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雪白楽

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03 そのアンサンブルを、探し続けていた ⑤

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「あのなあ、お兄さんガラスのハートなんだから傷付いちゃうでしょ?ウツミと年齢ひとつしか変わらないんだし……それに、さっき説明したけど、このヒゲは本物のオッサンどもからナメられないようにするためのカモフラージュなんで!そこんとこ、よろしく!」
「………」

 相変わらず何を考えているのか分からない瞳をフイ、と興味なさそうに逸らしたウツミさんに、スガさんはガックリと肩を落として私に向き直った。

「スマン、嬢ちゃんに……いや、アスカちゃんに言わんといけんことがあったのにな」

 真剣な表情をすると、スガさんは私にグイと頭を下げた。

「さっきは、失礼な態度をとって申し訳ない。ベーシストでスタジオ・ミュージシャンやってます。須賀すが芳樹よしきです」
「あ、ご丁寧にどうもありがとうございます。改めてギタリストの仲村明日香なかむらあすかです」

 今更のように、ザックリと形式通りの自己紹介と名刺交換を済ませる。私の名刺にはシンプルに『Asukaアスカ』そして渡された名刺には『Y』とだけ書かれていた。

「もしかして、新しいシングルのベース……」
「おぉ、チェックしててくれたん?って、Rukaオタクなら当然か……ありがとさん。いや、一文字だけの芸名って結構勇気いるねんけど、下の本名使おうとすると『神様』級のミュージシャンおるから、恐れ多くてムリやん」

 私は『あー』と思わず納得の声をあげた。

「それ、分かります。私も名前思いっきりかぶってるんで迷ったんですけど、ちっさく『u』入れとけば許されるかなみたいな。結局、恐れ多くも『Asuka』名乗ってますもん」
「本名と関係のない名前とか、なんとなく『自分』って感じせえへんよな。世間一般的にはフツーなのかもしれんけど」

 分かる分かる、と意外な共通点を見つけて頷き合っている私達に、呆れたようなルカの声が浴びせられた。

「そこ、謎のシンパシー感じあってるトコ悪いんだけど、さっきからウツミがウロウロしてるんだよね」

 ハッとして振り返ると、ぼんやりと立っていたウツミさんとバッチリ目が合った。

「ええっと?」
「……これ」

 差し出されたのは案の定というか名刺。

「あっ、私も」
「いらない」

 差し出した名刺を生まれて初めて突っ返されて、私は絶句した。

「絶対くすし……それに、もう覚えた。アンタの音。忘れない」
「っ……」

 それだけ言って、ウツミさんはドラムのスティックをリュックに放り込んで背中を向けた。

「帰るのか」
「ん……もうすぐ、おやすみの時間」

 ルカの声に、時計を指さしてウツミさんが眠そうに言った。

「いや、早いわ!お前小学生か!」
「……高校生」
「冷静な返し必要ないんでっ?」
「スガさん。こうなったウツミには、何言ってもムダだから」

 淡々と言うルカに、スガさんが頭をグシャグシャとかき回した。

「だーっ、もう。天才ばっかだと、こういうのが困るわ!おいウツミ、これだけは持ってき。絶対に失くさないこと、家に帰ってから開けること」
「ん……おやすみ」
「あかん、聞いてへんわ絶対」

 スガさんは呆れたようにブツクサ言いながら、ウツミさんのリュックを勝手に開けて大きな封筒を突っ込むと、小さな子どもの世話でもするみたいにしっかりとウツミさんの背中に背負わせた。

「ウツミさん、大丈夫かな……」
「家にたどり着けなかったことはないらしいから」
「なんや、その帰巣本能」

 心配に思いながら、もらった名刺をなんとなく眺めて、私は絶句した。

「う、そ……」
「ん、どした?」

 内海秋成

 ただそれだけ記されたフルネームは、見覚えがありすぎるくらいにあった。

「この、ウツミアキナリ、さん……?」
「シュウセイだし」

 ルカが律儀に訂正してくれるのを、ひたすらオウム返しする。

「シュウセイさん、って大分前のルカのアルバムに名前なかったっけ……」
「ああ、俺が中学の時の。アイツは年齢水増しして詐称してるから。だけど、正真正銘中学生の時からの付き合いだよ」

 こともなげに言い放つルカに、私は自分の常識がガラガラと崩れていくのを感じていた。有り得ない……ここは、本当の意味での『天才』の巣窟そうくつなんだ。

「ウツミは俺らとは別格の天才やから、安心してええよ。アイツ、あの歳で生意気に二つ名あるんやで」
「二つ名」

 現実にそんなものを持ってる人なんて会ったこともない。

「『メトロノーム』……どっかのバカがつけた、何の面白みもない名前。くっだらない」

 吐き捨てるように言ったルカに、スガさんは苦笑を浮かべた。

「ま、尊敬半分、嫉妬半分……んで、ほぼ皮肉やからな。そんだけ正確で、誰もアイツがミスったとこ聞いたことないらしいで。そのかわり、自分の感情をこめられない。言われた通りに、注文通りにしか叩けない」
「だから、メトロノーム」

 なんとなく、納得のいくようないかないような気持ちで私が呟くと、ルカが小さく溜め息を吐いた。

「よくある『フィーリングとかパッションで叩いて』っていう、どんな音が欲しいのか自分の頭で考えられないバカが、ウツミみたいな天才を使おうとするからそうなるんだ。普段のアイツは職人だよ。芸術家じゃない」
「そう、やな。俺も今日聞いて理解したわ。世間様の評判はともかく、俺はアイツの音、好きやで。安心して背中預けられるやん」

 スガさんの言葉に、確かにと頷いた。私個人としては、安定したドラムほどありがたいものはない。自分がいま、どこにいるのか、音の海に放り出されて立ち尽くさずに済む。



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