サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海

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第3部 巴

第36話 恋する資格。



 俺は、あてもなく走っていた。

 広い駅の構内を、たぶん3周くらい。ベンチやコンビニ、お土産屋さんや飲食店。いる訳はないと思っていても喫煙所の中まで、隅々まで見て回った。それでも小浦を見つけることは出来なかった。連絡を入れても、一向に返事はなく、既読にすらならない。困り果てた俺は、後藤さんに電話をかけるが、これもまた繋がらなかった。

「どこ行っちまったんだよ……」

 先ほど購入したココアは、もうひんやりとしている。仕方なく西口のベンチへ戻り、もう少しだけ待ってみることにした。

 すると、電話が鳴る。小浦かと思ったが、画面には「後藤さん」と表示されていた。

「もしもし……」

「出られなくてごめんなさい、お風呂に入っていたの。なにか用だったかしら?」

「後藤さん、そっちに小浦行ってないか?」

「来ていないけれど、どうかしたの?」

「実は、話している間に急に居なくなっちまって、それまで泣いてたから心配なんだけど、全然連絡も繋がらなくて……」

「ちょっと待って、泣いてたって、なんの話をしていたの?」

 声だけで、彼女の焦りが伝わった。

「小浦の好きな人の話なんだけど……」

「今、どこにいるの?」

「駅の西口だよ」

「心配だから、私もそこへ行くわ」

「分かった……」

「もし見つかったらすぐに教えて」

 
 姫華はそのままの恰好で向かおうかとも思ったが、行き先が駅だということを思い出して、着ていたパジャマを脱いで私服へと着替えた。慌てた様子で部屋から飛び出すと、バスタオル姿の風香とすれ違う。

「あれ、姫華、どっか行くの?」

「ええ。ちょっと……」

「車出してあげよっか? あ、ビール飲んじゃったんだ」

「近くだから、平気……」

「もう暗いし、気をつけるんだよ?」

 姫華は玄関で靴を履きながら、「なるべく早く帰るから……」と、振り返らずに返した。髪も半乾き、黒のスキニーパンツに半袖Tシャツ一枚という、この時期にしては寒そうな服装で家を出ていこうとする妹の名前を呼んで引き留めると、風香は真っ白なフード付きのパーカーを投げ渡した。

「あ、ありがとう……」

「いってらっしゃい」

 エレベーターを降りてパーカーをサッと羽織り腕を通すと、なんだか懐かしい匂いがした。ファスナーを一番上まで一気に上げると、彼女は無心で走り出す。


「はぁ、はぁ……青嶋君、舞は……?」

 息を切らしながら、後藤さんが俺の前までやってきた。彼女は風呂上がりと言っていたし、被っていたフードからはみ出している髪の毛は、まだ湿っているように見えた。

「まだ……」
 
「私も連絡してみたけれど、返事がないわ……」

「走ってきたのか? 良かったらこれ、もう冷たくなってるけど……」

 俺は小浦の為に買ってきた、行く宛てを失ったココアを後藤さんに渡した。
 
「ありがとう……いただくわ」

 さっきまでは小浦がいた場所に、今は後藤さんが座っている。彼女はココアを飲みながら、何度か深呼吸をして息を整えていた。
 
「事件とか事故に巻き込まれてないといいんだけど……」

「たぶんそうじゃないわ。青嶋君、舞とどんな話をしたのか教えてくれる?」

「えっと……小浦の好きな人が分かったから、俺も自分の好きな人のこと話したんだ……」

「それはつまり、舞に告白したってこと?」

「ち、違うよ、俺の好きな人は別にいるんだ……」

「は? ……じゃああなたは、舞に直接、その相手のことを話したの? 何のために……?」

「この前、好きな人が出来たら教えてくれって、小浦に言われたんだ。だから……」

「でも、あなたは舞の好きな人が分かったのよね? それなのに、なぜそんな酷いことが言えるの?」

「酷いことって、小浦が好きなのは竜だろ……? 確かに彼女のいる竜を好きになったのは、小浦にとっては辛いことだと思うけど、それでも俺は応援するって言ったんだ!」

 その時――パンッと、乾いた音が響いた。
 
 先ほどと視界が少しズレている。涙を流した後藤さんが俺の頬を叩いた音だったと理解するまでに、少し時差を感じた。痛みよりも驚きの方が大きかった。なぜ叩かれたのだろう。そしてなぜ彼女は、俺を睨みつけるように泣いているのだろう。彼女は小さく「ごめんなさい」と呟くと、前かがみになって顔をうずめた。この謝罪は俺へのものだと思っていたが、後になって考えると、そうではなかった。そのままの体勢で、後藤さんは続ける。

「舞はずっと、あなたの事が好きだったの……」

「え……」

「その相手から、そんなこと告げられるなんて、今頃舞は……」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! そんな訳あるか、俺は何度も小浦に振られたんだぞ!」

「その思い込みが、あなたの視野を狭くしていたんじゃない……よく考えてみて。思い返してみて、舞があなたをどれほど想っていたか、それでも分からないなら、あなたに恋をする資格なんてない……」


 
 
 ――小浦の表情や言動が、走馬灯のように俺の頭の中を駆け巡った。


 

 俺は人生で一番好きだと明言していた小浦舞に、一体どれほどの酷いことをしたのか、やっと気づいた。俺は無意識の内に、後藤さんと同じ体勢で泣いていた。

 謝りたい、そう思って顔を上げようとすると、制服のズボンの右ポケットが震えた。メールの差出人は、愛里那だった。「舞はウチと一緒だから大丈夫。まだ探してるなら今日は家に帰って」とだけ記されていた。

「小浦、愛里那と一緒らしい……」

「そう……無事でよかったわ」

 後藤さんは、まだ俯いていた。

「俺、小浦に謝るよ……」

 俺の言葉に反応して彼女は顔を上げた。目元が赤く腫れて、眉尻は下がっていた。

「あなた馬鹿なの……そんなことされたら、舞が余計に傷つくだけよ……」

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ……」

「今日の私の話は、聞かなかったことにして……それが約束出来ないなら、あなたとは縁を切ってバイトも辞めるわ」

 後藤さんの目は冗談を言っているようには見えない。紛れもなく、本心なのだろう。

「わ、分かった。…………俺は小浦に、何が出来るだろう……」

「今あなたが舞に出来ることは、このまま何も知らないフリをして、今まで通りに過ごすことだけよ」
 
 俺は小浦に対して恩返しどころか、お釣りも出ないほど、恩をあだで返していた。後藤さんには隠していたが、俺の好きな人が彼女だと知った小浦のことを考えると、胸が痛くて吐き気がした。
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