リマインド・リコレクション~映研青春物語~

ねめ子

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16.二人の未来

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 ピンポーン。

 酒に飲まれて宇都木を巻き込み、次の日の昼になっても眠っている俺の部屋のチャイムが鳴る。

 ピンポーン。

「あれ? お兄ちゃん、いないのかな、」

 家の場所をまだ教えたことのない妹の響の声がして、それでも俺は爆睡と言うか熟睡で、イケメンの宇都木の腕枕でもってベッドで眠っている(俺が完全に眠りについた後、宇都木が態勢を変えてそうなったのだ)。

 ピンポーン。

 諦め悪く響がチャイムを鳴らし続けるから、俺と違ってあまり眠れなかった様子の宇都木が俺からそっと腕を外して、俺を起こさぬようにのそり、ベッドから起き上がっては玄関へ向かう。

「はい」
「あっ、お兄ちゃん寝てたの……って、キャアアアア!!」
「おい響、痴漢が出たような声を上げるなよ!」
「どうして宇都木さんがお兄ちゃんの部屋に! まさか昨日あのまま泥酔したお兄ちゃんのことを!!」

 か細い腕で玄関口の響が宇都木をポカポカ殴り始めるころ、俺の意識がやっと覚醒し始める。なんだ? これは夢の続き??? いいや、響の声も、宇都木の声も、随分大人びていて……、

「……ふわあ、朝?」
「お兄ちゃん!!」
「うわっ」

 宇都木を殴るのを止めた響が、わけも聞かずに徐にサンダルを脱いで俺のベッドに駆けよってきては、何故か俺のジーンズを無理やり脱がそうとし始めるから俺だって焦る。

「響!? なんだ、何してるんだよ!!? どうして兄ちゃんのズボンを脱がそうと?」
「覚えてないの、お兄ちゃん! お兄ちゃんは宇都木さんに送り狼されたの! お兄ちゃんのお尻が無事か確かめる!!」
「おいおいおいっ、何を言ってるんだ響、やめろって! お兄ちゃんはこの通りピンピンしてるし……大体宇都木がどうしたって!?」

 とまで兄妹ふたりで騒ぎ立てて、やっと俺は宇都木が玄関から(響が投げ出した買い物袋を拾って)こっちに戻ってきたのに気が付く。寝不足でもイケメンの宇都木は『やれやれ』といった顔で困ったように笑った。

「おはよう、透。よく眠れたか?」
「あ、ああ? 何で宇都木が俺の部屋に?」
「だからお兄ちゃん! 昨日は飲み会で、酔いつぶれたお兄ちゃんを宇都木さんが部屋まで送って、お兄ちゃんはそのまま宇都木さんの餌食に!!」
「ええっ!?」
「待てよ、兄妹揃って人聞きが悪い。俺はこの通り潔白だ。引き留められて一晩隣で眠っただけで、透には何もしてない」
「お兄ちゃんは酔っぱらって記憶がないんだから、どうやって証明するんですか! やっぱりお兄ちゃんちょっと脱いで、」
「いやいやいや、響! たぶん大丈夫、覚えてはないけど別に、俺の身体に異変は無いから!!」
「……そう? ああ、良かった」

 そこまで騒いでやっと落ち着いた響が息をついて俺の腕に纏わりつくから、それが可愛くて表情を綻ばせていると、痴漢扱いされた潔白の宇都木が何でもないように響に荷物を渡す。

「響、お前こそどうしたんだよ。透の部屋の場所なんて知らなかっただろ?」
「それは、部長さんにラインで聞いて……お兄ちゃんには編集の仕事があるっていうから、差し入れです」

 ぶっきらぼうに宇都木から荷物を受け取って、クーラーのない部屋にはありがたい、冷えたアイスを五個ほど袋の中に見せてくる響だ。その美しい黒髪を撫ぜ、礼を言う。

「そっか、ありがとな響。お兄ちゃんまだ寝てたから、朝飯代わりに食べようかな」
「えっ、それは駄目! 朝ごはんなら私が作ってあげるから、少し待ってて」

 そういうわけで響はチロリと宇都木を睨み『あなたは帰って良いんですよ』と悪態をついてからしかし、二人分の朝食……お米とみそ汁と、小葱入りの卵焼きを用意してくれた。ベッド脇のテーブルで、宇都木と向かい合ってそれを『いただきます』して食べて、響の料理が美味しいことに(やっぱり定食屋の娘だな、)と納得する。

「御馳走さま、美味しかったよ」
「ごちそーさん、確かに美味しかった」
「お粗末さま! じゃあアイスでも食べる? あっ、その前にシャワーでも浴びてくる?」
「ああ……うん、そうしようかな」
「俺も一緒に入ろうか?」
「「宇都木(さん)!!」」
「冗談だよ、俺はそろそろ帰るって」

 宇都木にそれぞれ威嚇して、しかし宇都木が帰り支度に身なりを整え始めると、響も食事の後片付けを始めるから俺もそれをまずは手伝うことにする。食器を洗っている俺たち兄妹の後姿に宇都木が微笑んだことも知らず、キッチン横の玄関まで来た宇都木に声をかけられて俺は顔を上げた。

「眠ってるお前は、随分と気持ちよさそうだったぜ」
「あ? ああ、まあ……久しぶりにいい夢を見たから」
「だったら毎日俺と眠るか」
「はあ? 何言ってんだ」
「ジョークだよ、ジョーク。じゃあ透、響、またな」
「ああ」「はい」

 そうして宇都木を見送って後片付けを終えて、シャワーを浴びて部屋着に着替えて出てくると、響が先にベッドに座って棒アイスを舐めていた。

「お兄ちゃん。編集のお仕事、私も少し見てみたいな」
「データ移項から始めるから、少し時間がかかるけど」
「今日はお店も休みだから、私も時間があるの」
「そうか? だったらちょっと待ってな」

 宇都木がちゃんと持って帰ってきてくれた大事な俺の荷物の中の映画のデータを、立ちあげたノートパソコンに移す作業を俺は始める。映画のデータといっても一時間完結ものだから、最新のパソコンにかかればコピーには大して時間はかからないが、その間に響と一緒にアイスを食べながら、俺はどうやって響に話を切り出そうかを考えていた。

(急に一緒に住もうだなんて言われても、響は困るだろうな)

 大体この部屋じゃ、二人で住むには狭すぎる。いまは市原のじいちゃんばあちゃんの援助でここに住んでいるけれど、そのことだって見直さなければ。思っているうちにデータのコピーが終わって、あれやこれやとパソコン画面で響に編集のことを教えている内に夕刻になってしまった。

「ありがとうお兄ちゃん、私そろそろ帰るね」
「ああ、またいつでも……いや、」
「どうしたの?」

 もう一度、高杉のじいちゃんに会う必要がある。編集をしながら俺は、そのことも考えていたのだ。

「家まで送っていく。着替えるからちょっと待ってて」
「えっ、でも……」
「良いから、それとも嫌かな?」
「嫌とかじゃない、けど、」
「じゃあ決まり、すぐ仕度する」

 俺の部屋も響の実家も大学の近所で、でも反対方向だから電車で一駅越えなければいけない。着替えと準備を済ませた俺たちは、休日の夕刻で空いている電車のシートに並んで座って、他人にはカップルみたいだと思われながらも響の実家の最寄り駅までたどり着く。駅を出て、響は迷ったように弱弱しく笑って俺に言う。

「もうここで良いよ」
「いや、あのな……兄ちゃん、高杉のじいちゃんに用があって」
「えっ、おじいちゃんに?」
「そう。なあ響、」

 電車が出発するガタゴト音がする。踏切が鳴っている。夕刻に染まった響はわが妹ながら美しく、儚げで憂いがある。少し心を落ち着けて、それから俺は、

「兄ちゃんと、また一緒に住まないか?」
「えっ」
「兄ちゃんも、サークルの他にバイトを始めるよ。響に定食屋を辞めろとも言わない。二人でどうにか助け合って、新しいアパートを借りよう」
「……」
「両親はいないけど、だって俺たち兄妹だろ? だから俺、じいちゃんにそのことを……」
「お兄ちゃんっ!!」

 言いかけて照れくさくて頭に手をやっていた所、響に勢い良く抱きつかれる。響は、響はどうやら泣いているようで、彼女の涙で俺のポロシャツを濡らしながら擦り寄ってきた。

「お兄ちゃん、私、嬉しいよ……お兄ちゃんが私とのこと、そんなに考えてくれてるなんて」
「響、嬉しいってことは」
「もちろん、私もお兄ちゃんと一緒に暮らしたい! おじいちゃんのことは、これから二人で説得しに行こうね」
「ハハ、上手くいくかはまだ分からないけどな」
「上手くいくよ、私だって上手くいかせてみせるもん!」
「響、」

 とまで話して抱き合っている所で、ご近所の奥様が『やだ、こんな道端で……』と俺たちの噂話をしているから俺たちは立ち直して、でも久しぶりに手を繋いで、俺たちは本当の実家に帰るみたいに二人で通った小学校の校歌を口遊みながら、響の実家『定食屋高杉』への道を歩んだ。

***

 定食屋の裏にある、住居スペースのチャイムを響が慣らす。少しすると高杉のばあちゃんが出てきて、『あら?』と俺の顔を見ると少し戸惑ってハッとして、でも優しく俺を、俺と響を家の中に通してくれた。畳が広がる狭い居間で、テーブルの前に正座している俺と響にばあちゃんがお茶を出してくれて、『どうぞ』とそれを勧めてから困り顔で俺に、ばあちゃんは話しかけてきた。

「透、久しぶりね。私のことは覚えてる?」
「すみません、薄らとしか」
「無理もないね、お前たちは幼かったから。それに……」
「……」
「私たちは……お前たち家族に、何もしてやれなかった」
「そんなこと! 響をここまで育ててくれたこと、とても感謝しています」
「響を引き取ることになったのも、そもそもは私たちが、お前たち家族を救えなかったからだよ」
「ばあちゃん、」
「おじいちゃんに用事だろ? 今は奥で作業をしているから、すぐに呼んでくるからね」

 もう腰が曲がり始めている高杉のばあちゃんは立ち上がって、部屋の奥へと消えていく。響が静かに俺の手を横から握ってきて、だから目を合わせて頷き合った。そうして静かにしている内、奥から少し言い争うような声がして、三分くらいはばあちゃんが粘った様子。その結果、高杉のじいちゃんが俺の前に姿を現した。相変わらずの頑固そうな、いかにも古い定食屋の親父、といった風体のじいちゃんに、俺は委縮しかけてしかしその背筋を正す。

「何をしに来た」
「今日はじいちゃ……いえ、あなたにお話が」
「手短に済ませろ」
「あのっ、」

 その場に俺は頭を下げる。それに倣って響も隣でじいちゃんに頭を下げる。黙っているじいちゃんに、それでも俺は言葉を続ける。

「響をここまで、放っておいたことは申し訳ありません。妹を、こんなに立派に育てて頂いたことにはその、深く感謝しています」
「……」
「でも、俺たちは家族なんです! あなたたちだって勿論家族かもしれないけれど、俺、俺たちはまた、二人一緒に暮らしたいと思っています」
「……ふん」
「響を、これからは俺に任せてくれませんか? 響に大事な人、任せられる人が出来るその日まで、今度は俺が響を守ります! だから、」
「……」
「お願いします、響を俺に、引き取らせてください!!」
「私からもお願いします、おじいちゃん! 私もお兄ちゃんと、また一緒に暮らしたい!!」

 じいちゃんが、ばあちゃんが出した熱いお茶を啜る。あの日は俺に『人殺しに育てられた男』と怒鳴りつけてきたじいちゃん。そのじいちゃんが、お茶を『ドン!』とテーブルに叩きつけたからまた怒鳴られると思った。しかし、

「良くもそうやって、私の前にまたノコノコと顔を出せたものだ」
「は、はい。すみません、」
「どうやって響を養う気だ?」
「大学には、もちろん市原の祖父母に援助してもらいながらですが、将来のためにも通い続けます。ただ、バイトを始めて、響との部屋の家賃は自分が持つつもりです」
「ふん、金持ちの坊ちゃんはとんだ甘ちゃんだ。結局お前は生温く生きてきたんだな」
「おじいちゃん! お兄ちゃんだって私と同じだよ、心に傷を負ったまま、どこかでやっぱり苦しみながら生きてきたんだから!」
「響、お前は」
「えっ」
「お前のことを『忘れていた』兄のことを、もう許しているのか」

 一瞬間があった。じいちゃんも、俺が『忘れていた』ことを知っているのだ。響が戸惑ったのは、そのことにだと思う。でも次には、

「当たり前です。お兄ちゃんは私の、たった一人のお兄ちゃんだもん。最初気付かれなかったときは勿論傷ついたけど、お兄ちゃんはこうしてちゃんと思い出してくれた」
「……響」
「そうか、響」

 じいちゃんが立ち上がる。俺たちに背を向ける。俺は焦って立ち上がろうと膝をついたけれど、俺が何か言う前に、じいちゃんがぶっきら棒に言い放つ。

「透、すぐにでも割のいいバイトを決めてこい。それが出来たら、あとは勝手にしろ」
「それって!」
「そもそもはお前たち兄妹の問題だ。響が『良い』と言うのなら、私からは何も言うまい」
「あっ、ありがとうございます!!」
「礼などいらん。わかったらさっさと帰りなさい」
「「ありがとうございます!!」」

 響も言っていた『本当は悪い人じゃない』と。じいちゃんにもきっと、さっきばあちゃんが言っていたような自責の念もあったのかもしれない。響を俺を、不幸にしたのには自分たちにも責任がある、と。じいちゃんだって心から、響の幸せを願っているに違いないのだ。じいちゃんは作業場に戻っていって、ばあちゃんが代わりに部屋に入ってくる。俺の肩を叩いて『響をよろしくね』と、ばあちゃんは涙声でそういうから俺も『はい!』と大きく返事をしたものであった。
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