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第36話 諦めは時と場合により有効
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今日はついに期末テストの一週間前。
学期成績が悪かった人は、夏休みを削って行われる補習に参加させられるため、普通の思考能力を持った人は大抵この辺りから真面目に勉強を始める。
しかし、ちょうど唯斗の隣にいるのが、『普通』に当てはまらないタイプなのだ。
「ねえ、唯斗君」
「……」
「夕奈ちゃんの変化に気付かない?」
「似合ってる似合ってる」
「あの、せめてこっちを見てから言ってくれません?」
そう言われて仕方なく問題集から顔を上げた唯斗は、面倒くさそうに夕奈の方を見た。念の為にと足から頭まで一通り見てみるが、特に変わったところはない。
「全く分からない」
「え、本気? 目、大丈夫?」
唯斗からすれば、頭大丈夫かと言いたいくらいである。こんなやり取りをしている暇があるなら、1問でも勉強を進めたいところだと言うのに。
「正解はね、シャンプー変えたんだー♪」
「目、関係ないじゃん」
「まあまあ、鼻は第三の目って言うやん?」
「変な宗教入ったの?」
勧誘されては困ると、唯斗は視線をすぐさま問題集へと戻す。それでも夕奈は「ねえねえ」と声をかけてくると、カバンの中から何かを取り出した。
どうやらメガネのようだが、1番後ろの席に座っておいて目が悪かったのだろうか。
「見えないなら席を代わってもらいなよ。なんなら僕が言ってきてあげ───────」
「やめて?! これ、度入ってないから!」
「じゃあ、何のために持ってるの」
「そりゃもう、賢く見せるためよ」
夕奈はそう言うと、ロボットのような効果音を口にしながらメガネを装着して見せる。
「夕奈ちゃん、これでまじ天才になっちゃうかんね」
「バカみたい」
「な、なんやて?! これのおかげで問題集もスラスラ解けるようになったのに。全部間違ってたけど」
こんなものを付けるだけで賢くなってくれるのなら、どれほど喜ばしいことだろうか。知的な会話であれば、まだ聞くに耐えるのだが……。
しかし、世の中そんなに甘くないことは百も承知。もしも本当に賢くなっていたら、それはもはや青い悪魔が出したひみつ道具である。
「でも、賢く見えるよね?」
「まあ、いつもよりかはね」
「ふふん♪ これで勉強も捗るってもんよ!」
「せいぜい頑張って」
前回のテストで1桁を取っている夕奈は、今回満点を取っても平均55点くらいにしかならない。どう足掻いても、二教科くらいは赤点を取るだろう。
毎年補習を真面目にやらない人が多いからと、今年から校長の所有する山に篭らせられるという噂を聞いたし、もしかすると夏休みは平穏に暮らせるかもしれない。
唯斗はそう思うだけでウキウキ気分だった。珍しく頬が緩んでしまいそうな程に。
「ところで唯斗君。この問題、解き方教えてくれない?」
「……まあ、いいよ」
一瞬断ろうかとも思ったが、今回は勝負をしているわけでもないし、人に教えることも自分のためになったりする。
唯斗はそう思い直して、夕奈の差し出した問題集を覗き込んだ。が、すぐに眉を八の字にして首を傾げる。
「ここ、前回の範囲だけど」
「……え?」
素っ頓狂な声を出した彼女は、ペラペラとページをめくってから、「そんなはずは……」と声を震わせる。
「だって、前に解いたところの続きからやったのに……」
「夕奈は大事なことを忘れてる」
「だ、大事なこと?」
唯斗が意味もなく溜めると、夕奈は緊張した面持ちでゴクリと唾を飲み込んだ。なかなか緊迫感のある(気がする)シーンである。
「そもそも前回、勉強してないでしょ?」
「……あ、そうだった」
ガックシと肩を落とす彼女。今回の数学は問題集の範囲がかなり広い。夕奈の頭ではどう頑張っても間に合わないだろう。
「諦めなよ」
「……いいや、私は絶対に諦めない! 何故なら、あの数学教師はめちゃくちゃ怖いから!」
「そう?いい点取ったら褒めてくれるよ?」
「強いやつしか愛せねぇってか。ふっ、いいだろう」
夕奈は何やらカッコつけ始めると、自分の頬をペチンと叩いて気合い注入。どうやら本気で取り組むつもりらしい。
「夕奈ちゃんは何としてもこのピンチを切り抜ける……最強の切り札を使って!」
「切り札?」
職員室から解答でも盗んできたのだろうかと思ったが、どうやら違うらしい。夕奈はパンパンと手を叩くと、「カノちゃん!」と花音を呼び寄せる。
そして、「なんですか?」と首を傾げながら歩いてきた彼女の足元に跪き、噛み締めるような声で言った。
「カノちゃん、君に頼みたい任務がある!」
「な、なんだか重要そうです。私に任せてください!」
「いい心掛けだ! では、すぐに数学の問題集用ノートを貸してくれ!」
「……えっと、それが任務ですか?」
夕奈が勇ましい顔で力強く頷くと、花音は少し躊躇いながらも首を横に振る。
「ダメですよ、課題は自分でやらないとです」
「……へ?」
「夕奈ちゃんのためを思ってるからこそなんです。恨まないでください!」
彼女は「数学教師に殺されるんだぁぁぁぁ!」と泣きつく夕奈を可哀想な目でチラ見しながらも、心を鬼にして瑞希たちのところへと戻っていく。
最強の切り札に愛のムチを打たれた『自称天才』は、しばらくその場で項垂れていたものの、やがて立ち上がって席へ戻ると、メガネを外して小さくため息をついた。
「ま、諦めも肝心だよね」
その言葉を聞いた唯斗が、どうせ今回もダメなんだろうなと悟ったことは言うまでもない。
学期成績が悪かった人は、夏休みを削って行われる補習に参加させられるため、普通の思考能力を持った人は大抵この辺りから真面目に勉強を始める。
しかし、ちょうど唯斗の隣にいるのが、『普通』に当てはまらないタイプなのだ。
「ねえ、唯斗君」
「……」
「夕奈ちゃんの変化に気付かない?」
「似合ってる似合ってる」
「あの、せめてこっちを見てから言ってくれません?」
そう言われて仕方なく問題集から顔を上げた唯斗は、面倒くさそうに夕奈の方を見た。念の為にと足から頭まで一通り見てみるが、特に変わったところはない。
「全く分からない」
「え、本気? 目、大丈夫?」
唯斗からすれば、頭大丈夫かと言いたいくらいである。こんなやり取りをしている暇があるなら、1問でも勉強を進めたいところだと言うのに。
「正解はね、シャンプー変えたんだー♪」
「目、関係ないじゃん」
「まあまあ、鼻は第三の目って言うやん?」
「変な宗教入ったの?」
勧誘されては困ると、唯斗は視線をすぐさま問題集へと戻す。それでも夕奈は「ねえねえ」と声をかけてくると、カバンの中から何かを取り出した。
どうやらメガネのようだが、1番後ろの席に座っておいて目が悪かったのだろうか。
「見えないなら席を代わってもらいなよ。なんなら僕が言ってきてあげ───────」
「やめて?! これ、度入ってないから!」
「じゃあ、何のために持ってるの」
「そりゃもう、賢く見せるためよ」
夕奈はそう言うと、ロボットのような効果音を口にしながらメガネを装着して見せる。
「夕奈ちゃん、これでまじ天才になっちゃうかんね」
「バカみたい」
「な、なんやて?! これのおかげで問題集もスラスラ解けるようになったのに。全部間違ってたけど」
こんなものを付けるだけで賢くなってくれるのなら、どれほど喜ばしいことだろうか。知的な会話であれば、まだ聞くに耐えるのだが……。
しかし、世の中そんなに甘くないことは百も承知。もしも本当に賢くなっていたら、それはもはや青い悪魔が出したひみつ道具である。
「でも、賢く見えるよね?」
「まあ、いつもよりかはね」
「ふふん♪ これで勉強も捗るってもんよ!」
「せいぜい頑張って」
前回のテストで1桁を取っている夕奈は、今回満点を取っても平均55点くらいにしかならない。どう足掻いても、二教科くらいは赤点を取るだろう。
毎年補習を真面目にやらない人が多いからと、今年から校長の所有する山に篭らせられるという噂を聞いたし、もしかすると夏休みは平穏に暮らせるかもしれない。
唯斗はそう思うだけでウキウキ気分だった。珍しく頬が緩んでしまいそうな程に。
「ところで唯斗君。この問題、解き方教えてくれない?」
「……まあ、いいよ」
一瞬断ろうかとも思ったが、今回は勝負をしているわけでもないし、人に教えることも自分のためになったりする。
唯斗はそう思い直して、夕奈の差し出した問題集を覗き込んだ。が、すぐに眉を八の字にして首を傾げる。
「ここ、前回の範囲だけど」
「……え?」
素っ頓狂な声を出した彼女は、ペラペラとページをめくってから、「そんなはずは……」と声を震わせる。
「だって、前に解いたところの続きからやったのに……」
「夕奈は大事なことを忘れてる」
「だ、大事なこと?」
唯斗が意味もなく溜めると、夕奈は緊張した面持ちでゴクリと唾を飲み込んだ。なかなか緊迫感のある(気がする)シーンである。
「そもそも前回、勉強してないでしょ?」
「……あ、そうだった」
ガックシと肩を落とす彼女。今回の数学は問題集の範囲がかなり広い。夕奈の頭ではどう頑張っても間に合わないだろう。
「諦めなよ」
「……いいや、私は絶対に諦めない! 何故なら、あの数学教師はめちゃくちゃ怖いから!」
「そう?いい点取ったら褒めてくれるよ?」
「強いやつしか愛せねぇってか。ふっ、いいだろう」
夕奈は何やらカッコつけ始めると、自分の頬をペチンと叩いて気合い注入。どうやら本気で取り組むつもりらしい。
「夕奈ちゃんは何としてもこのピンチを切り抜ける……最強の切り札を使って!」
「切り札?」
職員室から解答でも盗んできたのだろうかと思ったが、どうやら違うらしい。夕奈はパンパンと手を叩くと、「カノちゃん!」と花音を呼び寄せる。
そして、「なんですか?」と首を傾げながら歩いてきた彼女の足元に跪き、噛み締めるような声で言った。
「カノちゃん、君に頼みたい任務がある!」
「な、なんだか重要そうです。私に任せてください!」
「いい心掛けだ! では、すぐに数学の問題集用ノートを貸してくれ!」
「……えっと、それが任務ですか?」
夕奈が勇ましい顔で力強く頷くと、花音は少し躊躇いながらも首を横に振る。
「ダメですよ、課題は自分でやらないとです」
「……へ?」
「夕奈ちゃんのためを思ってるからこそなんです。恨まないでください!」
彼女は「数学教師に殺されるんだぁぁぁぁ!」と泣きつく夕奈を可哀想な目でチラ見しながらも、心を鬼にして瑞希たちのところへと戻っていく。
最強の切り札に愛のムチを打たれた『自称天才』は、しばらくその場で項垂れていたものの、やがて立ち上がって席へ戻ると、メガネを外して小さくため息をついた。
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