学園を放火しようとする闇堕ちした学年一の美少女をヤンデレヒロインに更生させるまで

野谷 海

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第3章 芽吹く恋、燃える恋

第29話 柳に風(白雪姫視点)

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 ――何者かに、尾行されている。

 私がそう感じ始めたのは、あの勉強会の翌日からだった。休み時間の度に向けられる舐めるような視線や、下校中、嗅ぎまわるように数メートル後ろをコソコソと尾けてくる、その小さく愛らしいシルエット。それが2、3日に渡って続いたのにも関わらず、私が何も対策を講じなかったのは、その正体が誰なのかはとうに分かっていたから。

 今までは見てない振り、気付かぬ振りを続けていたけれど、そろそろ煩わしくなってきたから、振り返って問いただす。
 
「いい加減教えて……あなたの狙いは何?」

 通学路にあるブロック塀の陰から、ゆっくりと追跡者が顔を出した。
 
「流石は冬月先輩ですね……完全に気配を消していたあたしが気取られるなんて……」

 掌で眼鏡の側面をクイっと持ち上げながら、なぜか強キャラ感を漂わせた風間さん。もしかして、あんな杜撰な尾行が今までバレていないと思っていたのかしら。自信満々な彼女の鼻を明かすのは可哀想だから、あえて触れないであげることにした。

「それで、私になんの用なのかしら?」
 
「冬月先輩、あたしと勝負してください」

 まったく、何を言い出すかと思ったらこの子は……意味が分からないわ。面倒ごとは御免だから、私は威圧するように返す。
 
「なに? 私と殺し合いでもしようって言うの?」

 少し驚かしてやれば、諦めて帰るでしょう。そう思っていたけれど、一瞬怖気づいたようにも見えた彼女は、仰け反りながらも身構え、臨戦態勢をとる。
 
「そんな脅しには屈しません!」

「はぁ……一体何が目的なの?」

「春人先輩を、解放してあげて下さい!」

 ……もしかして花守君、この子に私達の秘密を話したんじゃないでしょうね。

「なんのことかしら……私にはさっぱり意味が分からないわ……」

「とぼけないでください! 冬月先輩の秘密を、あたしはもう全部知ってます!」

 そう――やっぱり喋ったのね。あの裏切り者……許さない。

「……それを知って、あなたはどう思った? 私を殺したくなったのかしら?」

「こ、殺したいだなんて……思う筈ありません……冬月先輩のこと、先輩として尊敬していますし、この前あたしのことを友達だって言って貰えて、すごく嬉しかったんです……だからこそあたしは……真正面から先輩と向き合いたいって思いました」

「じゃあどうするつもり? 自分が不利になるかもしれない情報を伝えるだなんて随分と優しいのね。私に同情でもしてくれているのかしら?」

 知られてしまったからには仕方ない……風間さん、あなたのこと、結構気に入っていたのだけど……もし私の邪魔をするつもりなら――容赦なく殺すわ。

「……冬月先輩が春人先輩と敵対する悪の組織の一員で、その立場の違いから、決して結ばれることのない禁断の恋をしてしまったお2人には、確かに多少は同情してしまう部分もあります……でも」

 脳内の処理が間に合わなかった私は頭を抱えながら、彼女が口走ったその突飛な暴論を慌てて遮る。
「ちょ、ちょっと待って風間さん……」

「ど、どうしたんですか?」
 
「い、一応念の為に、あなたが知っているという私の秘密を全て聞かせて貰ってもいいかしら?」

 
 家がすぐそこだったから、私の部屋へ場所を移して詳しい話を聞くことにした。風間さんの口から次々と飛び出す奇想天外な空理空論を全て理解できた訳じゃないけど、どうやら彼女がとんでもない勘違いをしていること……そして花守君が私を裏切っていなかったことだけは分かった。

 ――それにしても危なかったわ。あと少しで、なんの罪もない大切な後輩を、勘違いで殺してしまうところだったじゃない。

「あなたの言い分は分かったわ(全体の2割くらいだけど……)。けれど、どうしたらそれが私と勝負することに繋がるの?」

 湯気が立ち昇る紅茶へ、熱心に息を吹きかけていた彼女は、そのまま口をつけることなくティーカップを受け皿へそっと戻した。
 
「そんなの……あたしも春人先輩が好きだからに決まってるじゃないですか……」

 へぇ……花守君、やっぱりあなた、意外とモテるのね。

「そう……私の名誉の為にひとつ訂正するけれど、私は彼のこと、好きなんかじゃないわよ?」

「そ、そんなの嘘です!   それくらいあたしにだって見てれば分かりますよ!」

「その根拠はなに?」

「春人先輩を見る目です!   あれは明らかに獲物を狙っている目でした!」

 た、確かに、獲物だとは思っているけれど……それは断じて恋のターゲットではないのよ風間さん。

「よく見ているのね……」

「まぁそれは……春人先輩も同じですけど……」

 私に羨望の眼差しを向けながらそう小さく溢した彼女は、どこか儚げで、寂しそうだった。本当に、恋をしているのね。私もそうだったから、あなたの気持ちが痛いほど分かるわ。

「でもそんなに好きなら、わざわざ私に宣戦布告なんてしていないで、彼に直接伝えてきたらどう?」

「お2人が両想いだって知ってしまったからには、冬月先輩に断りもなく春人先輩へアプローチするなんて、フェアじゃありませんし……」

「律儀なのね……あなたのそういうところ、好きよ」

「じゃ、じゃあ勝負を受けてくれますか!?」

「それとこれとは話は別……私のことは気にしなくていいから、後悔のないように頑張って」

 ――この日は大人しく肩を落としながら帰ってくれたけれど、翌日からも、彼女は私に付き纏い続けた。

 
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