23 / 75
第2章 おやゆび姫とねむり姫
第20話 焼殺
しおりを挟む翌日の早朝――叔母は気分が悪そうに1階のソファで項垂れていた。
「また二日酔い? それで、何か収穫はあったの?」
「どいつもこいつも、男ってのは甲斐性なしばっかりだぁー……」
酒に焼けた掠れ声でいい大人が愚痴を溢す様は滑稽だったけど、ここまでくると少しかわいそうだと思ってしまう。
「何も、なかった……んだね」
「私の勝負下着は敵前逃亡の為不戦勝だよこのやろぅ……はるとぉ……いい男紹介しろぉ……」
「相手が高校生じゃ犯罪でしょ」
「うっせぇ、もうなりふり構ってらんねぇんだよぉ……」
結局、この日も農作業は僕たちに全て任せっきりにして、叔母は夕方までぐっすり眠った。かく言う僕も昨日の冬月さんの言葉が棘のように心に刺さったまま、彼女とは少しギクシャクしながらこの日の作業を終えた。
食事の支度を飛鳥さんに任せきりなのは忍びなかったから、今日の夕飯はみんなで協力してカレーを作ることになった。
「カレーのお肉は豚肉でいいよね?」
「は? カレーといえば鶏肉に決まってるでしょ?」
冬月さんは、まるでゴミでも見るかのような蔑みの視線を僕へ送っていた。
「……飛鳥先輩はどうですか?」
「ごめんね春人……私もどちらかと言うとチキンカレー派なの……」
そのやりとりを聞いていた夏樹ちゃんはぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を上げた。
「はい! はい! あたしは春人先輩と一緒で豚肉派です!」
「意見が分かれてしまったわね……そうだ、せっかくだから2種類作っちゃいましょうか?」
飛鳥先輩のこの提案で、チームを2つに分けて料理をすることになった。勝ち誇った顔の冬月さんは、もうひとつ条件を追加してくる。
「そうと決まれば、勝負をしましょう? 花守先生にどちらのカレーが美味しかったか採点してもらって、負けたチームは勝ったチームの言うことをなんでも1つ聞くの」
「そ、そんな後出しズルイです! それならあたしだって、春人先輩と別のチームが良かったです!」
夏樹ちゃんが抗議をすると、冬月さんはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「もちろん風間さんも、今からでもこっちのチームへ来てもいいわよ? 歓迎するわ」
白雪姫と僕とを天秤にかけるように交互に見つめたねむり姫は、華麗に僕を裏切った。
「すみません春人先輩……今日からあたしは、チキンカレー派です!」
こうして……なぜか僕は1人になってしまった。それなら僕もチキンカレーでも良かったんだけど、今さら言い出しにくい雰囲気になっていたし、楽しそうにキッチンに立つお姫様たちの姿を見たら、反論するのは野暮だと思った。
――そして、いざ実食。
「うぅん……どっちもすごく美味しかったわぁ。ご馳走様でした」
まるで妊婦のように膨れたお腹をさすりながら満足げな顔を浮かべる叔母へ、夏樹ちゃんが気になる勝敗を確認する。
「それで花守先生、どっちの方が美味しかったですか?」
公平を期すために、2種類のカレーを誰が作ったかは叔母には伏せていた。
「どっちも美味しかったけど、こっちのは本格的で、まるでお店の味って感じだったわね……」
叔母がチキンカレーを指さすと、3人の姫は嬉しそうに顔を見合わせた。だが、叔母の品評はまだ続いていた。
「……でも、やっぱり食べ慣れてる方が個人的には落ち着くし好みだから、敢えて順位をつけるとするなら……こっちかな!」
叔母は、僕の作ったポークカレーを選んだ。こうなることは、なんとなく予想がついていた。なぜなら僕は祖父が作ってくれるカレーを忠実に再現していたからだ。これは僕の勝利ではなく、審査員に叔母を選んだ冬月さんの敗北と言って良かった。
肩を落とす白雪姫は僕を一瞬睨みつけると、やけ食いするようにカレーをもぐもぐと頬張り始めた。
みんなより一足先に夕飯を食べ終わっていた僕は、お風呂へ入ることにした。僕が湯船に浸かって2日間の疲れを癒していると、浴室の扉が勢いよく開いた。ま、まさか飛鳥先輩が僕の背中を流しに来たのか……と、期待と不安が同居していた僕の幻想は、一瞬にして砕かれる。
――入ってきたのは、オバさんだった。
「あんたいつまで入ってんの。男の長風呂は嫌われるわよ」
「ちょっと! だからって入ってこないでよ!」
「あんたが小さい頃はよく一緒に入ってたでしょうが。ほら、私もまだまだイケると思わない? この魅力に気付かない男が馬鹿なのよ」
叔母は鏡の前でポーズを決めていた。まぁ、歳の割にはそこそこのナイスバディだった。
「僕、先に上がるから!」
「背中流してくんないの? せっかくあんたの作ったカレー選んであげたのに」
「やっぱり、分かってたんだ……」
「そりゃあね……家族だもの」
「ありがとう、叔母さん……」
「だから叔母さんはやめろっつってんだろ、先生もしくはお姉さんと呼びな」
僕が風呂場を出てリビングへ戻ると、閉まっていたカーテンのそばで、姫たちが何やらコソコソとしていた。
「みんなでなにしてたの?」
僕がそう尋ねると、飛鳥さんは嬉しそうに僕の手を引いて窓のそばまで連れて行く。
「ここへ来てから合宿っぽいこと何もしてなかったでしょ? それで雪乃ちゃんの提案でね……最後の夜だから、どうせなら春人を驚かせようって……」
冬月さんと夏樹ちゃんが一斉にカーテンを開けると、庭で轟轟と燃え盛るキャンプファイヤーが姿を現した。
――僕は、思わず言葉を失った。
綺麗だと感動した訳でも、圧倒された訳でもない。ただただ恐ろしかった。そしてその感情がピークに到達すると、僕は息が苦しくなって、めまいがして、聞くに堪えないであろう叫び声を上げると、その場で崩れ落ちてしまう。
「は、春人どうしたの!?」
「……!」
「春人先輩!!」
正常な判断が出来なくなった僕は、駆け寄ってくるみんなの手を振り払いながら、逃げるように自室へと向かった。
女子部員たちは何が起こったのか分からず、ただ呆然と立ち尽くしていた――そこへ風呂上がりの春人の叔母が騒ぎを聞いて駆けつける。彼女は窓の奥で激しく燃える炎を見て、全てを悟った。
「あぁ……ごめん、みんなには伝えとけば良かったかな……春人は火に、因縁があるの」
「……春人先輩の怯えようは尋常じゃありませんでした。先生、春人先輩には何があったんですか?」
彼女らの不安そうな表情を見た春人の叔母は、しばし悩んだ末に問いかけた。
「今からする話はあんまり気分のいいものじゃないけど、それでも聞きたい?」
園芸部の姫たちは、固唾をのみ無言で首を縦に振った。
「あなたたちになら、話しても大丈夫そうね……どうか春人の力に、なってやってほしい。私の兄――つまり春人の父親はね、今、刑務所にいるの」
「「「…………!!…………」」」
衝撃の事実に3人の姫たちは絶句する。
あんぐりと口を開けて固まる他の2人を見て、年長の自分がしっかりしなくてはと思い最初に冷静さを取り戻した飛鳥が口を開く。
「春人のお父さんは、何をしてしまったんですか……?」
「……自分の家に火をつけたの。それも、春人が中に居ると分かっていながら……」
――春人の叔母は、神妙な面持ちで彼があの町へ越してきた詳しい経緯を続けた。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる
歩く魚
恋愛
かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。
だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。
それは気にしてない。俺は深入りする気はない。
人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。
だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。
――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる
釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。
他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。
そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。
三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。
新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。
昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件
マサタカ
青春
俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。
あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。
そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。
「久しぶりですね、兄さん」
義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。
ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。
「矯正します」
「それがなにか関係あります? 今のあなたと」
冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。
今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人?
ノベルアッププラスでも公開。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる