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雪白楽

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04  星空の夜、夢見た永遠と現実

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 なんだか、夢でも見てるみたい。

 今日はじめて会った人と、昔から知ってる仲みたいなシビれる音楽をつくって、今は夜の世界を二人並んで帰っている。それも、私よりずっと大人に見える(でも、高校三年生らしい)男のひと。

「そういや……こっちの方向ってことはアスカちゃん、地下鉄?」
「あれ、スガさんもですか」
「そ。駅チカのとこ、わざわざ選んだしな……それじゃ、アスカちゃんの護衛はこれから俺がしっかり務めなアカンね」

 少しだけ表情を引き締めるスガさんに、私は大げさな、と少し笑ってしまう。

「私みたいなチビッコ、構う人なんていませんよ」
「いや、夜の地下鉄ナメたらアカン。それに、アスカちゃん……これまで夜遅くまでかかるリハとか収録とか駆り出されたこと、多分ないやろ」

 スガさんの指摘に、スタジオ・ミュージシャンとしてどれだけ自分がひよっこなのかを改めて自覚させられたような気がした。もちろん、スガさんの言葉がそういう意味じゃないっていうのは分かってる……でも事実、そういう『普通』の仕事はあまり回ってこない。

「……それがスタジオ・ミュージシャンとして普通の在り方なんだって、分かってるんです。でも、全然そういう仕事まわしてもらえなくて。実力も実績もないから、しょうがないのは分かってるんです。でも、こんなに夜遅くまで『仕事』絡みで外に出てたのなんて初めてで、なんかそれだけで浮かれちゃって……なんだか、ごめんなさい」
「いや、ええんよ。誤解させるみたいな言い方して、俺が悪かったわ。俺が言いたかったのはな、それきっと、社長が手ぇ回してるんだと思うんよ」

 スガさんの言葉が、一瞬まったく意味が分からなくて首を捻った。

「社長が?あの忙しいひとが、そんなこと」
「あるで」

 不意に真剣な表情で落とされた言葉に、ピタリと足が止まった。

「薄々思っとったけど、アスカちゃんは自分の音が持ってる価値、自覚してへんな?」

 鋭く見透かすような視線が、私の瞳を覗き込む。

「アンタは、金の卵や。まだ世間のだぁれも知らん、社長だけの秘蔵っ子。ここぞという時に出すって決めてた。だから、中学から事務所ン中いたってのに、俺達が気付かないなんてアホなことが起きるんや」
「でも私……事務所の人から見ててもいいよって言われたアーティストさん達の練習、そばで見せてもらってただけで」
「俺とウツミも通ってきた道や……ほとんど同じ。社長の決めた、質の高い音楽だけを、気付かんうちにそうやって叩き込まれる。中学の時から、俺とアスカちゃんは同じ事務所で仕事してるんやで。それなのに、お互いの存在さえ知らなかった。意味、分かるやろ」

 ゾクリと、した。それは、つまり。

「全部、社長の手の平の上?」
「そういうことや……なに、心強さこそあれ心配する必要はなんもないで?俺が言いたかったのは、そんだけアスカちゃんが大事にされてるってこと。あの人は敵に回したらごっつ恐ろしいけど、味方に回ったら敵なしや。アスカちゃんはなぁーんにも考えないで、音楽にだけ命賭けてればええ。な?」

 安心させるように笑ってくれたスガさんに、少しだけ肩の力が抜けた。

「よし。アスカちゃん、自分で思ってるよりちゃんと『女の子』やし、そういうところ諸々含めて、しっかり自覚しとくこと。そういうわけで、お兄さんが責任持って最寄駅まで送り届けるから、どーんっと任せなさい」
「……はいっ」

 ニヤリと笑って促したスガさんに、私は頷いてまた歩き始めた。

 優しく頷いて歩幅を合わせてくれるスガさんに、きっとこの人は絶滅危惧種なくらいに『紳士』な人なんだと、なんとなくそう思った。
 スガさんは、なんだか『男の子』っていうより『男性』って言った方が『しっくり』くる。私も高三になったらこんな風に大人っぽく(あ、ヒゲは抜きで)なれてるかなと思うと、全然そんな気がしない。

(それに『この』音)

 静かな夜の世界に響く靴音。かすかな呼吸の音。身体の揺れるタイミング。

 この人を取り巻く全てに、リズムがある。

 そのさいてに、今日聞いた重くて熱い……きっと一生忘れることのできないサウンドがあるんだ。そう思うと、ドキドキして心臓が壊れそうなくらいで。そんなすごい人達の隣で、私はこれからギタリストを任せてもらえるんだ。
 フワフワした足取りで歩いていると、なんだか楽しくなってきて、気付けば鼻歌を歌い始めていた。

「なんや、楽しそうやね」
「あ、すみません」

 ピタリと私が鼻歌をやめると、スガさんはパタパタと手を振った。

「ええよええよ。感想言っただけだから、気にせんで続けてて」
「そうですか?」

 首を傾げて、とりあえず鼻歌を続けてみる。

「その曲は……ダメだ、分からん。割と音楽は手広く聞いてるつもりなんやけど。もしかして、アスカちゃんが作った曲なん?」
「私は作曲しませんよ?えーと『I-kis-0アイ・キス・オー』作曲の『ロング・ロング・ストーリー』です」

 スガさんが絶句して、私の顔をマジマジと見つめた。


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