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雪白楽

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03 そのアンサンブルを、探し続けていた ④

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《さよなら 美しい世界へ》


 ゾクリ、と。

 その声が響いた瞬間、鳥肌がたった。
 それは私達がまだ知らない『Ruka』の声だった。まだ、進化するなんて……きっとこの声は、こうやって愛せば愛するほどに化ける。
 こんなにも音楽に生きる人間を、トリコにする歌声を、他に知らない。

《言葉じゃ足りない 僕の指先に紡ごう》

 まっさらな背中に、Aメロを翔け抜けて行く無垢な翼が見えた。
 これが正解だったのだと、その声が告げている。
 私達はきっと『Ruka』の声に心底惚れ込んで、その声のために音を奏でたくて『Leni』の音を追い求め続けてきた。別々の場所で、互いの名前も、存在さえも知らないまま。
 奇跡の、出会い。そんな陳腐な言葉が、笑えるくらいにピッタリなアンサンブル。

Lyraライラ!》

 嘆きに満ちたシャウトが、心を締め付ける。
 死を知らないはずの瞳が、痛みを堪えるかのように震えていた。

《手書きの五線譜たち破り捨てたとしても 君との約束だけがまだ消えない》

 耳の奥で脈打つ鼓動の音に、スガさんとウツミさんの奏でるリズムが重なる。
 咲かせるんだ。この、美しい哀しみの花を。
 音を、愛を注いで、包み込んで。彼のためだけに捧げられた音楽を、奏でられる奇跡を噛み締めて……いま、ここに、それぞれの目指した『Leni』があるから。

《失われた未来を夢見て二人誓い合った いまこの場所で歌い続けること》

 一筋の涙が、ルカの頬を伝い落ちていく。そっと。
 それは、歌に感情移入したというよりも、元からあった感情が零れてしまっただけのように見えた。自分の中で何度も噛み砕いて、折り合いをつけてきた想い。そんな、静かな涙だった。
 キミは、いったい何を失ったんだろう。

《Lyra これが愛のカタチ……》

 透明な声で歌い上げられる最後のフレーズに『終わりたくない』という想いを詰め込んでしまいたくなる。それでも、ミュージシャンとしてのプライドが、私を最後まで『Leni』でいさせてくれた。最後の、一音まで。

(おわ、った……)

 その場にへたり込んでしまいそうなくらい、全身が悲鳴を挙げていた。たった一曲だけだったのに、どれだけ集中してたんだろう。
 音の世界に閉じこめられて、現実の世界から遠ざかっていた私の耳に、スガさんとウツミさんが荒く息を吐く音が飛び込んでくる。

 ルカの方に視線を向けると、ついさっきまで流れていたはずの涙は夢みたいに消えてしまっている。ただ、小さく息を吐いて水を呑む横顔は、かすかに紅く染まっていた。

「正直、お互いのレベル確認して、最後まで通せたら万々ばんばんざいかな程度に思ってたんやけど」

 少し落ち着いたらしいスガさんが口を開く。私もここに来るまではそう思っていた……というより、それが普通だと思う。練習とか音合わせとか確認とか、何もなしに二回も違う弾き方で通す、なんてキチガイじみた話は聞いたこともない。

 最初から音が合うなんていう奇跡にヤミつきになってしまったら、これから先は他のバンドのヘルプに入る時とかにじれったく感じてしまいそうなのが、今から心配だけど。

「いや、すっごいわ。これ、最強のバンドになるんとちゃう?」

 興奮気味に目を輝かせるスガさんの言葉に、ルカが表情をこわばらせた。

「スガさん、俺は……」

 何かを言いかけたルカの言葉を、スガさんはヒラヒラ手を振って押し留めた。

「……分かってる。正式にバンド組むつもりはない、やろ。社長から話は聞いた時に、そんなトコやろと思ってた」

 そんなに深刻そうでもない、どちらかと言えば『しゃあないなぁ』とでも言いながら苦笑してる表情を見ると、今までもこういうことがあったんだと思う。

 ルカも目礼だけで済ませてるのを見ると、どうやら二人の間の恒例行事らしい。なんか、そういうのって『男の友情!』みたいな感じがして羨ましいなとも思うけど、どうしてルカがそんなにバンドを組むのを拒む、というか直属のバンドすら持ってないのかが不思議だ。

 ライブ映像とかアルバムを聞いたりとかしてもそうだけど、ルカが特定のメンバーとずっと一緒に音楽を作っていた時期は一度もない。彼のことだからLeniが関係してる問題なんだろうってことは想像がつくけど、いつでも求める音を理解しているミュージシャンがそばにいることのメリットを捨ててまで、守りたいものって何だろう。

「でも」

 ポツリと落とされた声に、拡散し始めていた部屋中の意識が集まった。ウツミさん、だった。

「ボーカル、ギター、ベース、ドラム……揃った」

 ルカもスガさんも、ハッとしたように息を呑んだ。それは本当に当たり前の事実だったけど、きっと誰かが口にすることに、意味があった。

「そう、だな」
「ん……まずはこの出会いに感謝、やな」

 柔らかな表情で呟いた二人に、私は頷いて言った。

「はい。この音に、出会えたことに」

 こちらを振り向いたルカとスガさんが、驚いたような表情を浮かべるのをみて、私は首を傾げた。

「えと……なんか、ヘンなこと言いましたっけ?」
「別に。コアラ顔がニヤニヤしてる気持ち悪さ加減にビックリしただけ」

 早口でそういうルカに、それこそニヤニヤしながらスガさんが突っつく。

「いやいや、嬢ちゃんの笑顔、意外にカワイくてビックリしてたんよ。ルカが」
「……勝手な解釈、どうも」

 冷めた口調で言い捨てるルカに、なんとなく性格がつかめてきたなと笑ってしまう。こみ上げてくる笑いを噛み殺していると、不意にスガさんと視線が合った。

「あー、その、な」

 いきなり言いよどんで頭をガリガリかき始めたスガさんに、私はギョッとして固まった。

「クネクネ……気持ち悪い。オッサンのくせに」

 ウツミさんの声がバッサリ切り捨てて、スガさんがちょっとだけ涙目になる。



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