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1.勧誘
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俺がこの大学の映研に入ったのは、別に映画に造詣が深かったとか、興味があったとかだからではない。
「やっぱり部長のセンスは流石! よっ、未来の大監督!!」
「ふふん。そうでしょうそうでしょう、もっと大いに褒め称えなさい」
映像機材でごった返している大学のサークル室で去年仕上げた映画を見ながら、二年の同級が三年生で才女でお嬢様の部長を褒め称えるのを後ろの方から眺めて呆れる。俺の名前は『市原 透(いちはら とおる)』。幼いころから金持ちのじいちゃんばあちゃんに育てられて、たらふく飯を食いモリモリ元気に育ったため、運動部所属と言うわけでもないのにそれなりに体格が良く背も高い。顔はB級映画俳優って感じのまずまずの塩顔で、髪はボブくらいの長さに緩くパーマをかけたセンター分け。とにかくそれなりの大学二年生だ。
『キミ君ぃっ!! 映画に興味はないか!?』
一年前。新人勧誘で溢れかえる大学メインストリートをぼうっと歩いてサークルのことを考えている際、部長の取り巻きの屈強な筋肉質、安来先輩に俺はそう声をかけられた。大人し目って感じでもないし、体格は良いけどスポーツマンって感じでもない俺に声をかけてくるサークルは少なくて、だから少し嬉し気な俺は安来先輩に連れられて、そのままホイホイ新歓の飲み会に付いていってしまって、でろんでろんに酔った状態で入部届にサインをさせられた。映研入部と言うのはある意味で、今思えば部長のしもべ契約なのだ。新入生の俺にはそのことが分からなかった。まあ、結果的にここのサークル活動は、それなりに充実していてそれなりに楽しいから良いんだけど。
「それにしても、安来? まぁだ響ちゃんのOK取れないわけ?」
「はっ、はい! すみません部長……毎日打診をかけてはいるんですが、」
「響ちゃんってガードが固いのねぇ。あれだけの美女なんだから、こういう道に進まないのがもったいないわ」
「自分もそう思います!」
「そう思うんだったら『専属主演女優契約』、さっさと済ませてきなさいよ!!」
「申し訳ありませーん!!」
ちなみに今、安来先輩は四つん這いになって部長の椅子になっている。マジで『しもべ』だ。本人たちがウィンウィンで喜んでやっていることだから俺は口出ししないけれど、たまに安来先輩がいない時、俺をその代わりにしようとするのは勘弁してほしいものである。うちの部では監督が部長で、助監督が安来先輩、俺はその更にアシスタントで何でも屋で、時々はスタッフの仕事以外にも、映画の端役というかエキストラもやらされることがある。
『市原、もったいないわね……アンタはちょちょいっとアイプチでもしたら、結構いい線行くんじゃないの?』
『余計なお世話です。俺は自分の一重瞼を結構気に入っていますから』
部長にまっすぐな一重瞼を揶揄われて、つらっとそう返して流したら先輩に『おい市原、部長相手になんて口を利くんだ!』と怒られたものだ。でも部長はと言えば高飛車なお嬢様なようでいてそうでもないから、『フーン。だったらスタッフとして、バリバリ走り回らせるから良いわ』と言って俺をニヤニヤ眺めるだけだったけれど。
「市原、ちょっと市原!」
「んっ、はい部長?」
「何ぼうっとしてるのよ。安来じゃやっぱり怖がられるから、今度は市原が響ちゃんのスカウトに行ってきなさいって言ってるでしょう」
「げっ……いつの間にそんな話に」
「ぼうっとしてるアンタが悪いのよ。ふふん、せいぜんアンタのそのそこそこのマスクで、響ちゃんの警戒を解いてきなさいよね」
「『そこそこのマスク』は余計なんですが、」
「良いからさっさと行く! 響ちゃんはこの時間、いつもの中庭でお弁当を食べている筈よ!!」
「はいはい……わかりましたよっと」
『響ちゃん』と言うのは学内でも評判の美女新入生で、新入生勧誘の際にもたくさんのサークルから声をかけられていた、ちょっとした有名人である。響ちゃんは黒いロングヘアーの、確かに凛とした美女なのだが、その上どこか憂いがあって、だから部長も『女優にピッタリ』だと何度も(安来先輩を使って)映研に勧誘しているのだが、なかなかどうして『バイトがあるから』と首を縦に振らないらしい。 部長から『充分な出演料も出す』という話までしたらしいが……それでも部長も安来先輩も断られてしまい、何故かその次、三番手が二年生でアシスタントの俺らしい。
サークル室を出て、響ちゃんがお弁当を食べているという中庭へと向かう。中庭と言っても結構な広さのそこは昼休みを楽しむ学生たちで一杯で、俺はまずそこら中のベンチに座っている学生たちを確認したが、響ちゃんの姿は見られなかった。可笑しいな、お友達とお喋りでもしてるのかと思ったのだけれど。考えてふと中庭の隅にあるレンガ造りの花壇を見やると、日陰になったそこに、美女が居た。黒いロングヘアーに、シンプルなピンクのシャツとジーンズ姿の響ちゃんだ。
(……ひとり、か)
響ちゃんは一人きりで、人目に付かない場所でお弁当を食べている。もしかしたら響ちゃんは、その美しさ故、新入生の中でも浮いた存在になってしまっているのかもしれないと、そう思った。響ちゃんの座り姿に少しぼうっとして、チク、と何故だか頭痛がして……それから両頬をパン! と叩いて俺は仕切り直して、響ちゃんの元へ歩む。
「こんにちは、響ちゃんだよね?」
第一声そう声をかけた俺に、響ちゃんは何とも言えない変な顔をした。不愉快なのか悲しいのか、もどかしいのかやっぱり不快なのか、薄い唇をへの字に曲げて、大きな瞳を片方だけ歪めて眉を上げ、それからお弁当に向きなおしてぴしゃりと一言。
「ナンパでしたらお断りです」
「えっ、いや違うよ! 俺はこの大学の映研の下っ端で……安来先輩は知ってるだろ? 君にしつこく声をかけたと思うんだけど」
「……映研」
「うん、市原と言います」
俺が名乗ると響ちゃんはお弁当を食べる箸を止めて、成る丈爽やかに笑顔を忘れない俺の顔をじっと見上げた。本当にきれいな女の子だ。お人形みたいとはこのことだ。でもなぜか、何故だか俺には、響ちゃんをモノにしたいだとか、そういう思考は浮かばない。ただなんとなく、この子のことはきっと俺が守るんだろうな。と、そういう風に直感というか錯覚をした。俺は続ける。
「今日も響ちゃんを、ウチの部の専属女優として勧誘しに来たんだ。バイトはまだまだ忙しそうかな?」
「……」
響ちゃんは悲し気に俺のことを見上げている。どうしたんだろう。何が彼女をそんなに悲しませるんだ? この少女から、その悲しみの元を断ってあげたいな。そんな思いがじくじく胸の奥で実る。間違いなく、俺はこの瞬間この時からすでに、この響ちゃんに一種の執着を感じていたのだ。響ちゃんはふいっと顔を逸らして、小さな声でボソボソ呟く。
「映画って、どんな映画なんですか?」
「えっ、興味あるの!?」
「一応……参考までに」
「ウチの映画は女性監督っていうこともあって、恋愛モノが主だよ。次に部長が構成している映画も、ミステリアスな女性を主軸とした恋愛サスペンスで」
「恋愛サスペンスってことは、相手役もいるんですよね」
「うーん、まあそうなるね。恋愛ごっこは嫌かな?」
「……あなたとなら、」
「えっ!!?」
俺に対して嫌な顔と言うか変な顔をした響ちゃんが、まるで俺となら恋人役でもオッケー。という匂いを思わせる言葉を呟いたから俺は驚く。でも俺は主役級じゃないし演技も棒だし、とても響ちゃんの相手役など務まらないだろう。また何か言葉をかけようとしたその時、俺の背後から俺と同じくらいの長身の、良い匂いのする男子学生がガッと俺の肩をわし掴んでそのまま組んできた。
「ヨーオ、響お待たせ。またナンパか? 良くも響に声をかけられたもんだな」
「宇都木さん、」
「お前、名前は……あ!」
宇都木(うづき)と呼ばれたその男は、A級イケメンってやつでキラキラで、俺にだって名前と顔は知れているくらいの同級の有名人であった。しかも何度か学内や講義前に俺にも声をかけてきて、何故だか俺と友達になりたいらしい宇都木を、奴を見ていると苛々というかそわそわ? する俺だから適当にあしらってきたのが、ここに来て鉢合わせするとは。しかも口ぶりからすると、宇都木は響ちゃんの連れらしい。サラサラヘアーの襟足を少し伸ばした茶髪の宇都木は、いつも好意的に俺に笑顔を向けていたのに今日は、響ちゃんと同じような変な顔をする。
(……なんだ?)
とは思ったが口に出さずにこっちも眉を上げていると、宇都木がそのイケメンに笑顔を取り戻して、肩に回した腕でそのまま俺の首を絞めてあげてきた。
「ぐっ!?」
「おいおいおい市原くんじゃん? よくも平気で、そうやって響に声をかけられたもんだなぁ」
「ちょ、ぐるしっ、おいヤメロっ!?」
「宇都木さん、止めて! 市原さんは映研の勧誘で、部長命令で私の所に派遣されただけですから!!」
「映研の勧誘ー?」
間延びした声でやっと宇都木は俺の首周りから腕を外して、だから俺は『何だこいつら、デキてんのかよ』と、咳をしながら考える。
「市原お前、映研なの?」
「ケホッ、そうだよ! それが何か!?」
「昨日までは響の勧誘には、ムキムキマッチョの先輩が来てたんだけどなぁ」
「部長が、安来先輩じゃ怖がられるから今日は俺にって言ったんだよ」
「フーン」
もともと細長い目を更に細めて、宇都木が俺の全身を値踏みするように眺めてくる。かと思ったら、
「お前、響の気持ち考えたことあんの?」
「は?」
響ちゃんの気持ち? 気持ちも何も今日初めて話した美女だ。何を言ってるんだコイツは……思って反論しようとした矢先、響ちゃんがその声を上げた。
「やめてよ、宇都木さん! 私、それに……市原さんが居るなら映研にも興味あるし」
「響ちゃん?」「響、」
なんだ? こいつらデキてるんじゃないのか? 響ちゃんが俺に気のあるそぶりを見せるから、俺は困惑して宇都木と響ちゃん見比べる。宇都木は別に嫉妬しているような顔ではないが、考え込むような顔で俯いて、顔を上げて、『そうか』と一人で呟いている。しかしそれよりも、
「響ちゃん、映研に興味あるの? ウチの専属女優に、もしかしてなる気が?」
「……え、ええ。まあ、その、演技なんてやったことも無いからご迷惑をおかけするかもしれませんが」
「よっしゃ! これで部長も大満足、俺も大手柄だ!! じゃあ響ちゃん、早速だけどウチの部室に挨拶に、」
「待った」
響ちゃんがお弁当を片付け始めて、だから響ちゃんを連れて宇都木は無視して、二人で映研サークル室に向かおうとしたところ、言葉通りに宇都木に『待った』をかけられる。嫌そうな表情を隠さず俺が宇都木を横目で見ると、宇都木が再び俺の肩に手を置いてきた。
「響が行くなら、俺も行くぜ。主演女優が必要なら、主演俳優だって必要だろ?」
「主演俳優……相手役か」
「ちょっと宇都木さん、」
「良いだろ。俺たちの仲だ、響?」
「別にあなたとは、どんな仲でも無いんですが」
そこまで話して俺は『えっ』である。やっと立ち上がった響ちゃんと宇都木を再度比べて見て、美男美女のお似合いの二人に首を傾げる。
「お前ら、付き合ってるんじゃないの?」
「「それは違う(違います)」」
「ふーん? まあ良いや。宇都木のことは部長が気に入るかどうか、まだ分からないから仮にだけど、とにかく付いてくるんなら覚悟して来いよ」
「覚悟ってなに? 主演俳優になる覚悟?」
「いや、なんていうか……しもべになる覚悟」
「「しもべ?」」
再び響ちゃんと宇都木の声がそろったから、『やっぱり仲が良いんじゃん?』と思った俺である。でもなぜか、やっぱりこの二人と居るとモヤモヤじくじく、俺の胸の奥は疼くのだ。
***
「市原、良くやったわ!!」
映研でたむろしている先輩方の元に響ちゃんと宇都木を連れていくと、それはもう大歓迎も良いところで、部長は一目見て宇都木のことも気に入ったようであった。
「役者は揃った! 台本も出来てるわ!! 後は……今年の夏休みの全部を、あなた達が私の映画に注ぐだけ!!」
「なっ、夏休みぜんぶですか? あの、前にも言ったんですが、一応私、バイトがあって、」
「ああっ、そうだったわね。出演料は弾むわよ、それでもバイトは辞められないの?」
「バイトと言っても実家の定食屋の手伝いなので、辞めるわけには……」
「あらそう、実家のお手伝いを。良い子なのねぇ響ちゃん」
「あっ、きゃあ!?」
元々両脇に美男美女を立たせて肩を組んでいた部長が、響ちゃんの方に頬ずりをするから響ちゃんが高く声を上げて驚く。響ちゃんは頬を染めて恥じらってもじもじするから……流石部長、人を誑かすフェロモンを持っている。と白けた顔で俺はその光景を見ていたが。
「今回の映画は実験的に、全編をスマートフォンで撮影するのよ。機材もいつもよりは少なめになるし、うん! 響ちゃんの予定に少しは合わせられるから安心して」
「あ、ありがとうございます?」
「宇都木くんも、今年の夏休みは空いてるわよね? うん、そうよね、ヨッシャ!」
「アハハ、部長さん。俺まだ何にも言ってないんですが?」
「安来、市原、それに皆! 今年の夏は暑く、いいや熱くなりそうよー!! 次のコンクールではウチが金賞間違いなしね!!」
「はあ、ハハ」
ビシッと俺の方をゆび指して高らかに笑う才女でお嬢様の部長に、俺も空笑いを返して何となく合わせることをする。そして部長の言う熱い夏、その夏休みまではあと一週間もない。夏休みには映研皆で孤島にある部長の家の別荘に撮影に行く旨、プライベートビーチもあるから水着の用意もしてくる旨などを楽し気に部長はペラペラ説明して、そうして俺たちの、映画にかける夏がいよいよ始まろうとしていた。
「やっぱり部長のセンスは流石! よっ、未来の大監督!!」
「ふふん。そうでしょうそうでしょう、もっと大いに褒め称えなさい」
映像機材でごった返している大学のサークル室で去年仕上げた映画を見ながら、二年の同級が三年生で才女でお嬢様の部長を褒め称えるのを後ろの方から眺めて呆れる。俺の名前は『市原 透(いちはら とおる)』。幼いころから金持ちのじいちゃんばあちゃんに育てられて、たらふく飯を食いモリモリ元気に育ったため、運動部所属と言うわけでもないのにそれなりに体格が良く背も高い。顔はB級映画俳優って感じのまずまずの塩顔で、髪はボブくらいの長さに緩くパーマをかけたセンター分け。とにかくそれなりの大学二年生だ。
『キミ君ぃっ!! 映画に興味はないか!?』
一年前。新人勧誘で溢れかえる大学メインストリートをぼうっと歩いてサークルのことを考えている際、部長の取り巻きの屈強な筋肉質、安来先輩に俺はそう声をかけられた。大人し目って感じでもないし、体格は良いけどスポーツマンって感じでもない俺に声をかけてくるサークルは少なくて、だから少し嬉し気な俺は安来先輩に連れられて、そのままホイホイ新歓の飲み会に付いていってしまって、でろんでろんに酔った状態で入部届にサインをさせられた。映研入部と言うのはある意味で、今思えば部長のしもべ契約なのだ。新入生の俺にはそのことが分からなかった。まあ、結果的にここのサークル活動は、それなりに充実していてそれなりに楽しいから良いんだけど。
「それにしても、安来? まぁだ響ちゃんのOK取れないわけ?」
「はっ、はい! すみません部長……毎日打診をかけてはいるんですが、」
「響ちゃんってガードが固いのねぇ。あれだけの美女なんだから、こういう道に進まないのがもったいないわ」
「自分もそう思います!」
「そう思うんだったら『専属主演女優契約』、さっさと済ませてきなさいよ!!」
「申し訳ありませーん!!」
ちなみに今、安来先輩は四つん這いになって部長の椅子になっている。マジで『しもべ』だ。本人たちがウィンウィンで喜んでやっていることだから俺は口出ししないけれど、たまに安来先輩がいない時、俺をその代わりにしようとするのは勘弁してほしいものである。うちの部では監督が部長で、助監督が安来先輩、俺はその更にアシスタントで何でも屋で、時々はスタッフの仕事以外にも、映画の端役というかエキストラもやらされることがある。
『市原、もったいないわね……アンタはちょちょいっとアイプチでもしたら、結構いい線行くんじゃないの?』
『余計なお世話です。俺は自分の一重瞼を結構気に入っていますから』
部長にまっすぐな一重瞼を揶揄われて、つらっとそう返して流したら先輩に『おい市原、部長相手になんて口を利くんだ!』と怒られたものだ。でも部長はと言えば高飛車なお嬢様なようでいてそうでもないから、『フーン。だったらスタッフとして、バリバリ走り回らせるから良いわ』と言って俺をニヤニヤ眺めるだけだったけれど。
「市原、ちょっと市原!」
「んっ、はい部長?」
「何ぼうっとしてるのよ。安来じゃやっぱり怖がられるから、今度は市原が響ちゃんのスカウトに行ってきなさいって言ってるでしょう」
「げっ……いつの間にそんな話に」
「ぼうっとしてるアンタが悪いのよ。ふふん、せいぜんアンタのそのそこそこのマスクで、響ちゃんの警戒を解いてきなさいよね」
「『そこそこのマスク』は余計なんですが、」
「良いからさっさと行く! 響ちゃんはこの時間、いつもの中庭でお弁当を食べている筈よ!!」
「はいはい……わかりましたよっと」
『響ちゃん』と言うのは学内でも評判の美女新入生で、新入生勧誘の際にもたくさんのサークルから声をかけられていた、ちょっとした有名人である。響ちゃんは黒いロングヘアーの、確かに凛とした美女なのだが、その上どこか憂いがあって、だから部長も『女優にピッタリ』だと何度も(安来先輩を使って)映研に勧誘しているのだが、なかなかどうして『バイトがあるから』と首を縦に振らないらしい。 部長から『充分な出演料も出す』という話までしたらしいが……それでも部長も安来先輩も断られてしまい、何故かその次、三番手が二年生でアシスタントの俺らしい。
サークル室を出て、響ちゃんがお弁当を食べているという中庭へと向かう。中庭と言っても結構な広さのそこは昼休みを楽しむ学生たちで一杯で、俺はまずそこら中のベンチに座っている学生たちを確認したが、響ちゃんの姿は見られなかった。可笑しいな、お友達とお喋りでもしてるのかと思ったのだけれど。考えてふと中庭の隅にあるレンガ造りの花壇を見やると、日陰になったそこに、美女が居た。黒いロングヘアーに、シンプルなピンクのシャツとジーンズ姿の響ちゃんだ。
(……ひとり、か)
響ちゃんは一人きりで、人目に付かない場所でお弁当を食べている。もしかしたら響ちゃんは、その美しさ故、新入生の中でも浮いた存在になってしまっているのかもしれないと、そう思った。響ちゃんの座り姿に少しぼうっとして、チク、と何故だか頭痛がして……それから両頬をパン! と叩いて俺は仕切り直して、響ちゃんの元へ歩む。
「こんにちは、響ちゃんだよね?」
第一声そう声をかけた俺に、響ちゃんは何とも言えない変な顔をした。不愉快なのか悲しいのか、もどかしいのかやっぱり不快なのか、薄い唇をへの字に曲げて、大きな瞳を片方だけ歪めて眉を上げ、それからお弁当に向きなおしてぴしゃりと一言。
「ナンパでしたらお断りです」
「えっ、いや違うよ! 俺はこの大学の映研の下っ端で……安来先輩は知ってるだろ? 君にしつこく声をかけたと思うんだけど」
「……映研」
「うん、市原と言います」
俺が名乗ると響ちゃんはお弁当を食べる箸を止めて、成る丈爽やかに笑顔を忘れない俺の顔をじっと見上げた。本当にきれいな女の子だ。お人形みたいとはこのことだ。でもなぜか、何故だか俺には、響ちゃんをモノにしたいだとか、そういう思考は浮かばない。ただなんとなく、この子のことはきっと俺が守るんだろうな。と、そういう風に直感というか錯覚をした。俺は続ける。
「今日も響ちゃんを、ウチの部の専属女優として勧誘しに来たんだ。バイトはまだまだ忙しそうかな?」
「……」
響ちゃんは悲し気に俺のことを見上げている。どうしたんだろう。何が彼女をそんなに悲しませるんだ? この少女から、その悲しみの元を断ってあげたいな。そんな思いがじくじく胸の奥で実る。間違いなく、俺はこの瞬間この時からすでに、この響ちゃんに一種の執着を感じていたのだ。響ちゃんはふいっと顔を逸らして、小さな声でボソボソ呟く。
「映画って、どんな映画なんですか?」
「えっ、興味あるの!?」
「一応……参考までに」
「ウチの映画は女性監督っていうこともあって、恋愛モノが主だよ。次に部長が構成している映画も、ミステリアスな女性を主軸とした恋愛サスペンスで」
「恋愛サスペンスってことは、相手役もいるんですよね」
「うーん、まあそうなるね。恋愛ごっこは嫌かな?」
「……あなたとなら、」
「えっ!!?」
俺に対して嫌な顔と言うか変な顔をした響ちゃんが、まるで俺となら恋人役でもオッケー。という匂いを思わせる言葉を呟いたから俺は驚く。でも俺は主役級じゃないし演技も棒だし、とても響ちゃんの相手役など務まらないだろう。また何か言葉をかけようとしたその時、俺の背後から俺と同じくらいの長身の、良い匂いのする男子学生がガッと俺の肩をわし掴んでそのまま組んできた。
「ヨーオ、響お待たせ。またナンパか? 良くも響に声をかけられたもんだな」
「宇都木さん、」
「お前、名前は……あ!」
宇都木(うづき)と呼ばれたその男は、A級イケメンってやつでキラキラで、俺にだって名前と顔は知れているくらいの同級の有名人であった。しかも何度か学内や講義前に俺にも声をかけてきて、何故だか俺と友達になりたいらしい宇都木を、奴を見ていると苛々というかそわそわ? する俺だから適当にあしらってきたのが、ここに来て鉢合わせするとは。しかも口ぶりからすると、宇都木は響ちゃんの連れらしい。サラサラヘアーの襟足を少し伸ばした茶髪の宇都木は、いつも好意的に俺に笑顔を向けていたのに今日は、響ちゃんと同じような変な顔をする。
(……なんだ?)
とは思ったが口に出さずにこっちも眉を上げていると、宇都木がそのイケメンに笑顔を取り戻して、肩に回した腕でそのまま俺の首を絞めてあげてきた。
「ぐっ!?」
「おいおいおい市原くんじゃん? よくも平気で、そうやって響に声をかけられたもんだなぁ」
「ちょ、ぐるしっ、おいヤメロっ!?」
「宇都木さん、止めて! 市原さんは映研の勧誘で、部長命令で私の所に派遣されただけですから!!」
「映研の勧誘ー?」
間延びした声でやっと宇都木は俺の首周りから腕を外して、だから俺は『何だこいつら、デキてんのかよ』と、咳をしながら考える。
「市原お前、映研なの?」
「ケホッ、そうだよ! それが何か!?」
「昨日までは響の勧誘には、ムキムキマッチョの先輩が来てたんだけどなぁ」
「部長が、安来先輩じゃ怖がられるから今日は俺にって言ったんだよ」
「フーン」
もともと細長い目を更に細めて、宇都木が俺の全身を値踏みするように眺めてくる。かと思ったら、
「お前、響の気持ち考えたことあんの?」
「は?」
響ちゃんの気持ち? 気持ちも何も今日初めて話した美女だ。何を言ってるんだコイツは……思って反論しようとした矢先、響ちゃんがその声を上げた。
「やめてよ、宇都木さん! 私、それに……市原さんが居るなら映研にも興味あるし」
「響ちゃん?」「響、」
なんだ? こいつらデキてるんじゃないのか? 響ちゃんが俺に気のあるそぶりを見せるから、俺は困惑して宇都木と響ちゃん見比べる。宇都木は別に嫉妬しているような顔ではないが、考え込むような顔で俯いて、顔を上げて、『そうか』と一人で呟いている。しかしそれよりも、
「響ちゃん、映研に興味あるの? ウチの専属女優に、もしかしてなる気が?」
「……え、ええ。まあ、その、演技なんてやったことも無いからご迷惑をおかけするかもしれませんが」
「よっしゃ! これで部長も大満足、俺も大手柄だ!! じゃあ響ちゃん、早速だけどウチの部室に挨拶に、」
「待った」
響ちゃんがお弁当を片付け始めて、だから響ちゃんを連れて宇都木は無視して、二人で映研サークル室に向かおうとしたところ、言葉通りに宇都木に『待った』をかけられる。嫌そうな表情を隠さず俺が宇都木を横目で見ると、宇都木が再び俺の肩に手を置いてきた。
「響が行くなら、俺も行くぜ。主演女優が必要なら、主演俳優だって必要だろ?」
「主演俳優……相手役か」
「ちょっと宇都木さん、」
「良いだろ。俺たちの仲だ、響?」
「別にあなたとは、どんな仲でも無いんですが」
そこまで話して俺は『えっ』である。やっと立ち上がった響ちゃんと宇都木を再度比べて見て、美男美女のお似合いの二人に首を傾げる。
「お前ら、付き合ってるんじゃないの?」
「「それは違う(違います)」」
「ふーん? まあ良いや。宇都木のことは部長が気に入るかどうか、まだ分からないから仮にだけど、とにかく付いてくるんなら覚悟して来いよ」
「覚悟ってなに? 主演俳優になる覚悟?」
「いや、なんていうか……しもべになる覚悟」
「「しもべ?」」
再び響ちゃんと宇都木の声がそろったから、『やっぱり仲が良いんじゃん?』と思った俺である。でもなぜか、やっぱりこの二人と居るとモヤモヤじくじく、俺の胸の奥は疼くのだ。
***
「市原、良くやったわ!!」
映研でたむろしている先輩方の元に響ちゃんと宇都木を連れていくと、それはもう大歓迎も良いところで、部長は一目見て宇都木のことも気に入ったようであった。
「役者は揃った! 台本も出来てるわ!! 後は……今年の夏休みの全部を、あなた達が私の映画に注ぐだけ!!」
「なっ、夏休みぜんぶですか? あの、前にも言ったんですが、一応私、バイトがあって、」
「ああっ、そうだったわね。出演料は弾むわよ、それでもバイトは辞められないの?」
「バイトと言っても実家の定食屋の手伝いなので、辞めるわけには……」
「あらそう、実家のお手伝いを。良い子なのねぇ響ちゃん」
「あっ、きゃあ!?」
元々両脇に美男美女を立たせて肩を組んでいた部長が、響ちゃんの方に頬ずりをするから響ちゃんが高く声を上げて驚く。響ちゃんは頬を染めて恥じらってもじもじするから……流石部長、人を誑かすフェロモンを持っている。と白けた顔で俺はその光景を見ていたが。
「今回の映画は実験的に、全編をスマートフォンで撮影するのよ。機材もいつもよりは少なめになるし、うん! 響ちゃんの予定に少しは合わせられるから安心して」
「あ、ありがとうございます?」
「宇都木くんも、今年の夏休みは空いてるわよね? うん、そうよね、ヨッシャ!」
「アハハ、部長さん。俺まだ何にも言ってないんですが?」
「安来、市原、それに皆! 今年の夏は暑く、いいや熱くなりそうよー!! 次のコンクールではウチが金賞間違いなしね!!」
「はあ、ハハ」
ビシッと俺の方をゆび指して高らかに笑う才女でお嬢様の部長に、俺も空笑いを返して何となく合わせることをする。そして部長の言う熱い夏、その夏休みまではあと一週間もない。夏休みには映研皆で孤島にある部長の家の別荘に撮影に行く旨、プライベートビーチもあるから水着の用意もしてくる旨などを楽し気に部長はペラペラ説明して、そうして俺たちの、映画にかける夏がいよいよ始まろうとしていた。
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漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
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