リマインド・リコレクション~映研青春物語~

ねめ子

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7.昼下がりの情事

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「大雨の中、昼下がりの情事……良いわね、来てるわー!!」

 大窓に強い雨が打ち付ける中、屋敷内の今は使われていない主の部屋。天蓋のあるベッド周りで響ちゃんと宇都木のラブシーンが撮られることになっている。ここは管理人の部屋と言う設定で、そこに偶々訪れた宇都木青年が下着姿の管理人に出くわして、衝動的に彼女に迫ってそのまま二人は……という感じだ。響ちゃんは今は椅子に座ってガウンを羽織っているが、その中ははだけた黒いシャツと下着だけなのだ。スタッフたち、男性陣はどこかソワソワしていて、響ちゃんはそれでも平気そうにストローの刺さったペットボトルを受け取って、お茶を飲んでスタンバイしている。俺にはそれがムズムズして、だって響ちゃんは俺が守るべき女の子だから、彼女の下着姿なんて本当は皆に見せたくはない。俺もパソコンの準備が終わると、こっちも椅子に座って脚本を確認している一つ縛りの部長の元に赴いて、それとなく不満を伝える。

「部長、本当に良いんですか。一年生の女の子に、下着姿で撮影をさせたなんて大学に知れたら」
「別に裸で撮影するわけじゃないんだし、彼女ももう十八なんだし普通よ、普通。大体昨日、響ちゃんの水着姿は皆も見たでしょ。衣装なんだから水着と一緒みたいなもんだってば」
「響ちゃん、昨日はワンピース型の水着だったじゃないですか! 野郎どもが発情して彼女に襲い掛かったりしたらどうするんですか!?」
「なぁに、やけに響ちゃんに肩入れするじゃない市原……まさかウチの、主演女優に惚れちゃったの?」
「えっ、そういうことでは!!」

 部長のジト目で睨まれて、俺はブンブン両手を振って否定する。必死な所が余計に怪しかったのか、部長は眉と口を曲げて不満げに立ち上がって、俺の方にずいっと背伸びしてくる。

「な、なんですか」

 しばらくじとーっと彼女の美貌を鼻がくっつくくらいの距離で見せつけられて睨まれて、思わず赤くなってマゴマゴしたら部長が『ぷっ』と噴き出した。

「市原、赤くなってる。やーね、今年で成人のくせに初心(ウブ)なんだから」
「からかわないでください!」
「はいはい、ごめんなさいね。ヨーシ皆、じゃあ撮影始めるわよ! 一カメ二カメ、用意は良い?」
「「はいっ」」

 ウチの部で生粋のカメラマンは一人だけだから、二カメを用意する時には小道具の二年生がサブのカメラマン役を担う。俺は転送される映像を確認するためパソコンの前に座って、画面に映し出された二つの映像窓とガウンを脱いで黒シャツ下着姿になった響ちゃんを見比べる。本当に、綺麗な女の子だ。背はそれほど大きくないけれど、プロポーションも抜群に良くて、出ている所と引っ込んでいる所がハッキリしている。下着は部長が用意したガーターベルト付きの黒レースものだから、より色っぽくて男性陣はやっぱり鼻の下を伸ばしつつ、仕事をしている。副監督の安来先輩が『シーン22、よぉい』と声を上げ、カチンコを鳴らすと部屋の扉がノックされた。

「どなたかしら、」

 下着姿のまま、ベッドの脇に座って髪をまとめていた響ちゃんが立ち上がる。下着姿の彼女が扉に辿り着く前に外から扉が開かれて、宇都木青年がまるでこの屋敷の秘密を暴こうと、そういう強張った表情で中を覗く。

「まあ、宇都木さま」
「あっ、す、すみません……着替え中、管理人さんのお部屋でしたか」
「良いんですの。宜しければ中に入って、お茶でもいかがでしょうか」

 妖艶に笑ってやはり下着姿のまま、彼女の姿を隠そうともせず、管理人はサイドボードにあるポッドのお湯を沸かし始める。その背中に、宇都木青年が近づく。迫る。何とも切なげな表情で、今はポニーテールにした黒髪の美女を、後ろから抱きしめる。『あっ』と管理人の小さな声の後、宇都木青年が『はぁっ』と熱い息を吐いて、彼女の身体をまさぐり始める。無防備にあらわになった白い首筋に、噛みつくようなキスをする。おい、嘘だろ。フリだけって聞いていたのに。俺は息を飲んで立ち上がるも、隣にいた安来先輩に制止されてしまった。

「ぁっ、いけません……」
「誘ったのはあなたでしょう。はぁ、ああ、あなたってひとは本当に」
「宇都木さま、これ以上は、」

 言いかけて振り返った響ちゃんに、響ちゃんの唇に、宇都木が噛みつくようなキスをした。『っ!!』。俺はまた息を飲み、止めに入りたくてでもこれはれっきとした映研の活動で、撮影で、予定より少し過激ではあるけれど台本通りなのだ。宇都木の奴、響ちゃんに欲情しているんじゃないだろうな。思って唇を噛んでは耐えて、今度は彼女を天蓋の中のベッドへ連れ込む宇都木の背中をギリ、と睨む。天蓋の中、シルエットだけになった二人が向き合って、宇都木が遂には響ちゃんのブラのホックを外そうとした、次の瞬間であった。

「カーーーーット!!」

 バチン! 安来先輩がカチンコを鳴らしたのだ。カメラも止まって、メイクの女子部員が響ちゃんの元(ベッドの中)に駆け寄ってはガウンを羽織らせる。俺もホッと肩を撫で下ろして、しかし宇都木に対する不満は募るばかりで……なんてことないしらっとした顔でベッドから出てきた宇都木に思わず掴みかかりそうになったのを、撮影をしながらも俺の動向に気が付いていた部長が俺より一歩前に出て止めた。

「宇都木くん。ちょっと激しかったけど、なかなか良かったわよ」
「部長さん、そうですか? まあ、ハハ、迫真だったでしょう」
「宇都木コノっ!!」
「市原、興奮しすぎ。何をそんなにムキになるのよ……本当に、あの響ちゃんに惚れてるわけ?」
「部長、そういうわけではないです! でもだってコイツ、主演の立場を利用して響ちゃんに!!」
「おいおい、お前まで人聞きの悪い、」

 今にも食って掛かりそうな俺を部長が諫めてくれているのに、そんな俺を可笑しそうに宇都木が嘲笑するから俺は余計にムキになる。『ちょっと!』と部長に再び注意されて、軽くペチっと両頬を挟まれる。

「本当に、どうしちゃったの市原?」
「部長……」

 厳しい『監督』の顔でもってそう注意されて、俺はそれでやっと少し心を落ち着かせることができた。これは『撮影』なんだから、仕方がない。ガウンを羽織った響ちゃんがベッドから出てきて、もめている様子の俺と部長、宇都木の三名に気が付いて駆け寄ってくる。

「どうしたんですか、市原さん、部長。私どこか、おかしかったですか?」
「いいえ、そうじゃないの響ちゃん。あなたの演技はバッチリ最高」
「……市原さん、怒ってるんですか? どうして、」

 言いかけてハッとした響ちゃんは、さっきまで甘い関係みたいにイチャついていた宇都木のことを、大きなしかし冷たい瞳で睨み上げる。

「宇都木さん、また市原さんに余計なことを吹き込んだんじゃないですか」
「あは、そうやって何でもかんでも俺のせいにするなって」
「いつだってトラブルの原因は、だいたい宇都木さんでしょう」
「市原は、俺のやり過ぎた演技にご立腹なんだよ。可愛い響を良いようにされたってな」
「えっ」

 宇都木の言葉に響ちゃんは頬を染めて、恥じらってモジモジ、どこか嬉しそうに手元を遊んで俯く。

「市原さん、私のために怒ってくれたんですね。でも大丈夫です、私、宇都木さん相手だったら何だって、何とも思いませんから」
「……」

 それでも俺は、君を守りたい。本能が、体中を流れる血潮がそう叫んでいるのだ。響ちゃんにも碌に返事をせず、俺は黙り込んで踵を返して、いつのまにやら映像チェックをしている部長と安来先輩、カメラマンの元に戻る。

「ここ、もうちょっとアップで撮れなかった?」
「すみません、撮り直しますか?」
「うーん、そうねぇ」
「あー待って待って! そんなの編集で何とかします!! 撮り直しは無しですよ!?」

 部長が何やらカメラマンと不穏なやり取りをするから編集マンもこなす俺がそう声を上げると、不満げな部長に、

「何よ市原、アンタ何様?」

 そう、注意されて肩を竦めた俺であった。

***

 室内での一連の撮影を終えて、その日も主演二人の全工程が終わったのは午後のこと。部長もこの合宿を多少はバケーションの一環としてとらえているようで、スケジュールには余裕を持たせているのだ。それでも外は雨模様で、ビーチで遊ぶような天気ではなく、ただだだっ広い屋敷の中で、俺たちは過ごすしかなかったのだが。

 みんなで大広間でグダグダ過ごしている内に、ついに雷が鳴りだした。

「あっ、雷!」

 部長がそう声を上げると彼女の撮影用スマートフォンを取り出して、大道具小道具くんたちとトランプをしていた俺に押し付けてきた。

「市原、今なら良い撮影材料が撮れそうよ! ちょっと外に出てきて、島の様子を一通り撮影してきてちょうだい」
「エッ、こんな大雨の中をですか?」
「ええ、でもそうね。一人で行くのも危ないわ、ここは土地勘のある私が一緒に、」

 と、言った所で椅子に座っていた宇都木が立ち上がって、部長の肩をポンと叩く。

「部長。レディーをこんな大雨でずぶ濡れにさせるわけにはいきません。俺が市原と行ってきますよ」
「え? あ、あら……そう、」

 どこか残念そうに部長は宇都木の言葉に納得して、それから宇都木のスマホにどういう場面が欲しいかのメモを送ってくれた。

「私の携帯は防水だからいくら濡れても良いんだけど、この屋敷には傘が一つしかないの。普段の彼らは雨合羽を着ているらしくてね」
「でしたら俺たちも雨合羽で、」
「アンタ達に合うサイズなんかないわ。だから、相合傘で我慢して撮ってきて」
「……」
「何よその目は」
「いえ、まあ良いですけど」

 そういうわけで俺と宇都木の二人組は、皆に見送られて(心配そうな響ちゃんを尻目に)屋敷の外に傘一本とスマートフォンをもって出て行った。
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