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第3章 ブルドー公爵領編

第51話 首領マセラティ

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---シリウスたちが沖の海賊船を沈めたその日---

 海賊たちは港町から沖合数キロの地点にある名もない小さな島を拠点にしていた。島には無骨ながら機能性の高さを感じさせる港が1つあり、何隻もの海賊船が停泊していた。

「ガハハハハ!てめえら飲め!歌え!」

 港からほど近い陸の上では、今日も男たちが他国の船から略奪した戦利品の酒を煽ってお祭り騒ぎとなっていた。海賊団の首領マセラティもこの日はいつにもまして上機嫌であった。

「カシラ!これ見をてくれ!あいつら金塊積んでやしたぜ!」

「おぉ!そいつは良いな!無くさねえようにちゃんとしまっとけ!」

「こっちも見てくだせえ!酒も食い物も山ほどありやす!」

「ガハハ!そりゃちょうど良かった!酒はこっちにどんどん持って来い!」

 略奪した物品の山を漁り、海賊たちは大いに盛り上がっていた。そして、略奪されたのは何も物品だけとは限らない。

「頭ぁ!こいつらどうします?」

 見るからにガラの悪そうな海賊が、ロープで縛られた数人の男たちをマセラティの前に連れてきた。

「なぁんだ、女はいなかったのかよ」

 がっくりと肩を落としてみせるマセラティ。しかし次の瞬間には冷酷な目つきで部下に処分を命じた。

「……置いといてもしょうがねえ、殺せ」

「へい!オラ、お前ら、こっちに来い」

 ガラの悪そうな下っ端の海賊は、マセラティの命令に下卑た笑みで応えると捕虜の男たちを縛るロープを思い切り引き寄せた。

「男の悲鳴なんて聞いても耳障りなだけだ、遊ぶんなら遠くでやれよ」

「分かってますよ、へっへ……」

 この男、マセラティの腹心でゲリックという。この男の残虐性は海賊団でも群を抜く。こうして船乗りを捕まえてくる度に、ありとあらゆる拷問を繰り返し、そのうちに殺してしまうような行き過ぎたサディストであった。

「ま、待て!待ってくれ!いやだ、死にたくない、助けてくれ!」

 拉致された船乗りの1人が必死で命乞いをする。

「へっへ……途中で俺が飽きたら逃してやるかも知れねえぞ?まぁそれまで頑張れや」

「嫌だ、嫌だァァァァ!!!」

 しかし、ゲリックは気にも止めずに男を引きずって島の奥の森へと入っていった。
 
「ちっ……俺の前であんな汚え声出して泣きやがって」

「まぁまぁ頭!今日は大漁を祝ってパーっとやりましょうよ!」

「ガハハハ、それもそうだな!よし、もっと酒を持って来い!」
 
 マセラティは手に持つジョッキになみなみと注がれた酒をひと息にあおると、部下たちに追加を命じた。
 
 ちょうどその時、入れ違いで海に出ていた部下たちがぞろぞろとこちらに向かってやってくるのが目に入った。しかし、船員たちはなぜか皆ずぶ濡れで、表情も暗い。

「おう、おめえらなんでそんなにずぶ濡れなんだ?まさか服着たままひと泳ぎしてきたってわけでもねえだろ?」

「か、かしらぁ………すいません、船が沈没しました」

「あぁ?!何だと?」

 マセラティはジョッキを地面に叩きつけて立ち上がると部下の一人の胸ぐらをつかみ上げた。

「何があった?」

 部下は、唇をわなわなと震わせ、事の顛末をマセラティに話した。

 曰く…いつものようにハズールの沖に姿だけ見せて適当に脅かして帰ろうと思っていたところに突然「何か」が飛んできたらしい。その「何か」はあろうことか船の側面を貫通し、反対の側面も食い破るように突き抜けてそのまま海中に消えていったそうだ。それが立て続けに何発も飛んできて、船底は穴だらけになりあっという間に浸水して間もなく2隻の船は撃沈された。

「なんだそりゃ!?お前らそんな近くまで船を寄せたのか?それとも奴らの新兵器か何かだってのか?」

「いえ、船はいつもどおり相当遠くにとめてました。俺も最初は奴らの兵器かと思いましたが……乗船していた仲間が双眼鏡で確認したところによると……」

 海賊はそこから先を話すのを明らかにためらっていた。

「兵器じゃなかったらなんだってんだ?あぁ?」

「陸から2人のガキがこっちに向かって石を投げている……と」

 マセラティの額には一瞬で無数の青筋が浮かんだ。

「お前……舐めてんのか?石投げられたくれぇで船が沈むわけねえだろうが!」

 マセラティの怒りのままに殴り飛ばされた海賊は10数メートル吹き飛ばされてその場で気絶してしまった。

「ったく……船を2隻も沈められておめえらよくノコノコ帰ってこれたもんだなぁ」

 先ほどの男の後ろに続いていた海賊たちがビクリと肩を震わせた。

「まぁいい、今日の俺は機嫌がいいんだ。お前ら、そのまま引き返してちとシャルマのジジイのとこに行ってこい」

「シャ、シャルマ帝国にですか?」

「おう、ちょうど今金塊が手に入ったから、あのジジイにそれ渡していい感じの軍艦まわしてもらってこいや」

「わ、分かりました!」

 海賊たちは背筋を伸ばしてマセラティに一礼すると、金塊の入った木箱を担いで再び港まで駆けていった……


---10日後---
 
 この日も島で朝から酒を浴びるように飲んでいたマセラティであったが、港に巨大な船が近づくのに気がつくとその場にゆっくりと立ち上がった。 

「か、かしらぁぁ!戻りやした!」

「おう、それにしてもあのジジイ……ずいぶん気前がいいじゃねえか」

 港に停泊しているのは巨大なガレオン船、シャルマ帝国の新兵器と名高い爆裂砲が船側に並んでいる。

「偽装は抜からぬように、とガレス大臣からの伝言を預かっています」

「んなこたぁ今更言われなくても分かってんだよ。おい、おめえらグズグズしてんじゃねえ、3日で船を塗り替えろ!」

 マセラティの命令に海賊たちはすぐさま反応し、船に向かって全速力で走った。

「ククク……この俺の船を2隻も沈めてくれたんだ。その借りはしっかり返させてもらうぜ。町一つくらいこいつで消し飛ばしてやるよ」

 マセラティは邪悪な笑みを浮かべて港のガレオン船を見つめていた。


◇◆◇◆◇

 俺たちは約10日ぶりに街の大通りに繰り出していた。リュミエールが完成した翌々日に、洋服の仕立てを依頼していた生地屋から注文の品が完成したと連絡を受けたのだ。

「あ~、楽しみね!」

「うん、一体どんなしあがりになってるんだろ」

 シエナとソニアも洋服との対面が待ち遠しいようで2人揃ってテンションが高かった。

「服を受け取る前に、寄りたいところがあるんだ」

 俺は前を歩く2人に声を掛けた。

「服を受け取る前にですって!?そんなに大事な用事なの?」

 シエナは、楽しみが先延ばしになるのを嫌がってあからさまに機嫌が悪くなった。

「いや、要らないなら良いんだけど……やっぱ新しい服には新しい靴も欲しいんじゃないかなぁと思ってね。いや、要らないなら別に良いんだよ?」

 それを聞いたシエナの表情がみるみるうちに明るくなった。それはもう最初以上に……

「あわわわ……!ごめんなさい!要る要る要る要る!まったく、それならそうと早く言ってよね!」

 シエナはすがるように俺の腕にしがみついてきた。

 ……いや、すごく嬉しいんだけど、もうちょっとスキンシップ抑えようよ。
 自分から仕掛けた意地悪に結局自分がいちばん心を揺さぶられてしまった。

「でも、シリウス……お金は大丈夫なの?」

 ソニアがシエナの反対側に立って俺の顔を上目遣いに覗いてきた。

 ……スキンシップではないけど、破壊力がヤバい。

「あ、ああ。大丈夫なんだよ!実はね……」

 海賊船を撃沈した時、大歓声の人混みの中に実は靴屋の店主が混ざっていて、後日お礼として俺たちに靴をプレゼントしたいと言ってくれた。何度か断ったけど、店主の勢いに負けてついに靴を頂戴することになったってわけだ。
 靴屋の店主は元交易商で、今は海に出られず町で商売をしているらしい。自分たちの商売の場であった海を我が物顔で荒らし回る海賊に一泡吹かせてくれたことがとても嬉しかった、と言っていた。

「なるほどね!そういうことなら遠慮なくいただきましょ!」

 ソニアも心配がなくなったことで、とても晴れやかな笑顔になった。

…………
………
……


 靴屋で靴を受け取り、生地屋では待ちに待ったそれぞれのオーダーメイド服を手に入れて俺たちのテンションは限界突破していた。

「ねぇねぇ、持って帰るまで我慢できないからここで着替えさせてもらっていいかな?」

 目を輝かせて前のめりに店主に願い出るシエナ。

 生地屋の店主もすんなりOKしてくれたので、俺たちは空き部屋を借りてそれぞれの洋服を来て帰ることにした。

 しばらくして、着替えを終え俺たちは店先で勝手にお披露目会を始めた。

 まずソニア!金髪によく似合う淡い緑のワンピース。サイズもピッタリでしなやかな身体のラインが強調されている。

 ……これは、破壊力100倍増しだ。

 そして同じ色合いのツバの深い帽子(キャペリンというらしい)をかぶるとほんとにもう、何だこりゃってくらいの美人だ。エルフの長い耳もいい感じに隠れている。
 さらに靴屋で譲ってもらった大人っぽいサンダルがとても良くマッチしていた。

 続いてシエナ!スポーティな白のノースリーブにデニムっぽい生地のホットパンツ。これもまた身体のラインが……表現が難しいけどふわふわと柔らかそうなソニアに対してシエナは弾力の塊って感じだ。

 これも、破壊力100倍増しです……

 シエナもサンダルをもらってた、どっちかって言うとビーチサンダルっぽい感じで今の服装にもピッタリだ。なんなら今すぐ海に遊びに行けそう。
 
 そして、今回の一番のポイントはシエナの尻尾だ。シエナにはカラフルなパレオを用意して、普段はそれを腰に巻いておけるようにした。今までと違って尻尾を服の中に詰め込まなくて良くなった分、解放感があって良いらしい。

 本当に、二人ともベースの良さが際立ってすごいことになったな。

「シリウスのその服も、なかなかいいじゃない!決まってるわよ!」
「うん、見たこと無いデザインだけどとても綺麗に着こなしているわね」

 見たこと無いって?俺は何度もこの目で見てきたさ!そう、俺が頼んだのは……スーツ!ちゃんとワイシャツとネクタイも作ってもらった。

 やっぱこれこそが戦闘服って言うの?いやぁ久々に来たけどやっぱスーツ着てると気合が入るよね!

「驚いた……自分で作っといてなんだけど、3人共とても良く似合ってる」

 生地屋の店主も大喜びだ。

「しっかりこの店のこと宣伝しときますからね!」

 そして俺たちは踊るような足取りで公爵邸への帰り道を歩いていた。

 カーン…カーン…カーン…

 あれ?この鐘の音は海賊船?

 カンカンカンカンカン……

 最初は緩やかだった鐘の音が急にテンポを上げて激しく鳴り響いた。

『ええ、1、2隻で現れて沖に停泊し、しばらくすると帰っていきます。この鐘の音がゆっくりな時はそういうときです』

 確かクレーがそんなことを言っていた。鐘の音がゆっくりじゃないってことはまさか……!?

「っ!シエナ、ソニア港に急ごう!」

 俺たちはさっきまでの浮かれ気分などすっかり忘れて港へと直行した。
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