SING!!

雪白楽

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01 ほら、愛がきこえる

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「はぁ?ふざけてんの?俺は自分で選んだギタリスト以外と仕事はしない。まさかこの自己主張の激しそうなガキに『あの曲』を弾かせるつもりじゃないでしょ?」

 理想と現実がコンフリクトを起こしてスパークしてる。何かの間違い、だよね?

(夢かなー)

 ぐにぐにって頬っぺたをのばしてみる。痛い。
 頬っぺたが痛いのはもちろんだけど、私に向けられてる鋭い視線が、かわいそうなものを見るような目になっていくから精神的に痛い。

(夢じゃないですねー)

 長いまつげが頭痛をこらえるように伏せられて、気を取り直すような溜め息が目の前の『天使』からこぼれた。

「……俺はちんちくりんな極楽鳥ごくらくちょうのとさかみたいな頭の女と、お遊戯会をするために音楽をやってきたわけじゃない。あのスチャラカしたタヌキ親父は何考えてんの?」

 小さな天使みたいにカワイイ顔から、怒っていいのか悪いのか微妙に困るワードチョイスの悪口がポンポン飛び出してくるのを、私は呆然と見つめていた。
 私の隣に立っているマネージャーさんは、特に驚いた様子もなく淡々と口を開く。

「その『スチャラカしたタヌキ親父』が社長のことを指しているのでしたら、今回の曲だけでなく継続的な仕事と、最終的には定期的な新曲をご所望のようです。それも『自分自身』で創った音楽を。端的に言えば『バンドを組め』と」
「……ハァ?」

 ドスの効いた半ギレ気味の『ハァ?』に、思わず全身が震えた。高く澄んだ、頭の奥にまっすぐ届くような声。きっと私のDNAにまで刻み込まれてる声。聞き間違えるはずなんて、ない。この人は本当に――

「ホントに『Rukaルカ』なんだ……」

 涙がこぼれて止まらない。彼がドン引きの顔になり始めてるのが、ボヤけた視界いっぱいに映ってたけど、それでも。
 だってこの瞬間を、ずっと夢見てきたから。

「っ、とにかく俺は『Leniレニ』が作った曲以外で歌わない。それが契約でしょ。社長と話つけてくる」

 振り払うように視線を逸らして、彼は私に背中を向けた。

(まって、いかないで)

一色いっしきさん、彼女は仕事相手です」

 こういうことは良くあることなのか、淡々とマネージャーさんが声を掛ける。それでもRukaルカは、歩みを止めてはくれなかった。

「悪いけど、俺に……『Ruka』に他の音なんて要らない。ずっと、ソロでいい」

 その言葉を聞いた瞬間、何クソと思った。
 私のキミへの想いを、執着を、何も知らないくせに。
 これで終わりになんて、絶対にさせないっ。

(振り向かせてみせる。始めてみせる。いま、ここからっ!)

 気付いた時にはギターをつかんでた。

 手に吸い付くみたいな感覚をいつもみたいに楽しむ余裕なんてなくて、乱暴にアンプの電源を入れる。ボリュームを上げながら軽く指を走らせた瞬間、駆け抜けた高音が歌って、その背中がビクリと震えた。

 そう……『神様』だって、この音はムシできないはずなんだ。
 何かが始まる音だって、知ってるから。


「『Glacierグレイシア』」


 ひみつを囁くみたいに、その曲の名前を呟いて。
 ひどく遠い場所に感じる数歩先のキミの背中に、音楽を叩きつけた。
 一音目から肌に消えない傷跡を刻みつけるみたいなフォルテッシモ。
 キミの声と出会った瞬間に背中を駆け抜けた、あの息苦しいくらいの切なさを。忘れない。忘れたことなんて、ない。私の人生を変えた、暴力的な愛の音。

 ハッとしたように、Rukaが振り返った。

(つかまえたっ!)

 ギリギリまで張り詰めた爆発しそうなくらいの熱。しょぱなからクライマックスの激しいサビから一転して淡々としたビートを刻んでいく……頭の中に響く、ドラムの幻聴。きっと彼にも聴こえてる。
 早く続きを、って叫びたくなるみたいなAメロを駆け抜けて。
 歌いたくないなんて、言わせない。歌いたくってたまらないでしょ。だって、キミの歌はこんなにも素晴らしいんだ。
 『Ruka』の音楽を、世界で一番に分かっているのは私だという圧倒的な自負が、私をき動かしていた。キミだけを見上げてここまで来た。今この瞬間、歌ってくれるなら死んでもいいって思えるくらいに。
 心臓を、揺さぶれ。もっと、もっとだ。
 キミだけに捧げてきた音楽を、人生を、キミにだって何一つ否定させない。
 届け。歌って。歌ってよ、私だけのためにっ!


《いま、目覚めろ ここは夢の果て》

 空気が、震えた。

《消さないで どうか、冷たさも抱き締めて》

 Rukaが歌ってる……私の、音で。

《願いの欠片 その蒼に掲げる光を》

 奇跡が、刻みつけられていく。この瞬間を、ゼロコンマ一秒だって余さずに記憶していたい。今の私に出せる、最高の音を捧げて、捧げ尽くして消えてしまってもいい。
 この一瞬のために、きっと私は生まれてきたから。

《きこえてますか Glacier……》

 静寂に吸い込まれていく、声。何も聴こえなくなった部屋。
 それでも私達は確かに聴いた。
 世界の変わる、音を。



 これが、私達のはじまり。









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