34 / 75
第3章 芽吹く恋、燃える恋
第26話 飛ぶ鳥跡を濁さず
しおりを挟む「飛鳥先輩……落ち着いて話を整理しましょう。僕らっていつ結婚の約束なんてしましたっけ?」
「この前、車の中で春人は私のことが好きだって言ってくれたでしょう? だから私もそのお返事に好きって伝えた。あれって……プロポーズじゃなかったの?」
思わず呆気にとられてしまったけれど、飛鳥先輩の顔の火照り具合から推察するに、これは彼女にとって至って真面目な問答らしい。
僕はため息混じりに誤解を解こうとする。
「飛鳥先輩、あれは……」
「も、もしかしてあれは……嘘だったってこと……?」
彼女の瞳へ急速に涙が溜まり始めた。
「う、嘘じゃありません! 好きか嫌いかの二択なら問答無用で好きです! でもそれは――」
話し終わるのを待たずして、先輩は僕の声を遮ると食い気味に捲し立てる。
「良かった。じゃあ式の日取りはいつ頃がいいかしら? 春人は確か2月生まれよね? 18歳になるのは約2年後だから、いっそのこと春人のバースデー当日に結婚式を上げるのなんてどうかしら!? 春人の好みは和装と洋装どっち!?」
「先輩……お願いですから僕の話を聞いて下さい……」
僕はその後、約1時間かけて飛鳥先輩の勘違いを正す為、念入りに説明した。
「――という訳なんですが、ご理解いただけましたか?」
「じゃ、じゃああれは結婚の約束ではなかったのね……ごめんなさい春人、私ったら、独りよがりの早とちりをしちゃってたみたいで……」
先輩は見るからに気落ちしていた。
「僕こそすみませんでした……軽率だったかもしれません……」
「いいえ……そんなことないわ……やっぱり私が世間知らずだからいけないのよね……でもどうしよう、お母さんにあんな大言を吐いて出てきちゃったのに……」
「それは、素直に謝るしかないかと……必要なら僕も一緒に事情を説明します……でも、それだと余計に話をややこしくしちゃいますかね……」
「だけど……お見合いは嫌……」
「それも……ちゃんと話し合うべきなんじゃ……」
「だってお母さん、私がこういう話をするといつも聞きたくないって私と距離を置くの。この前の春人との初体験の話だって、私はちゃんと相談に乗って欲しかったのに『そんなので妊娠する筈ないでしょ馬鹿』って、ろくに話も聞いてくれないの。私は産婦人科に行こうか本気で悩んでいたのに……」
「飛鳥先輩……僕との初体験って、なんの話ですか?」
「……初めて会った日に屋上で、ほら、しちゃったでしょう? 私たち……」
顔を真っ赤にさせて、彼女は一体何を言っているんだろうか。まさか本当にあんな些細なスキンシップを女性にとって貴重な初体験だと信じきって……そして母親に妊娠したかもしれないと相談をしたということだろうか。もしそうだとしたらこのおやゆび姫様は、僕の思っていた10倍、いや100倍は拗らせている。
「で、でも安心して? あれからすぐに生理がきたから……」
安心なんて、できる訳ないでしょう……むしろ不安でいっぱいですよ。ご両親の苦労、お察しします。
「先輩、僕が学年トップの先輩に物を教えるなんておこがましいのは分かっていますが、これから少し授業をしてもいいでしょうか?」
「え、春人、どうしたのいきなり……?」
「これは飛鳥先輩の今後の人生において、とっても重要なお勉強です……」
「わ、分かったわ……」
それから夕食までの時間をフルに使って、僕が知り得る保健体育の知識……そして勿論経験のない僕にでも分かる範囲でのそっち方面の用語を、先輩へ徹底的に叩き込んだ。
体中を真っ赤に染めていた飛鳥先輩は、恥じらいからかプルプルと小刻みに体を震わせている。
「こ、こんなことを……みんな経験しているの? は、春人も、誰かとそういうこと、したことあるの……?」
「ざ、残念ながら僕も未経験です……それなのに偉そうに授業してすみません……」
僕たちは叔母から夕飯が出来たと呼ばれるまで、互いに目を合わせることが出来なかった。でも、これで多少は彼女の世間知らずはマシになった筈だと、確かな達成感も感じていた僕だった。
夕飯を食べ終えた僕達は順番にお風呂へ入ると、叔母が僕の部屋へ来客用の布団を持ってきた。
「ねえ叔母さん、本当に飛鳥先輩をここで寝かせる気?」
「なに? 飛鳥になんかする度胸なんてあんたにあんの?」
「そういう問題じゃないと思うんだけど……」
「まぁ私も理解ある大人だから、そういうことをするなとは言わない。でも、やるならちゃんとゴムつけろよ?」
先輩は布団を敷きながらキョトンとした顔で尋ねる。
「ねぇ春人、ゴムってなんのこと?」
「ね、寝癖がついちゃうかもしれないんで、寝る時ヘアゴムとか使いますか!?」
「そっちのほうが跡が残るんじゃないかしら……」
叔母はニヤニヤと悪い大人のような表情を浮かべる。
「飛鳥ぁ……ゴムっていうのはね……」
「叔母さんはもう出てってよ!」
「はいはい、あとは若いお二人でどうぞごゆっくり~」
まるで旅館の中居さんのように正座をして扉を閉めようとする叔母を睨みつけると、能天気なオバさんは楽しそうに口元に手を当てながらオホホ~とほくそ笑んでいた。
「もう、寝ましょうか……僕ちょっと疲れちゃいました」
「そうね……明日から休日なのに、私のせいで疲れさせちゃってごめんなさい……」
「ち、違いますよ! 飛鳥先輩のせいじゃありません!」
ある程度距離を離して並べてはいたけれど、いざ布団の中へ入ると、やはり緊張して中々眠れない。
「春人、まだ起きてる?」
「お、起きてます」
「春人は私のこと、タイプじゃなかった?」
「なんでそんなこと聞くんです?」
「だって……あれだけ好きにしていいって言ったのに、春人からは私に指一本触れてこようとしないから……」
「それは……対等な条件じゃありませんから。もしなんのしがらみもなく、僕と飛鳥先輩が互いに好き同士だったなら、僕は絶対我慢なんて出来ないと思います……それくらい先輩は、魅力的ですから……」
「そ、それって、もしも状況が整えば私とそういうこと、したいってことでいいのよね……?」
「そうですね……一応、僕も男なので……」
「そう……なのね。てっきり春人は雪乃ちゃんや夏樹ちゃんみたいな体型の子が好きなんだと思ってた」
「体型で言うなら、先輩がダントツで女性らしくて魅惑的だと思いますよ。これはあくまで僕の主観ですけど……」
「…………」
「ど、どうしました?」
「ご、ごめんなさい、ちょっと考え事をしていただけ……も、もう寝るわね……お休みなさい春人」
「は、はい……お休みなさい……」
翌朝――僕が目を覚ますと、そこに飛鳥先輩の姿はなかった。
綺麗に畳まれた布団が、昨夜の出来事は夢ではないと告げてはいたけど、いつもより殺風景に見えた僕の部屋は、普段よりも無駄に広く感じた。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる
歩く魚
恋愛
かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。
だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。
それは気にしてない。俺は深入りする気はない。
人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。
だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。
――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる
釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。
他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。
そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。
三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。
新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。
昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件
マサタカ
青春
俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。
あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。
そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。
「久しぶりですね、兄さん」
義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。
ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。
「矯正します」
「それがなにか関係あります? 今のあなたと」
冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。
今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人?
ノベルアッププラスでも公開。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる