リマインド・リコレクション~映研青春物語~

ねめ子

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8.嵐の中のキス

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 大地を揺るがし島をも割るような、大きな雷が近くで鳴っている。冷たい雨は宇都木が持った傘の脇から遠慮なく俺たちを打ち付けて、思った通り撮影しながら俺たちはべちゃべちゃに濡れてしまっている。

「最後、崖の手前から海の様子!!」
「ああ」

 雨音に負けないように張り上げた俺の声と、いたって冷静な宇都木の声が孤島に響いては消えていく。宇都木と相合傘で、俺たちは屋敷から200Mほどの崖の手前までやってきて、俺は腕を伸ばして雷が光る空と荒れている海の様子を撮影した。

「よし、これで部長の言ってたシーンは全部だ。屋敷に戻ろう!」
「……その前に、なあ市原?」
「あ!? なんだよ!!」

 真夏とはいえ雨に打たれて結構身体を冷たくしているから、俺は早く帰りたくて苛々で宇都木を振り返った。すると二の腕を強く掴まれて、そのまま引き寄せられたから『!?』と一重瞼を見開いたと同時くらいに、今度は素面で、宇都木に俺はキスされる。

「なっ、ちょ……」

 思わず突き飛ばそうとして失敗して、後ろ頭を引っ掴まれては今度はそこだけまだ熱い口内に舌を入れられる。『んむっ』とくぐもった声を上げて、宇都木が手を離して風に飛んで行ってしまった傘の行方を目元だけで追った。

「おいっ、傘……ふぅっ!?」

 大雨の中、何故か俺は、同じサークルの主演俳優にディープキスされている。俺には覚えていないがこれで二度目だ。少し絡めて遊んで、一瞬離して息継ぎの暇を与えて、雨に打たれながら俺たちは、というか今回は宇都木が一方的に、俺に熱いキスを続ける。

(っ!? な、なんなんだ、コレ? 何のつもりでコイツ???)

 最初こそ突き飛ばそうとしたものの、あとは混乱が先走って碌な抵抗をしない俺に宇都木が空笑いをする。誰も見ていないからって男同士でこんなこと!! 思っているうちに体の芯がじんわり熱くなってきて、力が抜けてきたそれなりの身体を、良く鍛えた宇都木の身体に抱き留められる。しかし次の宇都木の台詞に俺は、

「はぁっ……ハハ。なあさっき、俺にキスされる響を見た時、どうだった?」
「っっ!!」

 ぽうっとしていた頭に、一気に血が上る。ふっと掴まれていた腕を振り解いて振りかぶって、一瞬前までキスしていた美男の頬に、俺は一発自身の拳をめり込ませて吹っ飛ばした。ゴッ!! と、鈍い音。

「っ、いってぇ」

 その場にどさっと倒れこんだ宇都木に猶も乗りあがって、言葉も言わずに俺は宇都木に再び殴りかかろうとしたが、

「おい、『主演俳優』の顔を駄目にするつもりかよ?」
「はっ」

 そう言われて目を覚まして、宇都木に乗りあがったまま暫し呆然と、自分の所業を思い返して混乱する。俺、俺なんか、大した喧嘩だってしたこともないくらいの温厚な俺だ。その俺が、どうして響ちゃんのこととなるとこんなに熱くなるんだろう。俺に乗りあがられて重そうにした宇都木は半身を起こして俺の頬に触れて、雨も滴るって感じにニヤリと笑って俺の、耳元で囁いた。

「俺に乗りあがってみせるのは、ベッドの上だけにしてくれよ、市原?」
「っはあ!? お前、何言ってんだ!!」

 自力で宇都木は俺の下から抜け出して、俺より先に立ち上がっては土砂降りに座り込んだ俺に、奴の骨ばった手を差し伸べてくる。

「帰ろう、市原。皆が待ってる」
「……」

 何だか腑に落ちないが、一応仲直りの印と取っておこう。手を取って立ち上がって、いつの間にか落としていた部長のスマホを拾ってから、傘を無くした俺と宇都木は無口に屋敷へと歩んでいく。

「……なあ市原。俺はお前を、どうしても許せない」

 雨に掻き消えるほどの小さな声で、意味不明に宇都木がそう呟いたのに、俺は気付かないふりをした。

***

「ああもう! 二人ともずぶ濡れじゃない!! 傘はどうしたのよ!?」
「いや部長……すみません、傘は風に飛ばされて海に。っていうか傘があってもなくてもずぶ濡れなんですが」
「えっ!? しかも何よ、アンタたちまた喧嘩したの!? 宇都木くんの顔に痣が出来てる!!」
「あっ、」

 それについては申し訳ないというかなんというか、だ。ばつが悪くて部長から視線を逸らしたけれど、次には耳を引っ張られてそっちを向かされる。

「市原ぁ? 犯人はアンタしか居ないわよね???」
「す、すみません、遂」
「温厚なアンタが他人を殴るだなんて珍しいわ。何があったの?」
「……えーっと」

 それは説明しにくいことだ。宇都木にキスされて、響ちゃんとのことを言われて、気が付いたら殴りかかっていただなんて。特に『宇都木にキスされて』の部分が言いにくい。また視線を泳がせて、責めるように(部員からタオルを借りて頭からかぶっている)宇都木を睨むと、宇都木が俺を援護というか、事情を省いて説明してくれる。

「すみません部長。俺が市原を、ちょっと揶揄い過ぎたんです」
「からかい過ぎた? でも、揶揄ったくらいで市原が、」
「部長部長、それが実は……」

 宇都木はちょいちょいと部長を手招きすると、部長の耳元でひそひそ話をして見せる。それを聞いた部長はその釣り目を見開いて、隣の俺の顔を見て『ぶはっ』と噴き出して肩を震わせて笑いだすから……、

「おい宇都木!? 部長に何を吹き込んだ!!?」
「あはは、別にぃ?」
「部長? 何で俺を見て笑うんですか!? どうしてそんなに爆笑して!!」
「あはっ、あーっはは! ひぃ、ああ可笑しい! 宇都木くんってばセンスあるわ!!」
「ちょっとちょっと!? 何のことです!!」
「まあ、仕方ないわね。アンタらって仲が良いんだか悪いんだか。それくらいの痣ならメイクで隠せるから、市原も……ドンマイ!」
「『ドンマイ』? おい宇都木、マジで何を言った!?」
「いやいや、秘密」

 本当に宇都木の奴が何を言ったのかはわからないが、そうして騒いでいるうちに私服に戻った響ちゃんが大広間から駆けてきて、『市原さん、びしょ濡れ! お湯も張っていますから、早くお風呂に入ってきてください!』と俺だけを心配してくれるから俺は優越感に浸って宇都木に横目を向けて、言われた通り屋敷の男湯(数名が入れる程度の浴場)に入って体を温めることにした。
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