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第4章 ヤンデレヒロイン
第50話 花火
しおりを挟む今日、この町で花火大会が開催される。
僕ら園芸部一同も、浴衣を着て会場へと向かっていた。
「春人先輩、早くしないと焼きそば売り切れちゃいますよ!」
黄色の浴衣を着た夏樹ちゃんは、ぴょんぴょんと僕の先を急ぎ足で歩いた。
「屋台の商品はそんな簡単に売り切れにはならないよ……」
「じゃあもしも買えなかったら春人先輩が責任とって下さいよ!?」
先に会場へと向かっていた2人と合流すると、手分けして屋台を回ることに。
じゃんけんでペアを決めると、僕と飛鳥先輩が同じ班になった。
「春人は屋台の食べ物だと何が好き?」
黒い浴衣を着こなした、大人っぽくて色っぽい飛鳥先輩が尋ねる。
「僕はやっぱり、リンゴ飴が好きですね。飛鳥先輩は何が好きですか?」
「私はやっぱり、チョコバナナ!」
予想通りの答えに、僕は笑ってしまう。
どうやら今回はわざとではなかったらしく、途中で気付いた先輩は赤面していた。
「飛鳥先輩って、本当に天然ですよね」
「春人のイジワル……」
悔しそうな目元が可愛らしい。
「すみません。でもそこが先輩のいいところでもあると思います」
「そういえば、雪乃ちゃんとは最近どう?」
「そうですね……順調だと思いたいんですけど、冬月さんが何を考えているのか分からない時がたまに……」
「大丈夫よ。きっと春人の気持ちは伝わっているし、人の気持ちなんて目に見えないんだから、分からなくて当然だもの」
「ありがとうございます、先輩……」
「そうだ、この前春人が選んでくれたお花が、お客様からすごく好評だったの!」
「それは良かったです。女将修行の方は順調そうですね」
「お母さんったら張り切っちゃって、すごく厳しいの。でも、やりがいもあって楽しいわ」
向こうの班と合流すると、僕らは花火を座って見られる場所を探す。
「実は昔お父さんに教えて貰ったとっておきの場所があるんです!」
鼻高々に夏樹ちゃんが言った。
「ありがとう夏樹ちゃん。案内してよ」
「はい!」
連れられてきたのは、少し距離の離れた街灯もない丘の上。他に人の姿もなく、穴場と呼べるスポットだった。
僕と冬月さんが腰を下ろすと、夏樹ちゃんと飛鳥先輩は、もうすぐ花火が始まるというのに、買い忘れたものがあると言い2人でどこかへ行ってしまった。
「きっと気を使ってくれたのでしょうね……」
「やっぱり、そうなのかな……悪いことしちゃったね」
――最初の花火が打ち上がった。
パッと開くと、遅れてくる音と振動。
それに混じって、冬月さんの声がする。
「花火って、私たちにピッタリだと思わない?」
「どうしてそう思うの?」
「だって、私の好きなものと花守君の好きなものが……本来相容れない筈の2つが、1つになったものだもの」
「そうだね。同じ火ではあるけど、これだったら僕も怖くないし」
「ねぇ花守君……あなたの指が欲しいわ」
「え……」
「前にくれるって言ったでしょ? 左手の薬指」
「嫌だよ。それにもう、使うあてだってあるし」
「どう使うの?」
「分かってるくせに……」
「ふふ……でも、それがゴールじゃないわよ?」
「分かってるつもりだよ」
「前にね、花嫁って言葉の語源を、調べてみた事があるの」
「また唐突だね」
「そしたらこんな一節が出てきた。人の一生を花に例えるなら、生まれるのが芽吹くとき、一生を終えるのが枯れるとき……そして人生で一番美しいのが、花を満開にさせるとき。だから人は、美しい新婦のことを、花嫁と呼ぶって」
「そっか……」
「私は、花開く前に枯れようとしていた。あなたはいつか言っていたわよね。美しい花々がありのままでいられる場所を作りたいって。だから花守君、私にも、そんな場所をつくってほしい。お付き合いするとか結婚とか、その程度の話じゃない……私が枯れるその時まで、隣に居てくれなきゃイヤ……」
「じゃあ僕からもひとつお願いしていいかな?」
「なに?」
「僕に勉強を教えて欲しいんだ」
「それはなぜ?」
「母さんとの約束で、大学は国立しか認めないって言われてるんだ。もう勉強を始めてるんだけど、やっぱり1人だと限界を感じてて……」
「ふふ……私に教えを乞う身なら、もっと相応しい頼み方があるんじゃない?」
「そうだね……冬月さん、僕と、ずっと一緒にいて下さい」
「はい、喜んで……」
この日見た花火を、僕は一生忘れることはないだろう。
闇堕ちして死のうとしていた女の子を、ヤンデレヒロインへと更生させる物語は、ここで終了となる。
そしてこれからは僕の人生のヒロインを、幸せにする物語が始まるんだ。
ここから始まるその物語は、きっと今までよりも刺激的で、感動的で、そしてスリリングなものとなるだろう。
僕は期待に胸を膨らませると共に、今まで出会った全ての人に向けて、感謝もしていた。
長い人生から考えれば、僕が辛かった時間なんてほんの一瞬に過ぎない。強いて言えばその出来事こそが、僕の一生を変えてくれたのだから。
きっと僕たちの更生は、今後も続いていく。
信頼できるパートナーと共に、更につよく、生きていこう。
―了―
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