら音楽の授業が嫌いだったからといって、ギターすら知らなかった当時の私を殴りたい。
その時まで知らなかったんだけど、父さんは学生時代にギターをやってたらしくて
『ついに娘がギターに目覚めた!やっぱり俺の血だな!』
とか何とか言って、私が何か頼むよりも先に楽器屋さんへ連れて行ってくれた。
まあ、ギターが何かすら分かってなかった私には、エレキギターが機械につながないとああいうジャカジャカした音にならないんだってことが、どうしても理解できなくて
『これはギターじゃない!』
って言って、父さんをかなり困らせた記憶がある。
そんな本当にギターのギの字も知らずに始めた私でも、ウン十年前(……そこまでは昔じゃなかったかな)にギターをやってた父さんを追い越すのはアッという間で、そこからはひたすらに『Ruka』の……そして『Leni』の見えない背中を追いかける日々だった。
『謎に包まれた作曲家』
見えない背中、というのは決して比喩でも何でもなくて、誰もLeniの素顔を知らなかった。素顔どころか本名も年齢も、音楽に関わってきた経歴さえ。
日本の音楽業界に、いきなり現れた天才作曲家。Rukaの曲以外は作らないし、誰ともコンタクトを取らない。Ruka以外には彼(彼女かもしれないけど、私は男だと思ってる)と会ったことがないらしい。
Leniの曲の大半は決してキャッチーじゃないのに、気付けば頭の中に入り込んでいて忘れられない音になる。世間的には『天使の歌声』『天才少年・Ruka』ともてはやされていたけど(ちなみにRukaと私は同い年!)音楽業界的にはLeniの方がよっぽど注目されていたらしかった。
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Rukaは、間違いなく私の『神様』だった。
その歌声が空から降りてきた瞬間を、全身を駆け抜けた音の景色を、きっと一生忘れられないと思う。
あの時の私はまだ、鼻たれ小僧(物理的に鼻水は垂れてなかったと信じたい)の小学生で、音楽なんて『カエルのうた』とか『もりのクマさん』とか……あとは学校で歌わされるよく分からない合唱曲くらいが全て。
正直に言うと、音楽の時間が大嫌いだった。今でも嫌いかもしれない。実を言うと私はとんでもなく音痴な人間で、それをきっと誰より理解していたから。音楽の時間ほど、それを自覚させられる瞬間はないと思う。
『君はとんでもなく耳がいいんだよー神の耳ってやつかな』
私がいまお世話になってるプロダクションの社長に言わせると、そのせいで自分の歌が壊滅的であることを誰よりも敏感に感じとってしまうし、他人の声が沢山きこえる空間では音が多すぎて頭の中身をぐちゃぐちゃにされる、らしい。
『その失敗体験が積み重なった結果、君は本当に音痴になってしまった、というわけだ……まあ、アレだね。タチの悪い不治の病、みたいな?治そうとするのは時間のムダかな!』
その時は自分のことなのに、社長の言ってることが半分も分からなかったけど、今なら分かる。かつての私にとって、世界はとても生きにくい場所だった。音が聞こえすぎてしまうことは、聞きたくないことまで勝手に聞こえてきてしまうということで。
子ども達の『無邪気な悪意』の言葉に満ちた教室は、いつだって耳をふさぎたくなるくらいに悲しい場所で、それを私だけが知っていて。本心を覆い隠して他の子と同じように『子どもらしく』して、トモダチだって人並み以上にはいたと思う。
それでも、どうしようもなく、私は独りだった。
それが『あの日』変わった。
私は電気屋さんのテレビコーナーが好きだった。手軽に行けて、あれ以上に騒がしい空間なんて、他にはそうそうないと思う。耳がいいのに、そんな場所に行って大丈夫なのかって思うかもだけど……もちろん大丈夫なわけがない。
大丈夫じゃなくなりに、行く場所。あのとんでもない騒音で頭を埋め尽くしてしまえば、その間だけは余計なことを考えなくて済むし、悪意に満ちた人のざわめきを……世界のノイズを聞く必要もない。少なくともテレビの中の人たちは陰口を言ったりしない。
大人の目線に置かれた沢山のテレビが、渋谷ジャックみたく一緒に切り替わる瞬間が好きだった。頭を埋め尽くす意味を持たない騒音が、クルクルと変わっていく……
パッとCMに切り替わったテレビ画面に、天使が映っていた。
背中に広がる真っ白な翼が、ふわふわして柔らかそうで、どうしてもニセモノに見えなくて。
ふと音が消える……この空間に有り得ない完全な無音が、何もかもを呑み込んだ。
『奇跡の歌声を、聴け』
CMにありがちな仰々しい言い方じゃない、ただ当然のことを言うような、そんな淡々としたナレーションに呼吸が止まった。息をするなと、言われた気がした。
《La………》
響き渡った『奇跡』に、一瞬で全てを奪われた。
それは、私の知っている音楽とはまるで違った。もちろん、それまでだってCMで音楽を聴いたことはあったけど(むしろ日本のCMは音楽に満ちている)どれもジャカジャカして『みんなのために作られた歌』という感じがして苦手だった。
《Desire……痛みも知らないまま》
この音楽は、違う。極限まで減らされた音。本当に必要な場所にだけ、彼の歌声を引き立たせるように鳴らされる、選びぬかれたひとしずくの音楽。
全てが、彼のためだけにあった。紛れもなく、彼の声のためだけにつくられた、世界に彼の存在を知らしめるための曲だった。
愛が、きこえた。
それが何かなんて、本当の意味で理解なんてしてない子どもだったのに、それが愛だと知っていた。
純粋な愛で彩られたその声に、恋をした。
《未来を奏でよう 名前のない声で》
この声を、聞きたい。ずっと聞いていたい。誰よりも近くで。
……ううん、この声を愛したい。
そのやり方は、この曲が教えてくれていた。
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『歌いたいの?それとも何か楽器をやりたいのかしら?』
『楽器!あのジャカジャカするやつ!』
『ギターか』
意外そうに呟いた父さんの表情を、どうしてか良く覚えている。それにしても、いくら音楽の授業が嫌いだったからといって、ギターすら知らなかった当時の私を殴りたい。
その時まで知らなかったんだけど、父さんは学生時代にギターをやってたらしくて
『ついに娘がギターに目覚めた!やっぱり俺の血だな!』
とか何とか言って、私が何か頼むよりも先に楽器屋さんへ連れて行ってくれた。
まあ、ギターが何かすら分かってなかった私には、エレキギターが機械につながないとああいうジャカジャカした音にならないんだってことが、どうしても理解できなくて
『これはギターじゃない!』
って言って、父さんをかなり困らせた記憶がある。
そんな本当にギターのギの字も知らずに始めた私でも、ウン十年前(……そこまでは昔じゃなかったかな)にギターをやってた父さんを追い越すのはアッという間で、そこからはひたすらに『Ruka』の……そして『Leni』の見えない背中を追いかける日々だった。
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見えない背中、というのは決して比喩でも何でもなくて、誰もLeniの素顔を知らなかった。素顔どころか本名も年齢も、音楽に関わってきた経歴さえ。
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