37 / 43
07 バラバラの五線譜を抱き締めて ⑨
しおりを挟む「あの言葉に、ウソはない。今でも、変わらずそう思ってる……いや、もうずっと、ウツミは俺にとってかけがえのない音だと思ってる」
『じゃあ、アスカは?』
唐突に切り込まれたその言葉に、呼吸が止まった。
『アイツの音は、ルカにとって……かけがえのない音じゃ、なかった?』
ああ、そうか。
そんなに、カンタンなことだったんだ。ただ、自分に認めてやるだけで、よかった。
大切なものは、たった一つじゃなくても、いいんだってことを。
「……解決した」
『それは、よかった』
心なしか弾んだ声が電話の向こうから聞こえてきて、意外とウツミって分かりやすいよなと、つられて少し笑ってしまった。
「ありがと、ウツミ。なんか、バカみたいな遠回りしてた」
『バカみたいな悩みなんて、ない。きっと、全部に意味がある……いつか、そう思えたらいい』
ウツミの言う通り、今この瞬間に交わしている会話そのものにも、きっと意味があるんだろう。
「それじゃあ、まずは一つ、きっちり解決してくる。そう言えば、いまどこ?」
『この時間は、いつも同じ。事務所のレッスンルーム……誰も来ないから、退屈してた』
「まさかお前、毎日いたのっ?」
『……ん』
当然、とでも言うような声で返されて、俺はますますウツミの意外な一面を見た気がして、ちょっと思考が追いつかなかった。
『……俺は、とっくの昔に救われてる。だからもう、揺るがない。俺は、人を救えないけど……いつでも、ここにいる。だから、帰る場所は絶対にある。安心していい』
ポツポツと紡がれた言葉に、胸が熱くなるのを感じた。背中を預けられるって、こういうことなのかもしれない。
「分かった。待ってて」
『ん、待ってる』
沈黙した電話を握りしめて、俺は歩き出した。もう、迷いはない。
成すべきことを、成せ。帰りを待ってくれている、大切な人がいるから。
元来た道をまっすぐに戻って、ドアを開けると、悠々とした笑みでマサムネが出迎えた。
「もう、待ちくたびれちゃったわ」
「……あなたはもう、待たなくていい」
「えっ……?」
何を言っているのか分からないという表情を見下ろしながら、俺はやっぱり自分が冷たい人間であることを自覚した。いざ決断したら、この人を切り捨てることに何の躊躇いもなかった。
「あなたの音は、いらない」
端的な俺の言葉に、彼女の頬が怒りで紅くなるどころか青くなった。
「それは、どういうことかしら……?」
それでも冷静さを取り繕った言葉に、俺は首を横に振った。
「言葉通りの意味。あなたは俺のバンドに必要ないから、帰って。返事を待たせたのは、ごめん。まあ、社長のオーケー出てたわけじゃないから、正式な話でもないし良いでしょ」
「っ、私を選ばない意味が分からない!私は『Masamune』名義で顔出しするから、こっちのネームも使えるし……あなた達にとってデメリットなんて何もないでしょ?あの実績も何もない、私ほどの実力もない女の子より、ずっと価値があるっ」
ヒステリックに叫ぶ彼女が、少しだけ悲しかった。
この人の音楽を測る基準は世界にとっての『価値』なんだろう。それは間違ったことじゃない、というよりむしろ正しい。だけど、それはきっと永遠に俺と分かり合えないことの、証明みたいなものでもあった。
「確かにあなたのギターは素晴らしいと思う。日本の音楽史には、間違いなく残ると思う。でも俺が必要としてるのは、神様じゃないんだ。カンペキに完成した音は、要らない。俺は、どこまでも人間のアイツを選ぶよ……アスカは、代替可能なパーツなんかじゃないから」
俺が見失おうとしていたもの。俺が目指していた、信じていた、音楽。
それは世界に理解される音楽なんて大それたものじゃなくて、もっとずっと個人的でちっぽけなもので。それでも俺にとっては、かけがえのない音。
「そんな、ことで?」
意味が分からないと、途方にくれたような顔で立ち尽くす彼女に、俺は丁寧に言葉を紡いだ。
「俺にとっては、何よりも大事なことだから……だから、ごめん。さよなら」
そうして背を向けた俺に、ポツリと、呟くような問いが投げられた。
「どうして、神様じゃ、ダメなのよ……」
そんなの、決まってる。
「Leniが、どこまでも人間だったから」
*
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる