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雪白楽

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07 バラバラの五線譜を抱き締めて ②

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「なあ『Ruka』って知ってる?」

 その単語に、ハッと意識が吸い寄せられる。

「は?なにそれ」
「あ、アタシ知ってるよーアイドルの『Ruka』様でしょ」
「おぇ、様付けですか。まさかのドルオタなん?」

 引き気味で言葉を返された女の子は、慌てたように首を振った。

「ないないない!そういう通称なんだってば」
「ルカ?あー、昔そんなのいたかもな」
「今も現役だよーライブやってるし、私この前行ってきた」

 この前のライブ来てた人いるんだ、と思わず跳ね起きそうになる。世間は狭い。

「えっ、アイドルとか興味なさそー」
「まあ、曲いいし。正直『Ruka』様はアイドルにしとくのもったいないかな」
「んで、そいつが何だってんだよ」

 アイドルには明らかに興味のなさそうな男子生徒がウンザリした感じで言った。

「昨日な、姉貴の買い物に付き合わされてさ」
「ダッセえ」
「うるっせ、最後まで聞けよ。そしたら途中で一色遥いっしきはるかに会ってさ」

 私は背筋にゾクリと悪寒が走るのを感じた。ついに、ルカが顔バレした?

「いや、まず誰それ」
「俺らのクラスメイト。喋ったことないけど……で、そいつを見た姉貴が『Ruka』に似てるって騒いでて」
「言われてみれば、似てる……かも?確か『Ruka』って、私達と同い年だったし」
「いや、一色がホンモノだとしたら地味すぎてむしろウケるわ」

 スマホをいじっていた一人が「あっ」と声をあげる。

「これ見ろよ。マジで、ちょっと似てるかも!」
「ふーん、って、ルカって男なのかよっ」
「いや、気付いてなかったのかよ……にしても、これ良く考えたらスゲえネタじゃん?」

 彼がそう言ってニヤリと笑った瞬間、その場の雰囲気がガラリと変わった。


 ゾワリ

 この空気を、知っている。

 誰かが誰かをよってたかって傷付けて、見せしめにして楽しむ時のイヤな空気だ。

「『Ruka』がこの学校にいるってなったらさ、テレビ局とか来るんじゃね?芸能人じゃん」
「それな!な、あとで一色のヤツ捕まえてさ、ネットにさらしてやろうぜ」
「おっ、いい。おもしろそーじゃん」


 どうしよう。どうすれば、いいんだろう。

 このままだと、ルカが顔バレしてしまう。ううん、そもそも今までこんな普通の学校に通ってて、安全でいられたことが奇跡みたいなものだと思う。ただ、私にはよく分からないけど、芸能人モードじゃないルカはいわゆる『地味顔』らしい。十分キレイだと思うんだけど。

 とにかく、どうにかしないと。でも、私は彼らと面識があるわけじゃないし、そもそもあの集団の中に突っ込んでいくのは怖い、というか無謀だ。

 私が『彼はRukaじゃありません!』なんて言ったところで、お前がなんで『Ruka』のことを知ってるんだって話になるし、逆にもっとルカが疑われることになるかもしれない。


 ダメだ、迷惑をかけるルートしか思い浮かばない。

(そもそも、私にルカのことを心配する権利なんて、あるのかな)

 それを考え始めると、あるはずがなかった。

 ただでさえ、ルカは強くて何でも一人で解決できちゃうのに、私が余計なことをして引っかき回す方が叱られそうだ……いや、もう叱ってすらくれないのかもしれない。

 私は逃げた人間だ。もう、ルカのことで私が怒るのも、きっとおかしいことだ。

「て言うかさ、ヒラヒラした女みたいな服着て、男のクセに気持ち悪ぃよな」
「そもそもアイドルとか、どうせクソみたいな歌うたって笑顔振りまいて、女の子にキャーキャー言われてるだけだろ」


 プツリ、と。

 何かの切れる、音がした。


(ダメだ)


 ガタンっ

 勢いよく席を立つと、教室中の視線が私に集まった。

 それだけで、いつもなら吐きそうになっていたかもしれないけど、今だけは積もりに積もった怒りが爆発しているせいで何とも感じなかった。

 彼らへの怒り。理不尽な世界への怒り。そして何より、このどうしようもない自分での怒りを。



「ルカの音、聞いたこともない人が何も知らないくせに、勝手に決めつけないでくださいっ」


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