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07 バラバラの五線譜を抱き締めて
しおりを挟む眠れない夜。朝を告げるけたたましいベルを、乱暴に止める。白と黒の無味乾燥な制服に袖を通して、ずっと何も食べていないことに気付く。仕方なく栄養食の袋を開けて、最低限の栄養補給を済ませて家を出た。
自分でも野暮ったいと思うメガネ越しに見る世界は、なんとなく霞んで見えて。それがベタベタとついた汚らしい指紋のせいだと、気付くまでかなりの時間がかかった。まあ、見えなくて困るものもないし、そもそも目が悪いわけじゃない。そのままでいいや。
ボヤけた視界の先では、どれも同じようにしか見えない生徒たちが次々と校門に吸い込まれていく。この光景を見るたびに、ブロイラーの鶏たちを思い出させられる。平坦で受験にしか役立たない勉強に、今から人の陰口を上手に叩く練習ばかりしているひとばっかり。個性を大事にとか言いながら、その言葉そのものが無個性な矛盾した存在。結局のところは、みんな同じじゃないと怖い。
何が一番イヤなのかというと、そんな偉そうなことを言いながら、彼らのマネをしないと満足に生きていけない自分がダントツで最悪だ。醜い。汚い。一番嫌いな『私』に戻ってしまった。
あの日、Masamuneのいた空間で呼吸することすらままならなくて、私は脇目もふらずに逃げ出した。文字通り、全てを捨てて。今まで片時も手放したことのなかったギターさえ、あの場所に置いてきた。ウツミさんから『預かっている』って連絡がきたけど、まだ返事すら返せていない。
あれ以来、一度も事務所のレッスンルームには顔を出していない……そもそも、こんな状態でスガさんは絶対に来ないだろうし、ルカとウツミさんも来るとは思えなかった。そんなことは単なる私の想像でしかなくて、情けなく逃げ回ってるだけなんだってことは、自分が一番よく分かっていた。
こんなにも長い間、ギターに触れないなんて初めてのことだった。一日中ギターを弾いて生きていた身としては、どうやって時間を消費すればいいのかが分からなくて。
(一日って、こんなに長くてつまらなかったっけ)
音楽のない生活なんて考えたこともなかったから、ただボンヤリと時間を浪費することしかできない。それでも、何も考えなくても一日は終わっていくのだと気付いてからは、明日が来ることが怖くなくなった。
(私は音楽がなくたって生きていける)
それがただ、息をしているだけの無意味な人生だとしても。
学校では同じクラスなんだから、ルカと顔を合わせることは当然のように何回でもあったけど、私はルカを全力で避け続けた。避けるまでもなく、もうルカは私なんて用済みかもしれないと思うと、なおさら避けずにはいられなかった。
こんな状況でも、全国ツアーは続くはずだ。次のツアーはもう間近に迫っているけど、私が弾かないなら、自動的に『Masamune』が正式なメンバーになるんだろう……ううん、もう決まっているのかもしれない。
キーンコーンカーンコーン
小学生の時から変わらない、身体に染み付いたチャイムの音で現実に引き戻された。昼食時間、だけど中学の時みたいに給食があるわけじゃないから、お弁当を持ってくるか購買で何か買わないといけないんだけど、このところの私はお弁当を忘れがちだ。作るの面倒だし、もう身体が資本なんて状況が巡ってくることもないだろう。
購買に行くのすら面倒で、特にお腹も空かないなぁと昼寝を決め込んで、机に突っ伏した時だった。
(……うるさい)
いや、昼休みだから騒がしいのは当然なんだけど、ぼっちの私が悪いんだけど。隣のクラスからいかにも『青春めっちゃ楽しんでます(ってアピールしてる)』系のグループがやってきて、こっちのグループに合流したから騒がしさが二乗になった。
相変わらず誰々が付き合っただの別れただの、新しいショップだのカフェだのがどうとか、昨日のテレビはなどなど。よくもまあ話題が尽きないなと思いながらも、昨日も同じような話しかしていなかったなとも思う。
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