学園を放火しようとする闇堕ちした学年一の美少女をヤンデレヒロインに更生させるまで

野谷 海

文字の大きさ
36 / 75
第3章 芽吹く恋、燃える恋

第28話 二羽のツバメ

しおりを挟む


 僕たちは、何十隻もの漁船が所狭しと列をなす港の防波堤付近を歩いていた。

 この地域が面している海の沖合いには、豊かな天然礁が広がっていて古くから漁業が盛んらしい。年々人口が減少するこの小さな町を支えているのが、豊かな資源を活かした持続可能な水産業だ。そういえばここへ来るのは、夏樹ちゃんに見られていた爆弾騒ぎ以来のような気がする。

 海が一望できる背景も相まって、今日の飛鳥先輩はいつもより麗らかだった。白が基調の半袖Tシャツにスキニーデニムというシンプルな服装も、彼女が着こなせば雑誌のモデルも顔負けと思えるほどに洗練されている。

 先輩の一歩後ろを歩きながら、その惚れ惚れするような後ろ姿に目を奪われていた僕の方へ、突如として振り返ったおやゆび姫。
 
 
「春人……私は君が好き」

 ――それは唐突に、前触れも、なんの脈絡もなく始まった。
 
 でも心なしか、いつもの暴走とは違うと感じたのは、先輩の表情がどこか清々しく見えたからだろうか。

「い、いきなりどうしたんですか?」

「告白って初めてだから……間違ってたかしら……」

 間違っているも何も、正解があるのかすら僕にだって分からない。

「……で、でもそれは千秋の件があったからですよね。心配しなくても僕は飛鳥先輩が悲しむような事はするつもりありませんし、その為にわざわざ僕なんかに尽くそうとしなくて大丈夫ですから……」

「ううん……やっぱり奈良丸の一件は、被害者である春人の判断に任せようと思うの」

「え……一体どうしたんですか?」

「私が間違っていたって気付いたの。弟の罪を隠すことも、代わりに償うことも、結局はあの子の為にはならない……だから、私はこれ以上あの件に一切口出しはしない。もちろん君が望むなら、私も甘んじて罪を償うわ」

「どうしちゃったんですか……たった一人の弟だって、あんなに悩んで、苦しんでたじゃないですか……なんで今さらそんなこと……」

「私もみんなみたいに、春人と対等でいたいから……かな」

「それならなんで……僕なんですか……? 先輩にはもっとお似合いな人がいるはずですよ」

「……春人は、おやゆび姫がどんなお話か知ってる?」

「えーと、確か……何度も誘拐されたりして、行き着いた先でモグラに結婚を強要されるんでしたよね。でも結婚式当日に、姫が助けたツバメの背に乗って逃げ出すって話だったような……」

「そう……二人が旅をして辿り着いたのは花の国で、そこでおやゆび姫は花の王子様と運命的な出会いをして、やがて結婚するの」

「もしかして、おとぎ話と現実をごっちゃにしてますか? 確かに僕の名前には花が入ってますけど、それはただの偶然で、僕は決して王子様なんかじゃ……」

「違うの……私にとって春人は、どちらかと言うとツバメのほう。自分の殻に閉じこもっていた私に、世界の広さを教えてくれた。そして私を……明るくて温かい場所へと連れ出してくれた。物語の結末とは違うけれど、王子様なんかじゃなくていい。私は君と、もっと旅を続けたい。もっと色んな世界が見たい……そう思ったの」

 僕は今、信じられない状況に謙遜すると同時に、素直に嬉しいとも思っていた。今まで僕と先輩の間にあったどうしようもなく根深いしがらみを全て取り払った上で、それでも先輩は僕を好きだと言ってくれている。

 学年一の美少女で、成績優秀、スポーツ万能のスーパーウーマンから好意を寄せられる以上に光栄なこと、これまでの人生で一度としてなかった。でもなぜだろう……心の奥の方がズキズキと疼く。

 
「先輩すみません……なにぶん僕も告白されるのなんて初めてで、この答え方が合ってるのか間違ってるのかすら分からないんですが……すごく嬉しい筈なのに、複雑な心境と言うか……」

「うん……そうよね。春人は、雪乃ちゃんのことが好きなのよね?」

 ……この人、いつもは見当違いなことばかり言うくせに、なんで当人の僕ですらすぐには見つけられなかった答えを知っているんだ。思えば、初めて会った日もそうだった。

「先輩は、ズルいですよ……こんな時ばっかり、僕の心が読めるんですか?」

「本当に心が読めるなら、振られると分かっていながら告白なんてしないわ」

 そう告げた先輩の表情を、苦笑いと表現するのはふさわしくないと思った。僕の少ない語彙で無理に表すならば、見透かしたような笑顔だろうか。それがトリガーとなり、もう一度ズキンと胸に鈍い痛みが走る。

「すみません……」

「謝らないで? これは私にとってのケジメなの。たとえ恋人にはなれなくとも、私は春人とこれからも仲良くしていきたいって思ってる。今日は、その決意表明がしたかっただけだから」
 
「僕だって同じです。先輩とはこれからも仲良くしたいって、心底思ってます」

「じゃあ、今度は私を春人のツバメにして欲しい。お姫様と王子様なんかじゃなく、二羽のツバメとして、色んな景色を見て、旅をするの! もちろん雪乃ちゃんと夏樹ちゃんも一緒に……私たち二人がいれば一人ずつ背中に乗せて飛んでいける。そんな結末も素敵だと思わない?」

 先輩がどんな心境でこの提案をしたのか……目の前の咲き誇るような笑顔を前にしては、僕には計りようがない。だからこそ、強い人だと思った。
 
「僕なんかで良ければお供します。先輩に置いていかれないように頑張らなくちゃですね……」

「ツバメは渡り鳥だから、もし途中ではぐれたとしても、春になればきっとまた会えるわ。私に帰る場所をくれたのは、他の誰でもない春人なんだから……これが……私の初恋で、旅の一歩目……」

「飛鳥、先輩……」

 先輩が笑ってるんだ……それなのに、僕が泣く訳にはいかないのに……なんでだよ……なんで出てくるんだよ……なんで止められないんだ。

 ――僕は、いくら我慢したって溢れて止まない涙を、心から疎ましく思った。

「どうして君が泣くの……? 春人こそズルいよ……」

「ずみません……本当に、嬉しかったんです……誰かに好きだって言って貰えて、僕、ホンドに……」

「私も、春人と出会えて嬉しい……誰かを好きになれて、嬉しい……」

 遂に笑顔を崩した先輩は、綺麗な涙を流しながら、僕の頬に優しく手を当てた。そのひんやりとした感触に、これまでの先輩の緊張が伝わってくる気がした。

「やっぱり先輩の手、冷たくてスベスベしてます……」

「春人は、いっぱい濡れててすごく熱い……」

「……なんか別の意味に聞こえるんですけど、もしかして今のは確信犯ですか……?」

「うん、わざと……」

 先輩が初めて見せたイタズラな泣き笑いに、僕もつられて口元が緩んだ。

「更生、おめでとうございます……」

「全部春人のおかげ……これからも私の知らないこと、たくさん教えてね……?」

「それはこっちのセリフです……でも、はい、よろしくお願いします」


 先輩は僕の頬から手を離すと、安堵したように深く息を吐いた。
 
「はぁ……安心したら腰が抜けちゃった。とりあえずどこかに座らない? ……あ、すわろー? ツバメだけに……?」

「先輩、たぶん今じゃないです……」

 
 僕と飛鳥先輩は、お世辞にも良い出会い方だったとは言えないだろう。でも今こうして彼女と過ごす日々が、かけがえのない僕の日常となり、この町に来て良かったとさえ思わせてくれている。

 それはとっくの昔に先輩が僕にとってのツバメになっていた何よりの証拠なわけで……

 僕とおやゆび姫との関係は、おとぎ話の結末とは違っているけれど、この物語はきっと、ここから始まるんだ。この人となら、どこまでだって飛んでいける――だから僕はせめてもの責任として、この町を、人を、好きになる努力をしよう。だって僕の帰るべき場所は他のどこでもなく、なのだから。

 

 

 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる

歩く魚
恋愛
 かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。  だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。  それは気にしてない。俺は深入りする気はない。  人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。  だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。  ――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件

マサタカ
青春
 俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。 あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。   そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。 「久しぶりですね、兄さん」 義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。  ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。 「矯正します」 「それがなにか関係あります? 今のあなたと」  冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。    今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人? ノベルアッププラスでも公開。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...