学園を放火しようとする闇堕ちした学年一の美少女をヤンデレヒロインに更生させるまで

野谷 海

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第2章 おやゆび姫とねむり姫

モノローグ 千秋奈良丸の毒吐(く)

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 俺は、今まで一度として他人に劣等感を抱いたことがない。

 老舗の有名旅館の跡取り息子として生まれて16年――欲しい物はなんでも与えられたし、昔から友達も多く、女にも不自由したことはない。勉強も得意って程じゃねーけど、苦手でもない。要領良くやれば平均以上の点を取るくらいは楽勝だ。小学生から始めたサッカーでも、高校1年から部のエースとして活躍して、今年は県選抜にも選ばれた。そして極めつけは……最近まで学年一可愛いくて、誰もが羨むような超お嬢様と付き合ってた。

 自分でも笑えるくらい、誰から見ても順風満帆な人生だ。

 ――人生なんて、チョロいヌルゲーだとすら思ってたのに……

 
 様子がおかしくなっちまったのは、その彼女との進展が何もないことに焦りを感じ始めたのがきっかけだった。付き合って3ヵ月経っても、セックスどころかキスすら許されない。俺も年頃の男だし自分にある程度の自信もあった。何がダメなのか聞いても濁され続けることに苛立ちを覚えた俺は、憂さ晴らしがてら適当な女子に声をかけた。それが今の彼女の杏だ……こいつは少し迫っただけで簡単にヤラせてくれたし、そっちの相性も悪くなかった。

 それから杏と何度か関係を持つと、「ちゃんと付き合いたい」なんて言ってきやがった。もちろん雪乃と別れる気なんてさらさら無かった俺は断るつもりだったが、俺に心底惚れているこいつは使えるかもしれないと思ってしまう。だから俺は杏へ乗り換えるようにして、雪乃を拒絶した――危機感を与えれば、すぐに泣いて縋ってくるに違いない、そうなれば俺との付き合い方を考え直すだろうと高を括っていた。

 
 ――でも、現実はそうならなかった。

 それだけならまだいい。翌日から雪乃は、俺への当てつけかのように地味で友達もいねぇようなボッチの転校生と仲良さそうにつるんでやがった。俺はあんな陰キャよりも魅力がないと言われてる気がして無性に腹が立って、それから数日にかけてアイツらの様子を遠くから伺っていた。

 あの陰キャ――花守春人と過ごす雪乃は、今まで見たことのない雪乃だった。

 俺があの男を殺そうとまで思ったのは、意味分かんねーかもしれねーけど……パンツだ。俺が別れを告げた時、冗談のつもりで言った言葉だったが、雪乃はそれを見せるのを拒んだ。それなのに、屋上近くの階段――あの時と同じ場所で、花守には見せていた。俺と別れるよりも苦痛だと判断したことを、アイツにはすんなり見せた。今までなんとか保っていた自尊心が崩壊すると共に、俺の中に住む何かが完全に目を覚ましちまったのは、この時だった。

 まさか花守も自分がパンツを見たせいで殺されかけただなんて、夢にも思ってねーだろうな……笑える。

 
 それからは、体が乗っ取られたかのようだった。そんな状態でも頭では冷静だった俺は、自分へ疑いがかからないように、全ては杏の犯行に見えるように偽装して花守を始末する計画を立てた。まずは学校の図書室から杏の貸し出しカードを使って毒物の本を借りる。そして俺は、適当な口実で花守へ近付くように杏を誘導して、一緒に調理実習で作ったアップルパイに毒を仕込み、それを手土産として持たせた。間違って雪乃を巻き込まないように、おかしな手紙を花守の机に忍ばせたのは、そうすれば奴はイジメられたと勘違いして職員室へチクリに行き、一人になると思ったからだ。流石は俺の考えた計画だけあって、その予想は完璧に的中する。

 だが、屋上の騒ぎを聞ききつけた俺がそこへ向かうと、ひとつだけ想定外な結果が待っていた。

 雪乃が、あの雪乃が……花守を助けるために自分の唇を奴に押し当てている――俺の知っていた初心うぶで、照れ屋で、だけどどこかミステリアスだった雪乃はもう死んだんだ……そう思った。

 あいつは俺の前では猫を被っていたのか……花守に見せていた姿が、本当の雪乃なのか。あいつを振ったのは俺の方なのに、きっぱりと別れを告げられた気がした。なんで俺があんな陰キャに負けなくちゃいけねーんだ……納得なんて、死んでも出来ねぇ。

 俺はアイツ花守が嫌いだ。俺が好きだった女を変えちまった、アイツ花守が憎い。

 ――この借りはいつか、何倍にもして返してやるよ。
 それまで、せいぜい日陰の高校生活を楽しんでろ。
 
 
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