サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海

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第3部 巴

第37話 消去法。



「もう、こんな時間ね……」

「ホントだな……」

 俺と後藤さんは、ずっと無言でベンチに座り続けていた。彼女がこう切り出さなかったら、俺はきっと終電を逃していたかもしれない。

「じゃあ今日、私たちはここで会ってはいないし、お互いに何も聞いてもいない。それでいいわね?」

「あぁ。ごめん、俺のせいで……」

「何について謝っているのか、分からないわ……」

「じゃあ、また来週、学校で……」

「ええ、さようなら青嶋君」

 彼女は背中を向けて歩き出したが、すぐに歩みを止める。
 
「でも……叩いてしまったのは、ごめんなさい」

「俺忘れっぽいから、覚えてないや」

「そう……」

 俺は、彼女の後ろ姿が見えなくなるまで、見つめていた。
 重たい旅行鞄を持ち上げると、駅に入り改札をくぐる。乗りなれた電車も、車窓から見える真っ暗な風景も、随分と久しぶりに見たように感じる。長いようで短く、濃い数日間が終わった。なんだかまた目頭が熱くなって、電車の中でもう一度泣いてしまった。平日の終電は乗客も少なく、あっという間の10分間だった。

 
 帰宅して手と顔を洗おうと洗面所に向かうと、美波が歯を磨いていた。

「おいぃ、おあえり」

「ただいま」

「おりあげは?」

「……ああ、お土産か。玄関に置いてあるぞ」

 急いで口をゆすぐと、美波は玄関へと走っていった。すぐに折り返してくる足音の後に、母との会話が聞こえてくる。

「お母さん、おにぃのお土産食べていい?」

「歯磨いたんじゃないの?」

「また磨くから」

「ならいいよ」

 リビングに入ると、美波は八つ橋を美味そうに食っていた。テレビで録画した韓国ドラマを見ていた母が、部屋に向かおうとしていた俺を呼び止める。

「将、ご飯は?」

「今日はいいや。疲れてるからもう寝るわ」

 
 部屋に入ると、ヒバリのフィギュアと目が合った。畜生……なかったことになんて、出来るかよ……。もう何も考えたくなくて、すぐにベッドで横になる。早く眠ってしまいたい、そう思えば思うほど、あの時の小浦の泣き顔が頭をよぎった。

 ――小浦が俺を好きだった。この事実が、もしも3か月程前に分かっていたのなら、俺は飛び跳ねて喜びに浸っていただろう。
 でも俺の心は今、後藤さんが好きだと叫んでいる。見た目は小浦の方がタイプなのは間違いない。それなのに、この事実を知った今でも、後藤さんの笑顔をずっと見ていたい、守ってあげたいと、どうしようもなく思ってしまう。
 俺がもっと一途に小浦を想い続けていれば、誰も傷つけずに済んだのか。それとも後藤さんの言う通り、俺には初めから恋をする資格なんてなかったのだろうか。
 考えれば考えるほど、どうすれば良いのか分からなくなった。早く眠ろうと、真っ暗な部屋の中で、羊でも数えることにした。
 
 
 俺の脳内で310匹目の羊が柵を飛び越えたと同時に、布団がひとりでにモゾモゾと動き始め、背中に人肌の温もりを感じた。
「どうした美波、部屋間違えてるぞ」

 壁に向かって寝そべっていた俺は、反対方向へと寝返りを打った。枕元のリモコンで部屋の電気を点けると、掛け布団からひょこっと美波が顔を出す。

「今日はこっちで寝る」

「嫌だよ。お前寝相悪いし……」

「でもおにぃ、なんか元気ない」

「修学旅行中にあんまり寝られなかっただけだよ」

「泣いてたの?」

「なんでそう思うんだ?」

「目、赤い」
 
「この距離だとそんなことまで分かっちまうのか」

「どうしたら元気出る?」

「そうだな。チューしてくれたら元気出るかも」

 そう言った瞬間、美波は俺にキスをした。ほっぺにとかではなく、口と口で。俺がいつも冗談で美波に絡むときでも、流石に口にはしたことがない。いくら兄妹でも、そのくらいはわきまえているつもりだ。ほぼ0距離から見える美波は、目をグッと瞑っていた。

「元気出た?」

「なにしてんだお前……」

「チューしろっておにぃが言った」

「なんで口にするんだよ」

「初めてだから、喜ぶかなって。まだ元気出ない?」

「そういうのは好きな奴の為にとっておけよ……」

「今はまだ好きな人いないから、消去法でおにぃが1番好きな人になる。だからいい」

「そっか、今は俺が美波の1番か。嬉しいなぁ……」

 俺は腕で目を隠した。悔しいが、妹に泣かされてしまった。知らない間に、俺は誰かの1番になっていた。俺が気付いてないだけだったんだ。本当に情けない。夢が叶っていたのに、なんで悲しい涙を流さなくちゃいけないんだ。
 
「もし好きな人が出来たら、もうしてあげないから、ちゃんと味わって」

 ――そう言って美波は、もう一度俺にキスをした。

 もう元気になったと伝えると、満足そうな表情を浮かべた美波は俺にしがみついて眠ろうとしていた。
 
「なぁ美波……」

「なに?」

「結婚するか」
 
「ばか」

 その時ふと、思った。
「あ、分かった。お前、俺が修学旅行に行ってた間、寂しかったんだろ」

「ちがう……」

 美波のしがみつく力が強くなった。

「図星だな?」

「ちがう」

「そっかそっか……ありがとな」

「おにぃ、ちょっとクサイ」

「……じゃあ自分の部屋で寝ろよ」

「イヤ」

「なら文句言うな」

「……おやすみ」

「お休み……」

 俺が頭を撫でていると、間もなくして美波は寝息を立て始めた。

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