上 下
15 / 63

第15話 来客は突然に

しおりを挟む
「やっほ、唯斗ゆいと君!」
「……どちら様ですか」
「やだなー、夕奈ゆうな様ですよー♪」

 そのハイテンションさに、唯斗は思わずため息をこぼした。今日くらいは真の平穏を満喫できると思っていたのに……。

「どうして僕の家を知ってるの。ストーカー?」
「違うわい!職員室で連絡網盗んで知ったんですぅ」
「やっぱりストーカーじゃん」

 唯斗が引いた目で見ると、彼女は「冗談冗談♪」とヘラヘラ笑って、遠慮もなしに靴を脱ぎ始めた。

「なんで脱いでるの」
「あれ、唯斗君家ってアメリカンスタイル?」
「そういう意味じゃないよ」
「あっ、さては夕奈ちゃんが脱ぐのが靴だけだから残念がってるのかなー?」
「いや、靴を脱ぐこと自体を残念がってるよ」
「し、辛辣しんらつだなぁ……」

 シュンと肩を落とした夕奈は、「せっかく忘れ物を届けに来てあげたのに……」と俯きながら何かを差し出す。

「あれ、僕の筆箱?」
「机の中に忘れてたから、先生に住所教えて貰って届けに来たんだ」
「わざわざ?月曜日で良かったのに」
「土曜日に来るから意味があるんだよ!」

 夕奈はよく分からないことを言っているが、とにかく手間をかけさせてしまったことに間違いはない。
 唯斗は礼くらいはしないといけないなと思い直すと、彼女に向かって手招きをする。

「上がってお茶でも飲んでってよ」
「ほぇ?! そんな、ご迷惑じゃ……」
「いらないならいいや」
「いります!めっちゃいります!100杯でも飲ませてもらいます!」
「そんなに飲むなら料金取るよ」
「……1杯でいいです」

 まあ、それならいいだろうと靴を脱いで家に上がる夕奈を眺める唯斗。
 見たところ外行き用におめかししているみたいだけど、この後用事でもあるんだろうか。それならあまり長居することもないよね。

「ここがリビングだから、ソファーにでも座ってて」

 そう言って案内してあげると、夕奈は「りょ!」と敬礼のようなポーズをしてリビングへと入っていく。が、唯斗がキッチンへとたどり着く前に、そちらから叫び声が聞こえてきた。

「どうしたの?」

 唯斗が飛び出してきた夕奈に聞いてみると、彼女は「な、なんかいたよ!」と身体を震わせる。「首にふーってされた!嘘じゃないよ!」とも言っていたけど、考えられる犯人は一人しかいない。

天音あまね、イタズラしちゃだめだよ」
「イタズラじゃないよ!不審者がいるから!」

 唯斗の言葉に反応して、ソファーの裏側から飛び出してきた天音は、夕奈を指差してじっと見つめる。

「不審者……確かに」
「認めんなし」

 背中をペチンと叩かれてしまった。容赦しないから普通に痛い。赤くなってないといいけど。
 唯斗が背中をさすっていると、天音が「ああ!」と声を上げて夕奈へと飛びかかった。

「お兄ちゃんを叩いた!やっぱり悪い人だ!」
「ちょ、唯斗君何とかして!このままじゃ殺られる!」

 人の家の廊下で小学生に襲われる女子高生、なかなか珍しい図である。
 でも、今日に限っては唯斗にとって、夕奈はもてなすべき客人。見て見ぬふりをする訳にも行かない。

「天音、顔はやめてあげてね」
「見捨てないでぇぇぇぇぇぇ!」

 その後、夕奈は自力で天音の誤解を解き、命だけは助けられた。襲われる過程で乙女の尊厳は色々と失っていたけど。

「あの人、くまさんパンツ履いてたから悪い人じゃないね」
「夕奈は僕のクラスメイトだからね」
「それをさっさと言って欲しかった……」

 乱れた髪をクシで直しながら、ソファーに腰かけた夕奈が不満そうに言う。唯斗からすれば、小学生に負ける高校生というのも、如何なものかと思うところである。

「ところで、天音ちゃんはどうして体操服なの?」
「体力テストに向けて特訓してたんだよ」
「へぇー!私、運動神経はいいんだよ?」

 夕奈がそう言うと、天音は「怪しい……」と眉をひそめる。その姿を見て火がついたのか、「じゃあ、見せてあげる!」と意気込んだ彼女は、広めの空間へと移動すると深呼吸を始めた。そして。

「じゃあ、やるよ!」

 そう宣言をしたかと思うと、床に両手をついて足を天井へ向けて高く伸ばす。いわゆる逆立ちだ。
 スカートがめくれてもろに見えてしまっているけど、本人が気づいていないみたいだから何も言う必要はないだろう。
 夕奈はその状態のままブレることなく部屋の中を一周してみせると、最後に両腕でぴょんと跳ねて綺麗に立ち上がった。

「おお、勉強に向かなかった神経はこっちにあったんだね」
「うっさいわ」

 これには思わず唯斗も軽く拍手をしてしまうほど。運動が苦手な彼にとって、こういうことができる人は素直にすごいと思えるのだ。
 そして、疑いにかかっていた天音はと言うと……。

「……」
「ん?どうしたの?」

 夕奈の側まで歩み寄った天音は、打って変わって瞳をキラキラとさせて彼女を見上げた。

「パンツを見せることも厭わず、逆立ちに熱中する様……惚れました!師匠と呼ばせてください!」
「師匠、いい響き……って、え?パンツ?」

 顔を真っ赤にしながら困惑する夕奈と、格上であると認めた相手に懐く妹。
 その構図を『これで特訓が楽になるなぁ』と思いながら眺めていた唯斗は、ソファーへと横になってそっと目を閉じた。
 そう言えば、夕奈にも羞恥心ってあったんだね。存在してないものだと思ってたよ。
しおりを挟む

処理中です...