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06 この楽譜に、続きはないから ②
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それはアルバムツアーが始まる前のこと。
無事に『the gift』が完成して。言葉にするのも憚られるくらいに苦しみながらだけど、なんとかルカがアルバムの収録を終えて。ライブ前の最後の詰めとして残された、かなり早めの夏休み。学校は普通にあるけど、それ以外の時間は四六時中練習してた。
「アルバムツアーに向けて、合宿したいです!」
「却下」
一瞬でルカに切り捨てられてガックリしてると、ガンガン追い討ちがかけられる。
「合宿て、部活じゃないんやから……」
「そもそもスタジオで泊まり込みってことでしょ。サイアク……てか、そんなことさせてくれるスタジオなんてあるわけ?」
「ルカが嫌がるなら、俺も行かない」
賛成してくれるかと思ったスガさんには呆れられ、ウツミさんは安定のルカ第一主義。
「でも、ルカって有名人だもんね……声聞こえたらバレちゃうし、下手なトコじゃ練習できないかぁ」
「なに今更気付いたみたいな顔してんの、本当ポンコツ」
ますますしょぼくれていく私が哀れになったのか、スガさんが助け船を出してくれる。
「事務所のレッスンルームはどうなん?」
「絶対イヤ。社長に知られでもしたら、十年はそのネタでからかわれる」
「あはは……」
あの人ならやりかねない、と私達は引きつった笑みを浮かべた。
「オッサンの家は」
ポツリと呟いたウツミさんに、バッと全員の視線がスガさんの方を向いた……もう、すっかり『オッサン』で定着している。ていうか、ウツミさんは二人の家で寝泊まりしすぎ。
「……まあ、ええけど」
そうしてなし崩し的(?)にやってきたスガさんのお家は、ルカが目にした途端に『何これ、高校生の分際でナマイキ』って吐き捨てるくらいの良いお家だった。
「うっそ、すごいすごいっ、スタジオつきだよっ?」
「見りゃ分かるけど、ムカつく」
そう言いながらスタスタと地下のスタジオに降りていくルカに、スガさんと顔を見合わせて笑ってしまった。
「二階は俺のプライベートスペースだから、上がってこないよーに。まあ、カッコいいお兄さんのヒミツ、知りたいなら考えてあげてもええけど」
「ウザい」
「キモい」
「遠慮しときます」
「お前ら、俺にだけ当たり強くない?お兄さん、泣いちゃう」
ズダダダダダダダダッシャンっ
バイクでなんとか持ってきたドラムを淡々と組み立て、スガさんの言葉をガン無視して叩き始めたウツミさんは、ピタリとドラムを静止させて満足そうに頷いた。
「ん。良い音」
それからは本当に音楽漬けの毎日だった。朝起きると誰かがもう音を出し始めていて、適当に顔を洗ったり洗わなかったり、ごはんを食べたり食べなかったりして、その音に自分の音を重ねていく。気付けば全員が起き出していて、いつの間にか眠気も吹っ飛んで音楽をやってる。
平日は遅刻ギリギリにスガさんの家を出て、休み時間にところ構わずギターをジャカジャカして怒られて、学校が終わったらすぐに帰ってくる。休日は一歩も外に出ないで、朝から晩まで音作りに全身全霊を注ぎ込んだ。
時間も寝食も忘れるくらいに楽しくて、気付いたら床に全員ぶっ倒れて朝まで寝てたなんてこともしょっちゅうで。ライブの日なんていつまでも来なければいい、でも早くみんなにこの音を届けたくてたまらないワクワクが止まらなくて。
ただそれも、ライブが目前に近付いた『その日』までの話だった。
その日は一日スガさんが『仕事』で外に出ていて、夕方になってから帰ってきた。
「悪い、まだちょっとやることあるんで、上にいるわ」
それだけ言い残して、二階に上がっていったスガさんは夜遅くなっても下に降りてこなかった。
「スガさん、ごはん食べてなかったみたいだったけど、大丈夫かな?」
「さあ、そもそも本当に『仕事』してんのかも怪しいって俺は踏んでるんだけど」
「えっ……」
ルカの声に、私が驚いて顔をあげると、ウツミさんが淡々と頷いた。
「ん……仕事忙しいって言ってるけど、オッサンがベース弾いてる曲、減ってきてる」
「当然なんだけどね。社長は今回の仕事に全力かけさせたがってる。他の仕事はウツミも減らされてるはずでしょ」
「ん。むしろ、無い」
私は恐る恐る、そこから導き出される単純な推測を口にした。
「……じゃあ、サボり?」
微妙な沈黙が落ちる……スガさんなら、有り得ない話じゃない。
「……どっちにしろ心配だし、声かけてくる」
そう言って、地下のスタジオから出て一階に上がる。一階はリビングになってるけど、意外と物が少なくて(実はキッチンだけはとんでもなく汚いんだけど)なんとなく生活感がない。二階が主な生活スペースになってるんだろうと思ってる。
実際、この合宿中にスガさんが二階にこもる事は珍しくなかった。私はこの数日間ですっかり日課になってしまった『スガさんコール』を始めた。と言っても、二階に向かって呼びかけるだけなんだけど。
「スガさん。スガさーん?」
返事はない。ただのしかばね、になってたら、どうしよう。
不意にイヤな想像に駆られた私は、でもスガさんに二階には上がるなって言われてるし、という二秒くらいの葛藤の末に、早足の忍び足という矛盾した足音で二階まで駆け上っていた。ドアは、薄く開いていた。
「……スガさん?」
遠慮がちに声をかけながら、ドアを開けて、私は立ち尽くした。
「っ……!」
(なに、これ……)
大量の紙束が、墓標のように高く積み重ねられて、足の踏み場もなく散乱していた。
その全てに、隙間なく『音』が書き殴られている。あまりにも見慣れた、白と黒の描く世界。
全てが、楽譜だった。
(この、フレーズっ……)
部屋の奥で、全てをすり減らしたように突っ伏して眠るその人が、何者なのか気付いた瞬間に、これがパンドラの匣であったことを気付かされた。
何もかもが遅く、手遅れであったことを、もの言わぬ楽譜だけが知っていた。
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それはアルバムツアーが始まる前のこと。
無事に『the gift』が完成して。言葉にするのも憚られるくらいに苦しみながらだけど、なんとかルカがアルバムの収録を終えて。ライブ前の最後の詰めとして残された、かなり早めの夏休み。学校は普通にあるけど、それ以外の時間は四六時中練習してた。
「アルバムツアーに向けて、合宿したいです!」
「却下」
一瞬でルカに切り捨てられてガックリしてると、ガンガン追い討ちがかけられる。
「合宿て、部活じゃないんやから……」
「そもそもスタジオで泊まり込みってことでしょ。サイアク……てか、そんなことさせてくれるスタジオなんてあるわけ?」
「ルカが嫌がるなら、俺も行かない」
賛成してくれるかと思ったスガさんには呆れられ、ウツミさんは安定のルカ第一主義。
「でも、ルカって有名人だもんね……声聞こえたらバレちゃうし、下手なトコじゃ練習できないかぁ」
「なに今更気付いたみたいな顔してんの、本当ポンコツ」
ますますしょぼくれていく私が哀れになったのか、スガさんが助け船を出してくれる。
「事務所のレッスンルームはどうなん?」
「絶対イヤ。社長に知られでもしたら、十年はそのネタでからかわれる」
「あはは……」
あの人ならやりかねない、と私達は引きつった笑みを浮かべた。
「オッサンの家は」
ポツリと呟いたウツミさんに、バッと全員の視線がスガさんの方を向いた……もう、すっかり『オッサン』で定着している。ていうか、ウツミさんは二人の家で寝泊まりしすぎ。
「……まあ、ええけど」
そうしてなし崩し的(?)にやってきたスガさんのお家は、ルカが目にした途端に『何これ、高校生の分際でナマイキ』って吐き捨てるくらいの良いお家だった。
「うっそ、すごいすごいっ、スタジオつきだよっ?」
「見りゃ分かるけど、ムカつく」
そう言いながらスタスタと地下のスタジオに降りていくルカに、スガさんと顔を見合わせて笑ってしまった。
「二階は俺のプライベートスペースだから、上がってこないよーに。まあ、カッコいいお兄さんのヒミツ、知りたいなら考えてあげてもええけど」
「ウザい」
「キモい」
「遠慮しときます」
「お前ら、俺にだけ当たり強くない?お兄さん、泣いちゃう」
ズダダダダダダダダッシャンっ
バイクでなんとか持ってきたドラムを淡々と組み立て、スガさんの言葉をガン無視して叩き始めたウツミさんは、ピタリとドラムを静止させて満足そうに頷いた。
「ん。良い音」
それからは本当に音楽漬けの毎日だった。朝起きると誰かがもう音を出し始めていて、適当に顔を洗ったり洗わなかったり、ごはんを食べたり食べなかったりして、その音に自分の音を重ねていく。気付けば全員が起き出していて、いつの間にか眠気も吹っ飛んで音楽をやってる。
平日は遅刻ギリギリにスガさんの家を出て、休み時間にところ構わずギターをジャカジャカして怒られて、学校が終わったらすぐに帰ってくる。休日は一歩も外に出ないで、朝から晩まで音作りに全身全霊を注ぎ込んだ。
時間も寝食も忘れるくらいに楽しくて、気付いたら床に全員ぶっ倒れて朝まで寝てたなんてこともしょっちゅうで。ライブの日なんていつまでも来なければいい、でも早くみんなにこの音を届けたくてたまらないワクワクが止まらなくて。
ただそれも、ライブが目前に近付いた『その日』までの話だった。
その日は一日スガさんが『仕事』で外に出ていて、夕方になってから帰ってきた。
「悪い、まだちょっとやることあるんで、上にいるわ」
それだけ言い残して、二階に上がっていったスガさんは夜遅くなっても下に降りてこなかった。
「スガさん、ごはん食べてなかったみたいだったけど、大丈夫かな?」
「さあ、そもそも本当に『仕事』してんのかも怪しいって俺は踏んでるんだけど」
「えっ……」
ルカの声に、私が驚いて顔をあげると、ウツミさんが淡々と頷いた。
「ん……仕事忙しいって言ってるけど、オッサンがベース弾いてる曲、減ってきてる」
「当然なんだけどね。社長は今回の仕事に全力かけさせたがってる。他の仕事はウツミも減らされてるはずでしょ」
「ん。むしろ、無い」
私は恐る恐る、そこから導き出される単純な推測を口にした。
「……じゃあ、サボり?」
微妙な沈黙が落ちる……スガさんなら、有り得ない話じゃない。
「……どっちにしろ心配だし、声かけてくる」
そう言って、地下のスタジオから出て一階に上がる。一階はリビングになってるけど、意外と物が少なくて(実はキッチンだけはとんでもなく汚いんだけど)なんとなく生活感がない。二階が主な生活スペースになってるんだろうと思ってる。
実際、この合宿中にスガさんが二階にこもる事は珍しくなかった。私はこの数日間ですっかり日課になってしまった『スガさんコール』を始めた。と言っても、二階に向かって呼びかけるだけなんだけど。
「スガさん。スガさーん?」
返事はない。ただのしかばね、になってたら、どうしよう。
不意にイヤな想像に駆られた私は、でもスガさんに二階には上がるなって言われてるし、という二秒くらいの葛藤の末に、早足の忍び足という矛盾した足音で二階まで駆け上っていた。ドアは、薄く開いていた。
「……スガさん?」
遠慮がちに声をかけながら、ドアを開けて、私は立ち尽くした。
「っ……!」
(なに、これ……)
大量の紙束が、墓標のように高く積み重ねられて、足の踏み場もなく散乱していた。
その全てに、隙間なく『音』が書き殴られている。あまりにも見慣れた、白と黒の描く世界。
全てが、楽譜だった。
(この、フレーズっ……)
部屋の奥で、全てをすり減らしたように突っ伏して眠るその人が、何者なのか気付いた瞬間に、これがパンドラの匣であったことを気付かされた。
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