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第1章 白雪姫
番外編:クロユリ姫殺人記録#1 『初見殺シ』
しおりを挟む4月2日――深夜の学園敷地内。
これは、白雪姫から命を狙われるきっかけとなった、あの日の後日談。
「ねぇ重いんだけど、いつまでそこにいるつもり?」
「あ、ご、ごめんっ! 怪我とかしてない?」
冬月さんによる学園への放火を食い止める為とは言え、女性に馬乗り状態だという事を改めて思い起こされると、自分でも大胆な行動をしたとハッとさせられる。冬月さんの華奢で線の細い身体を、僕の体重で押し潰してしまわないか心配になった。彼女の身長は恐らく高2女子の平均くらいだけど、体重はきっと、平均よりも軽そうだと思った。
僕は体を起こして手を差し出したが、彼女はそれには応じずに一人で立ち上がり灯油缶の持ち手を握る。
「その荷物……重いだろうから送っていくよ」
「そう……ありがと。でも、多少優しくされたくらいじゃあなたを殺すことに手心なんて加えないから」
「見返りを求めて言った訳じゃないよ」
「自分の命を狙う人間に優しくするだなんて、花守君はとんだお人好しね」
僕が灯油缶をひとつ持ち上げると、彼女は手ぶらでスタスタと歩き出してしまう。
「ちょっと、これ2つとも僕が持てってこと? 手伝うよって意味だったんだけど」
「なによ。そんな中途半端な気持ちだったのなら最初から期待させるようなこと言わないで。私はこれでも傷心中のか弱い女の子なの」
「はいはい……分かりましたよ」
うっすらと月明かりに照らされてはいるけれど、この町は街灯も少なくて、一定間隔で光の届かない空間が生まれる。それが訪れる度に、まるで別の世界へやってきたような……そんな子供のような妄想をしていた。
「冬月さん家ってここからどのくらい?」
「歩いて10分――いえ、20分くらいよ」
「ん……今なんで倍になったの?」
「あなたが歩くの遅いから」
「すみませんねぇ……」
僕の先を歩く彼女は色褪せた自動販売機の前で立ち止まり、炭酸飲料のボタンを押した。腰を曲げて缶ジュースを取り出してひと口飲むと、立ち尽くしていた僕に横目で尋ねる。
「あなたも、何か飲む?」
「……じゃあお茶か水をお願いします。実は財布忘れちゃって何も飲んでなかったから喉カラカラだったんだ」
「いつからあそこで私が来るのを待っていたの?」
「ゆ、夕方から……」
「……まるでストーカーね」
僕達は自動販売機の前で、灯油缶を椅子代わりにして腰掛けた。
「花守君って、転校生なのよね?」
「うん、去年の12月にここへ越してきた」
「じゃあこの町のこと、あまり詳しくないの?」
「そうだね……正直ここがどこかもあんまりよく分かってない」
「……いいところ教えてあげましょうか?」
「どんなところ?」
「私のお気に入りの……大切な場所」
冬月さんは、ほとんど何も見えない曇り空を見上げながら、和やかな表情で答えた。自動販売機の光に照らされたその横顔は、いつか読んだ雑誌の表紙みたいだ。
「せっかくだから教えて貰おうかな」
「ついてきて」
彼女の投げ入れた空き缶がゴミ箱の中で奏でた音を、まるでスタートの合図みたいに感じたのは、同時に彼女が浮かれた様子で小さく飛び跳ねたように見えたからだ。
「なんか楽しそうだね?」
「別に……そんなことないわよ」
彼女の後についていくと、次第に波の音が聞こえた。辺りには街灯はなく、ほとんど景色なんて見えなかった。一面が真っ暗闇の中で、声だけが唯一の目印となる。
「ここよ……」
「なんにも見えないんだけど……」
「この崖の下には海があるの」
「ここ、崖だったんだ。境界線も見えないし危なくない?」
「私は何度も来てるから、見えなくても分かるわ」
「初見の僕には何も分からないんですが……」
「こっちへ……来て……」
冬月さんは囁くように言った。なんだかとても色っぽい声だったから、僕は吸い込まれるように声のする方へと歩みを進めてしまう。
冬月さんのシルエットがうっすらと見える距離まで来ると、彼女はもう一度あの声色で囁いた。
「さよなら……」
「え……」
――次の瞬間、僕は宙に浮いていた。いや……落下していた。どうやら地形的に僕が進んだ先には足場が無かったようだ。騙された……やられた……そう思う頃には、僕はまだ時期的に冷たい深夜の海面へと勢いよく叩きつけられていた。
「ごめんね花守君……優しくしてくれてありがとう。明日の夜には、私もそっちへ行くから……向こうでは、もう少し優しくするわ」
灯油の入ったポリ缶ごと僕が海へ落ちた為、予定を明日に変更せざるを得なくなった冬月さんが帰宅している頃、僕は海の中でどうやって岸へ戻ろうか考えていた。なぜこんなに落ち着いていられたかと言うと、このポリ缶のおかげだった。もちろん中にはパンパンに灯油が入っていたけど、灯油は水よりも比重が軽いらしく、ぷかぷかと海面に浮かんでいた。それが浮き輪代わりになり、長時間に渡って海中で浮かぶ事が出来たのだ。
「これで溺れ死ぬことはなさそうだけど、流石に寒いや……」
僕は15分ほどかけて泳いで岸に上がると、びしょ濡れのまま家に帰った。叔母からはいじめを疑われ、祖父からは大目玉を食らってしまった。
――せめてもの仕返しとまではいかないけど、翌朝、僕が教室へ入った瞬間の冬月さんが見せた幽霊でも見たような顔は、この先一生忘れることはなさそうだ。
◆◇◆◇◆◇
御礼
ここまでのご愛読、誠にありがとうございました!
第1章が幕を閉じ、明日の投稿からは第2章の幕開けです。もしも面白いと思っていただけましたら評価⭐︎や小説のフォローをどうかよろしくお願いします。
では、次回をお楽しみに。
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