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第2部 新学期
第24話 体育祭3。
「いくらなんでも無茶だ!」
「でも運動部に入っていない僕にとって、チャンスはこの日しかないのだよ青嶋氏」
彼らが救護室で口論をしていた理由は、解が捻挫した足で障害物競争に出場すると言い出したからだ。
「何も今日にそこまでこだわることないだろ?」
「それを例えば、受験当日に高熱を出した僕に、同じことが言えるかね?」
「そ、それは……でも今回は受験と違って延期出来るだろ?」
「出来ないさ。自分で決めたこのルールを守れないようなら、僕はこの先ずっと……何か理由をつけて大事なことを先延ばしにする癖がついてしまう気がするのだよ……」
「戸狩……」
「青嶋氏は、こんな僕を何度もかっこいいと言ってくれた。そんなこと今まで言われたことなかったから、僕は嬉しくてついはしゃぎ過ぎてしまった。でもここで諦めるような男に、君はもう一度かっこいいと言ってくれるかね?」
「お前、なんでそんな熱い奴なのに友達いねーんだよ……」
「こ、心にくる言葉はやめてくれたまえ……」
将と解は、顔を見合わせて笑った。捻挫した左足首をテーピングでグルグル巻きにして、なるべく動かないよう固定したが、立ち上がった解は歩くのもままならなかった。
「お前そんな調子で本当に大丈夫かよ?」
「僕は絶対1位になって、後藤君に告白をする」
「じゃあそれまで、肩くらいは貸してやるよ」
「かたじけない……」
「時代劇以外で初めて聞いたぞその言葉」
救護室のこの会話を、ベッドで横になって休んでいた男が偶然聞いてしまう。その男とは、白組の応援団長だ。彼は顔は良いが性格は最悪だった。
――午後の部になり、その噂が回るのに時間はかからなかった。応援合戦で赤組応援団のパフォーマンスが始まると、白組の生徒たちは一斉に解を指さして笑った。
「あんなガリ勉インキャが舞姫コンビの後藤さんに告ろうとしてるってマジ?」
「マジマジ。身の程知れって感じだよね」
「しかも張り切り過ぎて怪我したらしいよ」
「えー? ダサ過ぎでしょ」
応援合戦が終わり、その噂がたちまち赤組にまで回ってくると、当事者である姫華の耳にも入ってしまう。
「後藤さんも迷惑だよね? 戸狩なんて!」
「告られる前に釘刺しておけば? 話しかけないでって」
同じ赤組の生徒でさえも、解を蔑むような言葉を姫華に投げかけた。それを聞いた将はひと言文句を言ってやろうと思ったが、解に止められてしまう。
「いいんだ青嶋氏、僕の為に君が皆と険悪になる必要はない……」
解の手が小さく震えているのが、肩を貸す将には伝わっていた。
「こんな状態でも、お前は諦めないのか?」
「これで引いたら、僕は本当の負け犬だがね……。最初から分不相応なのも、僕にとって高嶺の花なのも分かっている。でも、この気持ちを自分の言葉で伝えない限り、僕は彼女に恋をしたと、自信をもって未来の自分に顔向けが出来ない……だから、前に進むんだ。自分の持てる精一杯で……」
「そっか。じゃあ、俺はもう止めない」
「ありがとう、青嶋氏」
午後の部から放送係の仕事でテント内にいなければならなかった将は、障害物競争が始まるまで気が気でなかった。スタート位置に立つ解の姿を見て、将は拳を強く握りしめる。
「戸狩くんが心配?」
「あぁ、俺はずっとアイツが頑張ってるのを見てたから……」
「無事に走り切れるといいね……」
「そうだな……」
運命のピストルが鳴らされると、一斉に選手が走り出す。だが明らかに足を引きずっている解は遅れをとる。最初の障害物である平均台を片足のステップだけで乗り切ると、それによって負担が掛かった怪我をしていない方の脚をつってしまう。しばらくうずくまった解だったが、体を起こして四ん這いのまま前へ進みだした。すでに他の参加者は全員ゴールしている。でも彼は、進むことを辞めなかった。
その様子を見ていた生徒が心無い言葉を投げかける。
「もうさっさとリタイアしろよ」
「お涙頂戴とかマジいらないから」
同調圧力は次第にその声を巨大に膨れ上がらせ、遂には解に向けて『帰れコール』が巻き起こる。
「お前なんかフラれるだけだよ、鏡見ろよ」
「後藤さんに告るとか来世でやれよ」
「かーえーれ、かーえーれ、かーえーれ…………」
解の目からは、眼鏡では防ぎようのない量の涙が溢れていた。だが彼は負けじと障害物の網を潜り抜ける。彼の膝には多数の擦り傷があり、決して少なくない出血も見られる。その自分の血を見て、彼の動きが止まった。
「お? やっと諦めた?」
「なげーよ。時間返せっての!」
解自身も諦めかけたその時、マイクを通した将の叫び声が轟く。
『戸狩止まるな、進めぇえ!!』
「あ、青嶋氏……」
激励を受けた解は涙を拭って歩を進めたが、また周囲からヤジが飛んでくる。
「もういいって、マジ時間の無駄」
「先生、アレ辞めさせて下さいよ」
ざわざわと沸く心無い言葉を遮るように、将は怒声を上げた。
『うるせぇええ!! 関係ない外野は黙ってろ!! 後藤さん、君が決めろ! 戸狩からの告白は迷惑か?』
いきなり名前を呼ばれた姫華は少しドキッとしたが、その問いには答えずに無言で歩き出した。姫華は全校生徒から注目を浴びながら、障害物競争のゴール地点までやってくると、その静まり返った会場で解に向けて囁いた。
「戸狩君、私ここで待ってるから……」
解はその言葉を糧にして、ボロボロになりながらも4本の脚でゴールまで辿り着いた。溢れる涙で彼はほとんど何も見えていなかったが、黒い人影に向かって掠れた声を絞り出す。
「後藤君、君が好きだ……」
「ありがとう。でもごめんなさい。私はまだ、誰ともお付き合いする気はないの」
「そう、か……」
「だけど……嬉しいわ。戸狩君、とてもかっこよかったから。それに、さっきは助けてくれてありがとう」
戸狩解はこの時、心から笑えた。
解はこの後、大事を取って病院へと運ばれた。そして体育祭の結果は、後輩のリベンジに燃える黒子の活躍によって赤組が圧倒的な差をつけて勝利した。最終競技の騎馬戦でも、黒子は逃げ回る白組団長をしつこく追い回しズボンを掴んだ状態で落馬させた為、非常に情けない姿を生徒達に晒させるというオマケ付きだった。
将が病院へ見舞に行くと、治療を終えて待合室で座っている、抜け殻のような解を発見する。手ぶらだと気まずく感じたのか、紙パックのイチゴ牛乳を渡して声をかけた。
「残念だったな」
「まぁ分かってはいたがね……やっぱりこたえる」
「未来の自分に、胸は張れそうか?」
「あぁ。僕の生涯がこれからどれだけ長く続こうとも、きっとこの気持ちを忘れることはない」
「そうか……」
「次は、君の番だがね……」
「どういうことだ?」
「君は僕なんかにこんなにも優しくしてくれるのに、一度も僕を『応援する』とは言わなかった。その理由が、今日の君たちを見ていて分かってしまったんだがね」
「そんなのただの偶然だろ……」
「それならそれでいいんだがね。でも僕は君のような気の良い奴に、後悔をしてほしくないだけだ……」
「なんだよそれ……」
「君は……君なら僕の惚れた女性を任せられるだけの男だと信じて、応援するよ」
「勝手に話進めんなよ……」
そう吐き捨てると、将はボーッと天井を見つめた。
解の言葉で、今まで感じてはいたが目を逸らし続けてきた自分の心の変化を、将は少しずつ自覚し始めることとなる。
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