SING!!

雪白楽

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06 この楽譜に、続きはないから ④

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「あっ、ちょっと……困りますっ!関係者以外の方はっ」

 外でスタッフさんらしき慌てた声が聞こえて、自然と目がドアの方に引き寄せられる。ルカのファンが楽屋に乱入でもしようとしてるんだろうか。

「良いじゃない。これから関係者になるんだから」

 そんな声と共に、高らかなノックが鳴り響く。


 コンコン、ガチャ

 ほとんどタイムラグなしにドアが開いた……ノックの意味、あったのかな。

「わぁ……!」

 キレイな、女の人だった。モデルさんかな。ルカの知り合いか何かかと振り返れば、ルカは険しい表情で首をひねっていた。どうやら彼にも分からないらしい。

「アポもなしに、失礼しちゃってごめんなさい?」
「……ホント、失礼」

 機嫌が最高に悪いときの低い声でそう吐き捨てたルカに、モデルさん(仮)は目を見開いたけど、すぐに気を取り直してとびきりの笑顔を浮かべた。どうやらこの人は、精神的にもタフな人らしい。

「ライブの感動を、どうしても直接伝えたかったのよ」
「アンタ、誰」

 ウツミさんも敵対的にジロリと彼女に視線を向けた。

杉山京香すぎやまきょうか……って、本名言っても分からないわね。一応、業界では『Masamuneマサムネ』名義でやらせてもらっています」

 その名前が出た瞬間、私達に激震が走った。


 Masamune

 いま音楽をやっている人間で、その名前を知らない人はほとんどいないだろう。新時代の天才ギタリストと呼ばれていて『アイキス』ほどじゃないにしてもかなりの有名人だ。そして、誰もその正体を知らない。

「ちなみに私も高校生だから、仲良くしてくれると嬉しいわ」

(詐欺だ……)

 どう見ても、高校生には見えないナイスバディなお姉さんだ。ズルい。私はちんちくりんなのに。ともあれ、誰も正体を知らない謎のミュージシャン(ただし中身は高校生)が、いまここにはいないけど勢揃いしてしまった気がする。
 彼女が本物の『Masamune』かと疑う人間は、多分この場にはいなかった。これは、本物だ。自分の才能を、知っている人間の顔だ。

「他の事務所所属の方が、何の御用ですか」

 口調だけは丁寧に、ルカがキッと視線を向ける。

「ルカがバンドを組むってウワサ、聞いたのよ。きっと、日本の音楽史上に残るプロジェクトになるって、私の鼻が嗅ぎつけたんだけど……」

 そこで言葉を切って、彼女は思わずウットリしそうな笑顔を浮かべた。

「仲間にして欲しいと思って」
「……それは」

 ルカの視線が一気に鋭さを帯びる。まさか、スガさんが辞めるって話を私達よりも早く聞きつけて?でも、スガさんはベースで『Masamune』はギタリスト。ということは

「そもそも私が本当に『Masamune』なのかも分からないだろうし、ミュージシャンなら音聞いた方が早いわよね。ちょっと、ギター貸してもらってもいいかしら?」

 彼女が私のギターケースを指さして言った。

「え、フェルナンデスさんを……」

 たとえ相手が『Masamune』だったとしても、自分の相棒を触らせることには抵抗があった。

「ギターなら、ある」

 ウツミさんが、緊急時の替えとして置いてあったギターを差し出した。その目は『弾いたらさっさと帰れ』と言っているような感じがして。こちらをチラリと見たウツミさんに、感謝をこめて頷くと、珍しく少しだけ笑ってくれたような気がした。

「……まあ、私がギター持ってこなかったのが悪いんだし、文句はないわ。アンプある?」

 ルカが部屋の隅を指し示す。

「楽屋に置いてあるの?へぇ……」

 なんだか含みを持たせた視線を私に飛ばしながら、彼女はサクサクとアンプを繋げてギターを首からかけて、最後に軽く一礼してみせた。


「それじゃ」

 空気が、震えた。

(どう、して……)

 それは、今回のライブで初めて使ったアレンジだった。

 選曲は『the gift』……その曲に、私が一番思い入れを持っていることを、見透かしているかのように。

 ルカと二人で書いた歌詞、今回のライブのために二人で作り上げたアレンジ。一つの鎮魂歌として『Leni』に捧げた、特別な歌。私より『Leni』に近い場所で弾ける人なんて、誰にもいないと、この曲だけは絶対的な自信があった。

(それなのに)

 イヤな音を立てて鳴り響く心臓が、揺れ動く視界が、何よりも信頼を置くこの耳が。

 全てが、敗北を認めていた。

 彼女の音は、歴史に残る音だ。世界に、残る音だ。

『世界に残さなくちゃいけない』

 二人が……『Leni』と『Ruka』の二人が一緒に存在していたこと。それを、世界に残すために音楽を始めたのだと、ルカは言った。その願いに、理想に、最も近い場所にいるのは彼女だと、気付かされてしまった。

 そして、私の音が、世界に残らない音だと言うことに。

 いつの間にか、演奏は終わっていた。きっとどうしようもない負け犬の顔で見上げた私に、彼女は高らかに宣言した。当然のような、勝利を掲げて。


「このバンドのギターの座、奪いにきたの」


 *





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