SING!!

雪白楽

文字の大きさ
8 / 43

02 声に値段をつけるのは、だれ? ③

しおりを挟む



「黙れ」

 社長室を出て、そのままの流れで事務所を出て、最初に口にした言葉だ。
 背後霊みたいにトボトボ俺の後ろをついてきてたトサカ女は、目を見開いてうちあげられた金魚みたく口をパクパクした。

「っ、私まだ何も」
「これから言おうとしてたでしょ」

 ぐっ、と言葉を詰まらせるトサカ女に、これ幸いと歩き出す。
 ぐいっ、と袖が引っ張られた。

「……なに」
「その、やっぱり、ごめんなさい。ぜんぜん役に立てなくてっ!」

「やっぱり分かってないのか」
「え?」

 キョトンとした顔でこっちを見上げてくるコアラ面に、俺は折角このまま知らん顔して帰ろうと思っていたのに、と溜め息を吐いた。

「……はぁ。まだ気付いてないわけ?社長は俺を、てっとり早く頷かせるためだけに、お前を呼んだの。だから、お前が社長室に飛び込んで来た時点で詰んでたわけ」

 普段はプライドがクソ高い俺に反論させないためには、正直な世間の証人が必要だ。つまり、俺がどれだけダメ人間なのかを自覚させる存在が必要だったわけ。彼女はそうとも知らず、見事にその役割を果たしてた。

「ごめん、なさい」

 説明されても半分も理解していないだろうアンポンタンは、戸惑いの表情を浮かべながら頭を下げた……俺、大人げなさすぎたかな。まあ、半分以上は腹いせだし。

「別に、あの人の言ってたことは事実だし。まあ、事実だからムカつくんだけど。社長は時間短縮したかっただけでしょ。あのひと効率主義だし……というわけで、別に怒ってないから。それじゃ」
「っ、待ってください!」

 もう俺に関わらないでアピールは、この空気読めない単細胞に通じなかったらしい。

「何はともあれ、これから同じバンドメンバーなんですよね?」
「……社長の手前ああは言ったけど、バンド組む気ないから。悪いけど」

 突き放すようにそう言って、それでもトサカ女はまっすぐに俺を見ていた。

「私にはまだ、今のルカさんにバンドが必要かどうか分かりません。だからいつか、どんな形であろうと必要だと思ってもらえるように頑張りますね!」

(……へえ)

 なんとなく、そのまっすぐさを、ズタズタにしてやりたいような衝動に駆られた。
 でも、何もしなかった。傷つければ、その分だけ『関わり』が生まれてしまうから。

「あの、さっき……ちゃんと、Leniに聞こえましたか?」

 そわそわと聞いてくる言葉が、思いっきり俺の神経を逆なでした。

「……うるさい」
「それじゃあ、黙っておきます」

 わざわざ『お口にチャック』のポーズをしてから、律儀に黙ってついてくる。

「いや、どこまでついてくる気」
「……?」

 能天気な鳥がそらっとぼけたみたいな顔で首を傾げるトサカ女に、俺は本気で頭痛を感じた。

「別に、喋っていいから」
「バンドメンバーって、どこまでついていくものなんでしょう?」
「バカなの?」

 思わず反射的に返していた。

「ついてこないでいいから。てか、ついてくんな」
「それじゃあ、今日はここでお別れですね」

 できれば永遠にお別れしたいと思っていたら、ずい、と勢いよく目の前に手が差し出された。

「改めまして『アスカ』です。しばらく仕事相手として、よろしくお願いします」
「……よろしく」

 反射的に握った手は、ひどく熱くて。

 何もかもが冷め切った俺には、ひどく眩しかったから。だから、手を振りほどいて、ただ視線を逸らすことしかできなかった。

 ただ、それだけ。






しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...