SING!!

雪白楽

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05 それでも、歌い続けるということ ③

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 *

「ぴんぽーん」

 出ない。でも、今日は学校もないし、仕事もないし(マネージャーさんに確認済み)、二階の電気だけ点いてる(ちなみにルカの部屋)(ウツミさん情報)。

「ルカくーん、いますかー。あっ、ルカって言っちゃいけないんだった」

 私はスゥ、と息を吸い込んだ。

「ハァァアルゥゥカァアアアッ!私だよぉおお!アスカだよぉぉおおっ!」

 ガラッ、ピシャン、と二階の窓が開いた。

「うるっさい!近所迷惑でしょうが!だまって待ってろ、バカコアラっ!」


 ピシャン

 しばらく待って、そろそろもう一回叫ぼうかなと思った頃になって、ガチャリと玄関のドアが開いた。

「入れば、ポンコツ」
「おじゃましまーす」

 家の中は静かだった。スタスタと階段をのぼっていくルカのあとに付いて行きながら、何か会話を……と思って質問した。

「えと、ご両親は?」
「普通に仕事。息子のカネで遊ぶ気はないってさ」
「へぇ……」

 私だったら喜んで『ぐうたら』しそうだけど。

「……いや、ちょっとは危機感とか持たないワケ」
「危機感?」
「……もういい」

 溜め息を吐いて部屋に入っていくルカに首を傾げながら、とりあえず私もお邪魔した。

「おぉぉぉお、ルカの部屋だ!」
「いや、この殺風景な部屋見て、なんでそこまでテンションあがるの」
「みて、シンセ!シンセある!」
「いや、俺の部屋だから?シンセサイザーとか楽器店行けば、いくらでも置いてあるでしょ?」
「うんうん!」
「話聞いてないな」

 ルカの溜め息もなんのその、私は『あの憧れの』ルカの部屋にテンションが上がりまくっていた。

 シンプルな部屋の中には、まず目につくシンセサイザーとデスクトップパソコン。ルカの曲は、ギター・ベース・ドラム以外の音は全てシンセでの打ち込みなんだけど、実はその打ち込みはルカがやってたりする。

 ルカがデビューしたばかりの頃の曲は歌詞も打ち込みもLeniがやってたけど、最近のクレジットには全部Rukaの名前が書かれてる。つまり、あの数々の音楽がこの部屋で生まれているというわけで。

「聖地……」
「……お前、本当に俺のこと好きなんだ。はぁ……なんか落ち込んでんのがバカバカしくなってきたんだけど……ちょっと水呑んでくる」
「Leniの生楽譜とか、なんかそういうのありませんかっ」
「あー……そこの押入れに入ってるから。好きに見れば」
「はい!」

 もう一度部屋を見渡して、本当に音楽と生活に最低限必要なものしか置いてないんだなと思わされる。ベッド、机、パソコン、シンセ、高そうなアンプに高そうなヘッドホン、あとはCDラックに詰め込まれたCD。

(自分のCDは、ないんだ……)

 そう思いながら、言われた通りに押し入れを開けば、服の詰まった透明なボックスの他にはダンボール箱が二つ積まれているだけだった。

「楽譜っ」

 中には楽譜にCDがぎっしり詰まっていた。ペラペラとめくると年代順で綺麗に整頓されていて、ルカの几帳面な性格を感じた。

(これが『Leni』の字なんだ……)

 手書きの音符や書き込まれた指示をそっと指でなぞる。自分が今まで散々見てきた楽譜と同じもののはずなのに、違う音楽が紡がれているかのような感じさえする。

「あ、これ……」

 レニの文字とは違う雰囲気の文字が、ところどころに散らばっていることに気付く。ルカの字だ。

 楽譜に寄り添うようにして書き込まれた言葉は、どこかレニと会話しているみたいで、胸の奥がぎゅっとつかまれるような感じがした。

(こうやって、生まれてきたんだ)

 どの曲も、みんな。こうやって、ひとつずつ、愛されて生まれてきたんだ。

「レニって、本当にルカのこと大切なんだ……」

 一つ一つの楽譜から伝わってくる。大事な人のために、心をこめて書いた手紙みたいに。


 愛が、きこえる。

(私、本当に『Leni』に……あなたに、なれるのかな)

 どうして、いまこの場所にいるのがあなたじゃなくて、私なんだろう。どうして、作曲家としてだけじゃなくて、ギタリストとしてルカの背中を支えてあげないんだろう。どうして、ルカが歌えなくってあんなに苦しんでるのに、あなたは放っておくの。

 ルカの声を世界で一番愛してるのは、あなたじゃなかったのっ?

 私がぶつけていい怒りじゃないのに、感情がこぼれそうになる。心臓が締め付けられるくらいに優しい音の詰まった箱から目を逸らそうとした瞬間『あること』に気付いた。気付いて、しまった。

(高さが、合わない)

 楽譜とダンボールの高さ……気付いてしまえば違和感しか感じない。
 おそるおそる隅の方を押せば、当たり前のように底が沈みこんだ。

「っ……」

 外した底から現れたのは大量の手紙だった。宛名には、どれも同じ名前。

一色遥いっしきはるか様……葛西礼二かさいれいじ?この人が、レニ……」

 手紙は几帳面に二十通ごとでリボンにくくられ、箱の底にしきつめられていた。まるで、思い出を優しく封じておくみたいに。
 そして私は、一枚だけ伏せられていた『その葉書はがき』を見つけてしまった。


「息子・葛西礼二、病気療養中でございましたが、去る七月三日に永眠致しました……」


 手の中の真実が、信じられなかった。

 だって、ルカは歌い続けていて、新曲だって出してて。

(でも、それは)

 レコーディングになると、出なくなる声。一年前に途切れた曲。歌声にまとわりつく寂しさ。悲しさ。喪失感……丁寧に整理された手紙と楽譜。しまいこんで、誰にも触れられないように。

 これは、遺品だ。


「……やっぱり気付いたんだ。野生のカン、とかいうやつなの?」


 *



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