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第2部 新学期
第30話 修学旅行2日目。(前編)
本日の俺たちの目的地は、初日とは違って、たったの1件しかない。以前、話題にも上がっていた紅葉を見に行くと決めていたのだ。その場所は宿舎から電車とバスを乗り継いで45分ほどの場所に位置するとある寺院。
小浦が屋上で皆に見せたあの情緒あふれる景色を、実際に見てみたいと全員の意見が合致した。3時間のタイムリミットでは滞在時間よりも往復の移動時間の方が多くはなってしまうが、誰も文句なんて言うはずがない。それくらい、あの写真には引き込まれる何かを感じていたんだ。
行きのバスの中で小浦と後藤さんが仲良く話している姿を見た竜は、2人には聞こえない声量で呟いた。
「小浦、元気出たみたいで良かったな」
「そうだな。小浦が一番、この日を楽しみにしてたし……ホント良かった」
俺は昨夜、あまり眠れていなかった。
「ところでお前、その目のクマどうしたんだよ。そういえばさっき、小浦も寝不足だって言ってたし……まさかお前ら、深夜に抜けだして会ってたんじゃ……?」
近くとも遠からずな推察に少しドキッとしたが、そっけなく「ちげーよ」と返した。
「2人ともー? 次のバス停で降りるからねー?」
「「りょうかーい」」
タイミングの良い小浦の呼びかけによって、竜はこれ以上何も聞いてはこなかった。
バスを降りて、電車へと乗り換える。レトロで、おもちゃのミニレールを走っていそうな深緑色の列車に揺られていると、これまた映画でしか見たことのないような駅に着いた。この駅はどうやら終点で、これ以上先に進む線路はない。シンプルで無駄のない吹き抜けの構内は、まるで遊園地のアトラクションに並ぶ最中で見る景色のように感じた。
駅の周辺の木々にはすでに鮮やかな赤や黄色が、差し色として緑の葉に紛れている。もしも今、半世紀ほど前にタイムスリップしたと言われたとしても不思議ではないような風景を360度で楽しみながら、俺たちは目的地まで歩いた。
「みんなで写真撮ろうよ!」
「こんなところで? まだ着いてないぞ?」
「でもこの道の雰囲気、なんか良くない?」
「まぁ確かに……」
通行人に頼んで、俺たちはなんでもない道路の脇で写真を撮った。後になって、小浦のこの判断には感謝することになる。なぜなら結局、修学旅行中に4人揃って撮った写真は、この1枚だけになるからだ。
正門をくぐると、そこはもう別世界。皆は黙りこくって木々を見上げた。何度かつまずきそうになりながら階段を登ると、二階建てのお屋敷が見えてくる。バシャン――と聞こえる水の音は、池の鯉が跳ねたのだろう。『神秘的』という言葉を人生で初めて使うとするならば、ここが相応しいと思った。
「なんと言うか……神秘的ね」
「俺も今、同じこと思ってた」
「やめて。青嶋君と同じ思考だなんて、さっきまでの感動を返してちょうだい」
「後藤さん、言い過ぎな?」
「まあまあ2人とも! 早く中に入ろうよー!」
屋敷に入りパンフレットを受け取ると、順路通りに進んで行く。入り口からすぐの階段を登れば、そこには小浦が写真で見せてくれた以上の景色が広がっていた。壁のない柱のみの大きな窓全体から顔を覗かせている紅葉は、それだけでも幻想的かつ息をのむような美しさだというのに、ピカピカに輝く室内の漆塗りの机や床がその情景を反射して映し出していたのだ。写真で見るよりもずっと、絶景だった。
小浦は、言葉を失っていた俺の腕を人差し指でつつきながら、得意げな表情で尋ねる。
「これでも秋はパッとしない?」
「小浦……ありがとう」
「なんのお礼?」
「俺にこれを見せてくれて。小浦が提案しなかったら、俺はきっと一生、この景色には出会えてなかった」
「大袈裟だよ……」
「ここに来られて良かった」
順路を周り終えると、後藤さんと竜は写経体験を希望していたから、俺と小浦は一階の縁側でお抹茶をいただきながら綺麗なお庭を眺めていた。
「うーん。苦い……」
「青嶋くんはお子ちゃまだねぇ」
「小浦だって全然飲んでねーじゃん」
「あたしは猫舌だから。熱かっただけだよ」
「フーフーしてやろうか?」
「じゃあお願いしようかなー?」
「嫌がれよ。冗談に決まってるだろ……」
「青嶋くん、今照れた?」
「照れてねーよ」
「でも紅葉よりも顔赤いよー?」
俺は小浦には、やっぱり勝てない。でも、これでいいんだ。俺たちは、これがいいんだ。
ついついゆっくりし過ぎてしまい、再集合にギリギリだった俺たちは小走りで駅へと向かう。券売機で切符を買っていると、後藤さんが鞄を地面に置いて中を確認している。
「どうかしたか?」
「ごめんなさい、寺院にお財布忘れてきちゃったみたいだから、みんなは先に行って?」
「じゃあ、みんなで戻ろうよ!」
「私の不注意だから心配しないで。一人で大丈夫だから……」
「もし財布が見つからなかったら、どうやって戻ってくるつもりだよ」
「そ、それは……」
「俺も一緒に残るから、小浦と竜は先に帰って先生に事情話しておいてくれるか?」
「分かった……青嶋くん、姫をよろしくね?」
「おう。早くしないと電車きちまうぞ?」
小浦と竜が心配そうな表情で改札を抜けていくと、後藤さんは申し訳なさそうに俯いた。
「ごめんなさい、青嶋君……」
「後藤さん、とにかく急いで戻ろう。ネットに電話番号載ってたから、落し物が届いてないか聞いてみるよ」
「……あ、ありがとう」
今度は景色を楽しむ余裕などなく、俺たちは本日三度目の道を戻る。
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