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07 バラバラの五線譜を抱き締めて ③
しおりを挟む教室中がシン、と静まり返った。空気を読めない乱入者の出現に、誰もが困惑しているのを痛いくらいに肌で感じていた。
それでも、私は目を逸らさなかった。立ち続けることを、やめなかった。
もう、逃げない。私の嫌いな……弱い、自分から。
「えっ、ちょ、なにいきなり」
「つーか、誰?」
「同じクラスの……誰だっけ。なにマジになってんの、ウケるっ」
耳の奥で、ドクドクと壊れそうなくらいに心臓が鳴っている。私の怒りが、ズレたものであることくらい、自分でもよく分かっていた。でも、ここで声をあげなかったら、きっと私は一生変われないままだ。
これ以上、誰にも……自分にも、否定させたくない。私の好きなものを。
「あなたたちにとっては冗談のネタでも、私にとっては人生賭けてきた大事な音楽なんです……きっと、あなたたちの知らない誰かにとって、あなたたちの傷付ける人やものは、かけがえのない大切なものだったりするんです。そんなカンタンに否定して、貶めようとしないでください」
声が、震えた。でも、私の想いは全部こめた……少しでいい。どうか、伝わって欲しいと、願った。
「えっ、マジのオタクじゃん!うわー、イタいわ」
「それとも、アンタ『Ruka』の知り合いだったりすんの?」
「そう言えば、たまに一色と帰ったりしてるっしょ。これは一色=ルカ説濃厚なんじゃね」
「っ……」
(どう、しよう)
恐れていたことが、起きてしまった。このままだと、ルカに迷惑かけることになってしまう。なんとか、しないと。
「私はっ」
「アンタさ、一色と仲良いんだろ?だったら、ちょーっと俺達に協力してよ」
彼らのうちの一人がニヤリと笑みを浮かべると、あの『イヤな感じ』が私の全身に襲いかかってきた。
「あー、なるほどな。コイツに『協力』してもらえば、一色もアッサリ白状するんじゃん?」
「なんせ『仲良し』だもんなー。ま、悪いけど突っかかってきたのはそっちだし?」
ジリジリと獲物で遊ぶみたいに近寄ってくる彼らに、私の視線は自然と助けを求めてさまよっていた。そんなもの、あるはずないのに。
さっきまで会話に加わっていた女の子達は、少し遠巻きにして『やめなよー』とか言いながらも面白そうに眺めてるだけ。他の生徒は見てみないフリ。分かってる、いつだってそうだった。自分を守れるのは、自分しかいない。
(逃げなくちゃ)
そう思うのに、身体が動いてくれない。足がすくむ。手が震える。
私はまた、負けるのか。世界の悪意に……自分から歯向かって、バカみたいに。たった一人の声じゃ、何も変えられないし、痛い目を見るだけの異端だと分かっていたのに。
(それでも、否定しない。それだけは、させない……逃げないって、決めたはずだ!)
もう、何があっても目だけは背けないと、顔をあげた瞬間だった。
「お前達、その辺りでやめておけ」
凛と、怒りを含んだ声が響き渡る。
誰もが動きを止めて振り返った。振り返らないではいられない、そんな力を持った声なんて、私は他に知らない。
(……ルカ)
彼は自分に視線が注がれているのを気にも留めずに、ただゆったりと歩いてきて私の手を取った。
「来て、アスカ。音楽を愛せない人間に、分からせる必要なんてない。俺達は、大切な人のため、信じるもののためだけに音を紡ぐ。そうでしょ」
「っ……」
そうだ、どうして忘れてしまっていたんだろう。
どうして、音楽をやっているのか。ギターを弾き続けていたのか。答えなんて、分かり切っていたのに。
あの日。この声に救われた日。音に愛されたこの声に、全てを捧げると決めた、その瞬間から。きっと、とっくの昔に……ルカは大切な人で、信じるものだった。
スガさんも、ウツミさんも、全員がいて同じ音楽を目指してて。大切な場所になってた……だから、あの場所にいたい。守りたい。最高の音楽を生み出せる場所で。それだけの、シンプルなこと。
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