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02 声に値段をつけるのは、だれ? ②
しおりを挟む「っ、社長、失礼しますっ」
バンっ、と。けたたましい音を立ててドアが開く。
「お前、さっきの」
一回見たら忘れられない……少なくとも、その頭は。
ビビッドなピンクから、目も覚める夕焼けみたいなオレンジのグラデーションのウィッグ。別に逆だってるわけじゃないけど、鳥のトサカみたいなカラーリング。芸能人でも、なかなかここまでぶっ飛んでる頭のやつっていないと思う。
「僕が彼女を呼んだんだ。ルカ君がダダこねちゃって困ってるんだよーって」
ニヤニヤと笑う社長に、さっきのメールはそれかと思わず溜め息が零れた。社長の意図が読めた。もうこれは、ワンサイドゲームだ。
どうやら、この状況が読めていないらしいトサカ女は、怖いもの知らずにグイグイ社長に詰め寄った。
「どうして、わざわざバンドを組ませたがるんですか。私はRukaの曲を弾かせてもらえれば、それで……」
「いつもは年齢不相応にビジネスライクな君が珍しいね。やっぱり、憧れの人間が絡むと冷静ではなくなるのかな」
「話を逸らさないでください」
トサカ女の言葉に、社長はわざとらしく溜め息を吐いた。
「……はぁ。まだルカ君の方が話を分かっていた、と言えるだろうね。そもそも君は、僕が君のためにルカ君と組ませようとしてる、とでも思ってるのかな。そうだとしたら、勘違いも甚だしいね?」
「っ……」
さっきまでとは打って変わって鋭いナイフみたいな視線に、彼女が息を呑む音がきこえた。ゾクリと背中を駆け抜ける寒気が俺にまで伝染して、思わずぐっと手を握り込んでいた。そうでもしないと、みっともなく震えてしまいそうな気がしたから。
これだよ……この化け物を中身に飼ってるって知ってるから、普段のヘラヘラ顔が気持ち悪くて仕方ないんだ。
「君達はあくまで商品だ。君達は僕に時間と労働力を差し出す。僕はそれを買い取って、商品価値をつけ、更に高値で売り出す。そこに情は差し挟まれない。他の事務所は知らないけど、僕はそういう方針だ。その認識に何か異論は?」
「……ありません」
「よろしい」
目を細めて社長が長い指を組んだ。その仕草を見るたびに、悪い魔法使いの手だと思う。ひとをたぶらかす悪い魔法使いは、決まって細く長い指だから。
「現状認識から始めようか。ここにいるルカ君は、かつて一世を風靡した天才少年ではあるものの、最近のCDやライブチケット……総合的な売上は右肩下がりでね。もはやかつての威光はない。飽き、というやつだね。それでも曲を出せば、そこいらの歌手よりよほど売れはする。ネームだけはあるからね」
普通、本人を前にして言う?まあ、事実だから俺が怒る筋合いないけど。
そう思いながらチラリと横を見ると、トサカ女がすごい顔で社長を睨みつけていた。
なにそれ。威嚇してるサルだって、もう少しカワイイ顔するでしょ。
(わけ、分かんない……なんでお前が怒るんだよ)
こんな時なのに、笑ってしまいそうになる。自分のことなのに、いつの間にか投げやりになって、諦めていたのに。なんでか分かんないけど、俺のために怒ってくれる人がいるんだ。
どこか肩の力が抜けた気分で社長に視線を戻すと、彼は一瞬だけ意外そうな表情を浮かべて、またすぐにいつもの食えない表情に戻ってしまった。
「……さて。まだ売れる、と言っても、それはあくまで『曲があれば』の話だ。残念ながら、かれこれ一年以上は新曲を出せていないけどね」
「え?でも、この前だって新しいシングルを」
俺は社長に余計なことを言われる前に、自分から割って入った。
「この一年で出した曲は、全部事前に録りためておいたヤツだから。新曲は一つもない」
「そん、な……どうして」
俺はその問いに、答えることができなかった。黙り込んだ俺を呆然とみつめて、彼女は縋るように社長へと視線を移した。
「それについては、私の口から言うことはできないね。それが契約だから。僕は契約を守る男なんだ」
これ見よがしに肩をすくめる社長に、改めて本気で殴りたい、と思った。まあ、そのたびに殴ってたらこの人は多分、サンドバッグ並にボコボコになってる。
「まあ、数曲は歌っていない曲のストックもあるから、数ヶ月くらいはごまかしていけるだろうね。でも、それがなくなれば終わりだ。ルカ君はそれ以外にも『小さな』問題をいくつか抱えているわけだしね。これからも歌い続けるつもりなら、新曲は必須だ」
「……それなら、あえて『バンド』じゃなくてもいいはずです」
必死に食い下がる彼女に、社長は堪えきれないとでも言うみたいにクツクツ笑った。
「いや、ごめんごめん。バンドという呼び方が気に入らないなら、グループだろうがユニットだろうが何でも構わないんだ。僕はただ、話題性がつけられればそれでいいから。さっきも言ったけど、大衆はとうの昔に『天使』としてのルカ君に飽きている。なんとかごまかしてるけど、もうそういう歳でもないしね」
全くその通りだと思う。さすがに高校生にもなって男がヒラヒラ天使の羽根を背負ってるのは、色んな意味でキツいものがある。
「そして君は、確かにギタリストとしての腕はいいけど、年齢のせいで中々使ってもらえない。そういう埋もれた『新しい天才』の集合体として、君たちを売り出す。もちろん、ルカ君が筆頭になるけどね。普通とは逆の順序だけど、めでたく再デビューだ」
自信に満ちた笑みで話を締めくくった社長に、彼女は完全に呑まれてしまったのか、目を見開いて言葉を失っていた。
俺はやっぱりそういうことか、と思いながら話を聞いてた。普通はバンドを組んでて、ボーカルだけがソロデビューとかが良くある話だとは思うけど、まだ俺が高校生だからとれる戦略。メンバーになら、なんとなく想像もつくし。
バンドメンバー全員を高校生で揃えて『前代未聞のハイスクール・プロバンド』とかなんとか言って売り出すつもりじゃないかな……さすがに、もうちょっとマシなウリ文句になるとは思うけど。
「これが僕の戦略だ。さて、何か質問は?」
「……ありません」
悔しそうにうつむいて答える彼女に、社長は満足そうにうんうん、と頷いてクルリと俺の方に向き直った。俺の、番だ。
「先程は話の途中だったね、ルカ君。話は聞いた通りだよ。こちらとしては、いつ契約を打ち切っても構わない。残念ながら君の声に、もはやかつての価値はないからね。それでも歌いたいなら、その声に価値をつけて欲しいなら、バンドを組みなさい。僕から言いたいことは以上だ。何か質問は?」
俺は目を閉じて、ゆっくりと息を吸い込んだ。
何度だって捨ててきたプライドを、もう一度捨て直す時だ。
この場所に、立ち続けるために。
「……歌わせて、ください」
「良い子だ」
社長はニッコリと微笑んで、俺は悪魔との契約をもう一度結び直したことを実感した。
*
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