異世界を創って神様になったけど実際は甘くないようです。

ヨルベス

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第一章 出立

第19話 エンカウント

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「モンスター……!」

 アレもモンスターか……!

 確かに普通の動物には見えない、名称なまえ通りのおどろおどろしい姿をしてる。とても友好的な関係とか共生が築けるとは思えん。

 しかもあの眼光……完全に敵意を抱いている。

「くっ……」

 おぞましい眼光に圧倒され、自然と身体が後ずさってしまう。生きているものとは思えない白い眼に睨まれるのも恐ろしいが、何より相手が自分達を殺そうとする意思が伝わってきて、絶体絶命の恐怖が冷たく脅かしてくる。

 こんな所で本当に遭遇するとは、運が悪いな……。

『ヴグゥ……!』

 イノシシが俺達の姿を見据え、何を思ったのか低く唸った。

 奴の目的は、捕食か排除か。

 どちらにせよ良くない状況だ。あの岩塊のような巨体をまともに受ければ、骨折や内臓破裂になるかもしれないし、湾刀みたいな鋭い牙にやられてしまえば軽傷じゃ済まされない……。
 今の自分達ではまともにやり合っても殺される。生存本能がそう語っている。

 ……けど、フィーリとレトは逃げるような様子を見せず、フゴフゴと鼻息を立てるイノシシと向き合ったままだ。

 両者は動かず。足を地面に縫い付けられてでもいるのか、イノシシはまだ襲ってこない。機を窺っているのか、フィーリ達から出る気迫がそうさせているのかはわからない。

「ここは危ないからシンジは隠れてて。こいつは私とレトがやっつける」

 やっつける……?

 盾を構えた状態のフィーリが、脇目も振らず信じられない事を言う。
 聞き違いかと思って最初は耳を疑った。

「おい、待てよ。あいつと戦うつもりか?」
「そうだけど?」
「んな……っ!?」

 聞き違いじゃなかった。
 紛れもなかった言葉に、驚愕が頭の中で爆発する。

「や、やめておけよ、その身体じゃ……!」

 とんでもない事を当然のように言ってるが、フィーリは隻腕だ。そんな状態で、しかも戦えそうな物が左腕に付けた盾だけなんて、あの頑強なモンスターに太刀打ちできるとは思えない。

 同じく戦う気のありそうなレトも張り合うには体格が小さすぎる。その小っこい身体で何が出来ると言うんだ?
 どちらともハンデがあるんじゃ、明らかに不利な状況だ。

「こ、ここは逃げようぜ? 隠れながら走れば助かるはずだって……っ」

 戦おうとするフィーリ達に、逃げるよう説得する。
 しかしフィーリは即座に「無理」と拒否した。

 どうして無理なのか、その理由を彼女は続けて言った。

「あいつの体当たりはそこらの木なんか簡単に薙ぎ倒しちゃうから。それに……ちょうどあいつを討伐するクエスト、、、、を受けてたの。むしろ好都合だよ」

 クエスト……? 

 トールキンここはモンスターが居れば、そいつらを討伐するクエストもあるのか。
 討伐クエストという事は、あいつを倒せば報酬が貰えるって事か。

 とは言っても、あんな奴……フィーリ達が倒せそうな相手じゃない……!

「シンジは戦える? 戦うすべは持ってるの? 実は魔術士ウィザードだったりする?」
「いや……違う……」
「そう。なら――引っ込んでいて」

 逃げる気のないフィーリはそんな事を聞き、戦える力が無い事を知ると、冷淡にも戦力外通告を告げてきた。

「そんなこと言ってる場合か……!」
「戦えないんじゃ、邪魔だから。足手まといになるし」
「…………っ」

 足手、まとい……。

 確かに……俺は戦う手段を持たない一般市民だ。
 争いとは無縁の環境で生き、喧嘩は指折り数えられる程度。体育の柔道はいつも投げられっぱなしのレベル。戦闘訓練なんてものは受けていないし、あんな怪物と戦う方法なんて身に付けているはずがない。実質、戦闘力ゼロだ。

「さっ、早く行くっ!」

 頑なにフィーリは逃げず、離れるよう急き立てた。

「ちくしょう……」

 わかってはいるが、だからと言ってこんな時に何も出来ないのは辛いな……。
 自分の無力さを認めざるを得なかった俺は、渋々フィーリの催促を呑む。踵を転じる足取りは重かった。

 イノシシに目を付けられないよう細心の注意を払い、近くにあった倒木に身を隠す。陰からフィーリ達の様子を覗くと、睨み合いがまだ続いていた。

 これがトールキンで起こっている光景なのか……。

 フィーリのような若い女が、人里を離れてモンスターの蔓延る場所へ足を踏み入れ戦う……。
 この世界はきっとファンタジーみたいにモンスターを討伐し、それで生計を立てて暮らしている人がいるんだろうな……。

 そんな厳しい現実をこうして見ると、心苦しいものを感じる。ファンタジーなら死んでもやり直せるが、現実リアルは死んでも生き返らない。一回でも死ねば人生がゲームオーバーだ。

『ブオッ、ブギイィィッ!!』

 留まっていたイノシシが荒ぶり、進攻。フィーリ達に狙いを定めて一直線に突進していった。

 戦闘が……始まった……!

 互いの生死を賭けたやり取りが、まさに今繰り広げられる。

 四本の蹄が、抉り取った地面を後にし、瞬く間に加速を得ていく。
 自動車並のスピードだ。あの速さで攻撃を受けたら、ひとたまりもない……!

「フィーリッ!!」

 四肢の生えた砲弾、、が、大気を蹴散らして二つのえものに吸い込まれていく。
 対してフィーリとレトは、まだ動かない。

 も、もうダメだ……!

 砲弾、、から伸びた凶刃が、フィーリ達に喰らい付こうとする。
 躱すのはもう絶望的だと思った…………その瞬間、



「大丈夫だよ、シンジ。こいつに勝てない程弱くないから――」



 緊迫した空気に溶けて声が耳朶に触れてきたかと思うと、大小二つの像が途端に揺らいだ。
 フィーリとレトが地面を蹴り、軽やかに砲弾、、を躱してみせたのだ。

 彼女達の間近を、牙が切り裂いていく。イノシシが得るはずだった手応えは空振りに終わる。その始終がスローモーションとなって鮮明に焼き付いた。
 
 見事な動きで避けた後、フィーリはすぐに――

「はあっっっ!!」

 一撃。
 当て損ね、通り過ぎようとするイノシシの長い横面を盾で殴打した。

「殴ったあ!?」

 深緑が占める空間フィールドに 悲痛な咆哮と金属を打ったような音が混じって弾ける。
 盾による打撃をお見舞いされたイノシシは大いに勢い余り、大地を耕して転がっていく。木にめり込んでやっと沈黙した。

「す、すげえ……」

 木に突っ込んだまま気絶しているイノシシの姿に、驚くことしかできない。いや……驚いたのは、あの一瞬で体当たりを躱し、さらに殴り飛ばしたフィーリの能力の方にだ。

 反射神経、卓越した動き、そして腕力……何もかもが秀でている。あの動き、普通の人間じゃなかなか出来ないぞ。

 見た目にすっかり騙された。どうやら俺はフィーリ達を甘く見ていたようだ。
 心の何処かで、女だから、隻腕だから、狼モドキだから、と侮っていたのかもしれない。

 だがこれを見せられて、さっきまで抱いていた軽侮も不安も消える。
 フィーリ達なら勝てる。そんな自信が芽吹いてきた。

『ブギ…………ブオォ!』

 ノビてたイノシシが意識を取り戻し、起き上がる。見た目に恥じないタフさだ。
 奴がまた立ったのを見て、フィーリも左腕の盾をもう一度構える。

 すると……盾に付いていた二枚の刃が回転し――キンッ、と。
 驚くことに、盾が一振りの剣を形成した。

「おおぉ……っ‼」

 意外過ぎる一面を晒した盾は、剣刃を付けた攻防一体型の武具。
 いわゆるシールドソード、、、、、、、だった。

 この状況で言うのはおかしいが、剣を出すとこ……すごくカッコいい。

「キュウゥッ!!」

 剣刃を展開したフィーリの傍を、レトが突風のように疾駆する。イノシシの目前まで素早く迫ると、奴が踏み潰そうとする前に跳躍した。

「キュウッ! キュキュウ!」

 大きな顔面に張り付き、小さな爪で引っ掻きまくるレト。体表に四本線を刻んではあちこち飛び跳ね、蹂躪していく。
 奴にとってレトの攻撃は大したものじゃないが、とにかく厄介そうだ。虫に何度も刺されているようなものだしな。

 実際にイノシシは鬱陶しそうに顔を振って、目障りに動き回る獣を剥がそうとする。だがレトもしぶとくへばり付きながら、爪痕を何度も刻み込んだ。

「レト!」

 レトの行動にはもう一つ目的があった。フィーリが来るまでの時間稼ぎだ。
 小さな抵抗の間に、フィーリが盾を懐に寄せたままダッシュする。剣刃が十分届く間合いに詰めた頃、レトが飛び跳ねて退いた。

 解放されたばかりのイノシシを歓迎したのは、フィーリのシールドソードだ。

「やあぁぁぁっ!」

 勇ましい掛け声と共に、剣刃が溜めの構えから一気に振り放たれた。
 大気を断つ、横一文字。惜しくも軌跡は寸でのところでイノシシが牙を使って受け止められてしまった。
 だが、衝撃を殺し切れなかったらしく巨体がわずかに揺らいだ。

 すかさずフィーリは第二波に転じ、イノシシの体力を削ろうとする。あっちもフィーリを排しようと、見た目にそぐわず器用に牙を振って応酬した。

 剣と牙の交錯。得物同士の擦れる音が何度も生まれては散っていく。
 フィーリは自分の手足のように自在に盾を振り回し、時には牙を回避しては盾で受け止め、攻防一体の戦闘スタイルでダメージを与えようと躍動を続ける。

 時に牙が彼女の顔を薙ごうとして肝を冷やされたが、フィーリはすれすれに躱してみせた。

「ふっ! たあぁっ!!」
『ブガアァァッ!!』

 人と獣の、互角な命の奪い合いたたかい。それは決して強くなかった頃の人類が自身の生存を賭けて強大な獣に立ち向かう様を想像させる。
 そんな緊張感の漂う死闘に、倒木の陰から見守っていた俺はいつしか視線を釘付けにされていた。鼓動の速い音も伝わってくる。

 ここで少しでも怯んだ方が敗北……つまり死に直結するだろう。
 フィーリが負けるはずが無いが、もしかしたら……などとまさかの事態を考えてしまうと、心臓がきゅうっと締め付ける。

「キュキュッ!」

 一旦引き下がっていたレトがいきなり飛び出した。フィーリが攻撃しては、次が来るまでのわずかな合間を縫って引っ掻き攻撃を与える。それもフィーリの気が散らないような程度に。

 フィーリもレトがすぐ退くのを解っていて構わず攻撃を繰り出しているようだ。
 イノシシはレトの妨害を受け、上手く攻撃を与えることが出来ない。

 斬り。引っ掻き。牙。回し斬り。引っ掻き。牙。刺突。引っ掻き。

 すごいコンビネーションだ……。
 レトは戦闘に慣れているだけでなく、フィーリとの連携も完璧だ。
 ただの主人とペットの関係じゃこんな動きは出来ない。きっとフィーリ達の絆が深いんだろうな。

『ブオッ……グ……ブギ……ッ』

 フィーリ達の連携攻撃を受け続け、押されていくイノシシ。巨体の動きも防戦一方だ。
 特徴的な二本の牙はもはや相手を害する物ではなく、相手の攻撃から自分を守る為だけのものに変わっていた。今となってはそれすらも頼りなく見える。

 間隙を与えない連撃に圧倒され、疲弊が溜まったのか――イノシシに大きな隙が生まれた。
 その隙は、そこから離れていた俺が見ても明らかだった。


 今だ――!


「はあっっっ!!」

 意思の叫びに応えるように、シールドソードが鋭く振り上がる――!

『ブギャウウウゥゥゥゥ……ッ!!』

 軌跡が煌めき、一閃。それが決め手となった。

 白黒の巨体が雄叫びを響かせ、舞い上がる。
 一瞬何が起こったのか捉えきれなかったが、程なくしてイノシシの急所を薙いだのだと理解した。

 大きな裂傷が生まれ、異常に黒い血――おかげでグロテスクに見えなかった――が宙高く迸る。それから大地に悲鳴を轟かせて力なく横たわった。

 倒れたイノシシは……動かない。何度か痙攣を繰り返すだけで再起する様子は一切なかった。

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