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05 それでも、歌い続けるということ ⑥
しおりを挟むレニは遠い場所で病気と戦いながらも、作曲をやめなかった。命を削って、俺に音楽を送り続けてくれた。俺はきっと、心のどこかで願っている。レニの死は何かの間違いで、いつかまた何事もなかったかのように、俺のための音楽を紡いでくれる。
そんな馬鹿な幻想を信じていたくて……アスカの言った『最後の楽譜』に歌詞を入れてしまえば、本当にそれで全てが終わってしまうのだと理解していたから。自分で作った幻想の国を、大事に大事に世界から隠して。
「俺はもう、歌詞は」
捧げるべき相手がいない言葉は、ただ、虚しいから。
「一緒に、考えようよ」
「……お前、話聞いてた?俺はもう歌えない。歌えないのに、曲なんか完成させたって」
「歌えるよ。私達のために、歌ってくれた」
「っ、レコーディングとライブで歌えない歌手なんて、ゴミだって言ってんだよっ!」
叫んで、バカみたいに、自分の言葉で傷付いてた。
「……遥は」
不意に本名を呼ばれて、全身が震えた。
「ステージに立ってなくても、録音ブースの中にいなくても、いつだって『Ruka』だよ」
「ちがっ」
「違わない!」
強い口調で言い切られて、俺は言葉に詰まった。それはこいつの持ってる『音楽』みたいに激しくて真っ直ぐだったから。
「キミは、いつだって自分のためじゃなくて、誰かのために歌ってる。そういう時、キミはいつだって『Ruka』なんだよ……だって、キミの音楽は、キミだけのものじゃない。レニさんが与えてくれて、レニさんと創り上げてきたものでしょっ。キミが歌うとき、キミはいつだって遥でRukaだ。キミが歌えるなら、Rukaだって歌えるっ!」
「っ……」
歌える、だろうか。まだ、歌ってもいいんだろうか。
レニが許さない、なんてバカなことは考えたことはない。いつだって、許せないのは自分だった……俺は、自分を許せる?
「変わらないものなんて、ないよ。だって『Leni』の曲も変わり続けてた。それでも、違う形になっても二人は『Leni』と『Ruka』で、最高の音楽を作ってた。それが私を変えて、ここまで連れてきてくれた」
彼女の話を聞くのは、初めてだった。意外とアスカは、自分自身のことを話さないから。
それは多分、彼女の正直な実感だったから、俺の心にすっと入り込んできて。
「だからって、無理に変わったり全部捨てちゃう必要なんてない。そんなにすぐ、自分を、何かを変えられる人なんていないんだから。でも、変わることも変わらないことも苦しいなら、私がそばにいる」
「え……」
「私はキミがどんな選択をするのか助けることはできないけど、どんな選択をしてもそばにいることはできるから。歌詞が書けないなら、一緒に考えるよ。録音なんて、取り返しのつかないものじゃないんだから、何度だって録り直せばいい。歌えなくなりそうなら、また歌えるように隣でギターを弾くよ。スガさんもウツミさんも、音楽に妥協する人なんていないんだから、なんだかんだ言いながらきっと手伝ってくれるよ」
それは、今までだったら『夢物語』だといって鼻で笑い飛ばしていたような言葉だった。それなのに、今はどうして、こんなにカンタンに想像できてしまうんだろう。
そんな優しくて、幸せな未来予想図を、俺は知らない。
「ルカはステージに、ブースに、今までみたいに一人で立つんじゃない。もう、私達がいる。ビジネスだけの関係だ、なんて悲しいこと言わせないから。いくらでもお節介、焼いてやるんだから」
ああ、全く……負けなんか、認めないから。
「……お前って、ホントばか」
「なっ、私けっこーいいこと言ってたと思うんだけどなっ?」
怒ったみたいに腕組みするアスカに、俺は笑いを噛み殺していた。
ホント、バカだよ。そんな、何の得もないことのために、何かが変わる保証もないことのために……どうしてそこまで必死になれるのか、俺には分からない。
分からないけど、全身がこんなにも熱くて。こんなにも、胸が苦しい。
「それ、片付けといて」
床に散らばったレニの楽譜を指差すと、途端にしょぼくれたコアラみたいになった顔に、俺は鼻を鳴らして言葉を付け加えてあげることにした。
「……書くんでしょ。歌詞」
「……うん!」
パッと顔を輝かせたアスカに、ホント単純、とか思いながらペンを取った。
完成させよう。この、歌を。もう逃げ続けることは、できない。血反吐を吐いても、例え喉を潰しても、どうせ俺は歌わなきゃ生きていけない生き物だから。
きっと今なら正直で、歌いたくてたまらないような歌詞ができるだろう。
タイトルは決まっている。
これは、さよならの歌なんかじゃない。レニが俺にくれた贈りもの。どの歌も、そうだったから……俺だけに書かれた歌で、手紙で、物語。俺が形にするんだ。いつもみたいに。
『the gift』
*
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