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05 それでも、歌い続けるということ ④
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ハッとして振り返ったアスカは、この世の終わりみたいな顔をしてた。
「っ、ごめん、なさい」
「別に。俺が見ていいって、言ったから」
できるだけ感情を殺して、淡々としてるように見せかける。今までだって、ずっとそうしてきた。上手く、いっていた。それなのにどうして、この間抜けなコアラ顔の前でだけは、自分を飾るのがこんなにも難しくなるんだろう。
「座れば」
オロオロしているアスカを促すと、彼女は危なっかしい足取りでベッドに近付いて、へたりこむようにして端に腰掛けた。
どう切り出せばいいのか、分からなかった。自分で見せるって、決めたはずなのに。
そもそもどうして、こいつに知っていて欲しいと思ったのかすら、今はもう分からなくなっていて。
(ああ、もうっ、俺ってこんなにダサかった?)
ずっと、そうだったのかもしれない。取り繕っていただけで。
たったひとこと認めるだけで、気が遠くなるくらいの時間が必要だった。それでも、彼女はずっと待っていた。俺の、言葉を。
「……レニは、死んだ」
口にしながら、全身が拒否しているのを感じていた。身体が、震える。思い出したくないって、叫んでる。それでも俺は、誰かに……このギタリストに、伝えなくちゃいけない。
時が、来た。
「レニは俺の兄貴……みたいな人で。俺とそんなに年変わらないはずなのに、妙に達観してて、それで多分……いや、紛れもなく天才だったよ」
耳に焼き付いて離れない、レニの弾くギターから魔法みたいにこぼれる音。いつでも違う音、違うフレーズ、七色のメロディ。同じ楽器から出てるなんて、信じられないくらいに。
「言葉も、歌も、ピアノも……ぜんぶ、レニが教えてくれた」
仕事で留守がちな両親の代わりに、俺を『育てた』のはレニだ。面倒をみる、なんて次元じゃない。俺の全ては、純粋なレニの『音』でできている。
不治の病とかいうやつで、外に出ることができなかったレニは、身体が動く限りいつだって音楽を作っていた。それは世界に自分を残すためというよりも、音楽に触れていないと呼吸さえ満足にできないからのように見えた。
「物心ついて最初に理解したことが、俺の世界の全てを形作ってるレニは、そう遠くない未来に死ぬ運命にあるんだってことだった」
幼い俺は、幼いなりに恐怖した。それは俺の言葉が、音楽が、全てが『その』瞬間に消えてしまうことを意味したから。
「だから、世界に残さなくちゃいけないと思った。俺が歌い始めたのは、歌が好きだったからでも、レニがそう望んだからでもない。他でもない、俺とレニの二人が一緒に存在していたことを世界に残すなら、歌うほかにないって知ってたから」
歌って歌って、歌い続けて。意味の分からない難しい言葉を、レニに教えてもらいながら、レニの作った音楽を歌い続けるうちに『天才』と呼ばれるようになっていた。でも、俺は本物の天才というのがどういうものかよく知っていたから、淡々と歌い続けた。
「レニの音楽にふさわしい声になっていくのが、歌った分だけ返ってきて楽しかった。レニが綺麗だね、天使様みたいだね、って褒めてくれるのが嬉しかった。ただ好きに色んな音楽を紡いでたレニが、真剣な表情で『俺のための歌』を作り始めた」
その歌を歌っている時は、対等な『表現者』になれたような気がした。レニが使う数えきれないほどの楽器……使われる音の一つとしてではなくて、音楽の創り手として。
幸せだった。ずっとこの時間が続けばいいと、思ってた。
「でもタイムリミットは、俺が思ってたより早くやってきた。病気の療養……いや、延命治療のためだったんだけど、レニは少しだけ遠くに行かなくちゃいけなくなって。それで俺達は約束したんだ」
『レニが書いて、俺が歌う。二人で音楽を創り続けよう』
残そう。この世界に『二人』がいた証を。
そしてレニがこの街からいなくなったその日、俺は悪魔と契約した。
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