異世界を創って神様になったけど実際は甘くないようです。

ヨルベス

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第一章 出立

第20話 エンカウント2

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 今の咆哮こえは断末魔……? ということは、死んだのか……。

「……よしっ。おーい、もう終わったよー」

 沈黙した敵を前に、フィーリは二つに分かれた剣刃を収め、危険が無いことを伝えてくれた。
 怪我は無く、乱れた金糸を梳く彼女の姿は余裕そうな雰囲気が漂っていた。

「あ、あぁ……」

 彼女達のところへ行きたいが、足がなかなか進まない。
 一仕事片づけたみたいに言ってるが、モンスターが本当に死んでいるのか、実はまだ生きているんじゃないかという不安が悶々と渦巻いてたからだ。

 半信半疑のまま、それでもと無理やり足を動かして近付いてみると……イノシシは痙攣すらもしなくなっていた。
 息は……していないな。どこからどう見てもただの屍だ。はぁー、良かった。

 それにしても……こんなバケモノを倒すなんて凄いな。異世界とはいえ、こんな強そうなモンスターを倒すなんて同じ人間なのか疑いたくなる。
 あと、あの狼モドキもなかなか出来るな。

「フィーリ達は強いんだな。意外だったよ」
「意外ぃ~? それって、私たちが弱そうって思ってたってこと?」

 安堵混じりに話しかけると、気にくわないところがあったらしく、フィーリは機嫌を損ねてしまった。
 やばっ、余計なことを言っちゃったか……?

「ふーん? そのいっがあぁぁぁい、、、、、、、、に強かった人に守られてたのはどこの誰かなぁぁぁー?」

 妙に語気に力を込め、ジト目で睨んでくるフィーリ。
 凛々しい顔がじりじりと近付き、圧を浴びせてくる……。

「ねえ、シンジ~?」
「うぐ……っ」

 けれど怒ってるとか拗ねた様子とかはなく、むしろ失言を吐いて気まずくなっている俺の反応を愉しんでニヤけていた。
 足元ではレトが、てしってしっ、と前脚を器用に突き出して攻撃してくる。弱そうって言った事に対する報復のつもりか。

「すまん……正直、かないっこないと思ってたんだ……」

 状況に圧迫され、俺は仕方なく――いやきっとそうするべきだと――心の内に募っていた思いを打ち明けた。

「シンジ……」
「フィーリはその……右腕が無いからマトモに戦えるとは思えなくて……」 
「…………」
「だから、お前がモンスターと戦ってるのを端から見て、殺されるんじゃないかとずっとハラハラしてた……」
「ふむふむ、そっかぁ。心配してくれてありがと、シンジ」

 瞠り、途中から真摯に清聴してたフィーリは、なるほどと言わんばかりに相槌を打ち……嬉しそうに相好を崩してみせた。
 それに釣られ、心がちょっとだけ軽くなった気がした。きっと表情も綻ばせているだろう。

「さっきはヤな言い方してゴメンね?」
「い、いやぁ~、悪いのは俺の方さ。見くびってたのはホントなんだし」

 フィーリが軽く謝ってくるのを、照れ臭い思いに纏わり付かれながら応える。
 普段はこんな会話した事無いから気恥ずかしいなあ……でも、せっかく異世界に居るんだし、新学期デビューのつもりで自分を変えていけばいいか。




「やはり間近で見ても不気味だな。こんなのがそこら中に居るのか……」

 時が少し経ち、俺はさっきまでフィーリ達と戦ったばかりの、今はもう全く生気の無いしたいに目を配り、その姿形と戦闘で見せた凶暴性に改めて脅威を抱いていた。

 普通の動物とはかけ離れた、このいびつな生き物があの木々の向こうに潜んでいると思うと怖気が走ってくるな。

「モンスターはね、普通の生き物じゃないんだ。種族が違っても共同で襲ってくるの」

 共同で……こいつ一体でも恐ろしいのに複数で襲われたら最悪だな……。

 よくフィクションで見るモンスターは、何故か違う生き物達が協力してプレイヤーに襲いかかってくる事あるもんな。でもそれはあくまで演出の都合上での話だ。現実にそんな事はあり得ない。

 まさしくファンタジーみたいな世界だ。まあ俺が似せて創ったんだけど、モンスターまで創った覚えはない。

「厄介よね。油断してたら家畜もやられるし。だから私たちが討伐してやる必要があるんだ」
「……」

 トールキンここはモンスターが及ぼす被害が問題になっているんだな。それだけ脅威という事か……。

 これはうかうかしていられないな。なんたって、ここはモンスターが蔓延っているんだからな。いつまでも居たくない。
 フィーリ達は強いが、それも永久的には続かないからな。さっさと離れないと。

「フィーリ、早くここを……ん……?」

 あれ……いない……?

 先へ急ごうと言おうとした時、傍に居たはずのフィーリは忽然と消えていた。
 いつの間にか姿を消したフィーリを探して辺りを見回す。周囲は脚を使って身体を掻いているレトがいるだけで、求めていた像を捉えることができない。

 ……が、彼女を見つけるのに時間は掛からなかった。

「…………」

 フィーリは、死骸の前で膝を折っていた。
 何かしているらしいが、後ろ姿ではよくわからない。

「フィーリ……? 何をやっているんだ……?」

 近くへ来ると、フィーリはおそらくショルダーバッグから取り出したと思われるナイフをイノシシの肉体に突き通していた。
 何度もナイフをキチキチと小刻みに動かしては抉り続けている。

「見たらわかるでしょ。クエスト達成に必要な証拠アイテムを取り出してるの。それと素材になる皮の剥ぎ取りね」

 おお、なるほど。

 確かにクエストをクリアするには、証拠になるアイテムは必要だ。
 倒したーって言っても証明できる物が無いんじゃ意味がない。どうやらこの異世界はモンスターを倒したら自動でカウントしてくれる超便利アイテムは無いみたいだ。

 モンスターの身体から出てくる素材は、売ればそれなりの金が貰える。クエストの報酬と合わせれば食べ物に困らない……って、

「悠長な事をしている場合かぁー!」
「わっ……ちょっと、大声出さないでよ。手元が狂って怪我したらどうするの?」
「そんな事は今はどうでもいい! 早く行かないと……!」
「まあまあ、そう焦らないの。シンジも手伝ってよ。せっかくだからコイツの牙を持って帰って」
「はあ……?」

 まさか……このデカいのをか……!?

「いやー、シンジが居てくれて助かったわー。エッジボアの牙って結構な額で売れるんだけど、ほらこの身体じゃん? 左腕だけじゃ多くは運べないし、いつもは何個か諦めて放置するしかなかったんだよねー」
「バッカ……! こんなの持っていけるか! 途中でモンスターに襲われたらどうするんだ!」
「いいからいいから。ほら、早く手伝って。あ、持つ時は内側ね。こっち持つと手を怪我しちゃうから」
「呑気な事を言うなあぁぁぁぁっ!」

 フィーリはアイテムの収集に徹するばかりで、言う事を聞いてくれない。
 いつモンスターが襲ってくるかわからない状況の中、依然としてナイフを刻み続ける彼女の様子に焦燥が燃焼し始めた。

『――ブゴォ!』
「ひっ!?」

 引っ張ってでもフィーリを連れて行こうとしたその時、聞くも不愉快な鳴き声が耳朶に飛んできた。
 その声に鞭打たれたように身体がビクリと跳ね上がる。

「ブオォォォ!」

 陰から現れてきたのは、傍で息絶えている死骸と同じ姿をした――違うところがあるとすれば、牙の形状ぐらいだろうか――イノシシだった。

 ほらこうなったじゃないかあぁぁぁ!!

「ふぃ、フィーリッ! モンスターだ! またモンスターが出てきたあぁぁ!」
「あーもー、仕方ないなあ。こういう時に出てくるのが面倒なんだよねー」

『ブガアァァ!』
『ブホッ、ブグウゥ……』
「「 !? 」」

 歪な獣の鳴き声は一匹だけじゃなかった。
 なんと背後からも遅れて二匹のイノシシが新たに姿を見せたのだ。
 
 今度は三匹かよ……!
 
 イノシシ達は、それぞれ別方向から包囲網を作り迫ってくる。こいつら、死んだ個体ヤツ断末魔の悲鳴こえを聞いてここに辿り着いたのか?

「キュウッ!」
「か、囲まれた……!」

 三角形の包囲の中に居た俺達は背中を向け合い、それぞれの個体を見張る。これは……迂闊に動けそうにない。もし逃げようとすれば、イノシシ達が後を追いかけて来て殺されるかもしれない。

「……まずいね。これは」

 フィーリも不安を煽るような事を言っている。三匹も相手取るのはさすがに厳しいらしい。
 そんな割とまずい状況に、悪寒が身を包む。

「シンジ、これを……」

 悲観的なこの状況をどうやって潜り抜くか自分なりに考えを巡らせていると、隣からフィーリが何かを手に渡してくれた。

 それは、全長十センチ前後の武器――ナイフだった。

「え……」
「戦闘用じゃないけど、使って」
「んな……!? これで……!?」
「いい? 私は出来るだけシンジを守ってみせる。でも三体も相手するから守り切れる保証はできない。アイツらが襲ってきたら、これで自分を守るんだよ」

 それだけ言うと、フィーリはイノシシ達に向き、盾を構えた。

 自分を守れって、このナイフ一本でかぁ……!?
 嘘だろ。何かの冗談か? フィーリのシールドソードに対してあまり威力が無さそうだ。

「……」

 ナイフとイノシシをそれぞれ見る。あの自前の得物と比べると、手持ちの武器ナイフがあまりにちっぽけで可哀そうなくらい頼りなく映った。

 このナイフは道具用だろう。ダガーやミリタリーナイフのような戦闘用に特化したものじゃないはずだ。
 ていうかこのナイフ、黒いのがこびり付いてるぞ! これはさっきフィーリが素材集めに使っていたナイフじゃないか!

 こんなものでどうやって自分を守れって言うんだ! 現実世界こっちだって今日日ナイフでイノシシと戦う奴はそうそういないぞ!

「あ、あのさぁ……」
「行くよ、レト!」
「キュッ!」
「はっ!? ちょ……!」

 ナイフよりも良さげな武器を求めようとした途端、フィーリとレトが駆け出して行った。

 あぁっ! ちょっと待ってくれえぇぇぇっ!! フィーリさん行かないでえぇぇぇ!!

 心の叫びも届かず彼女達の姿は小さくなり、三匹の内の一匹に突撃していく。
 先陣を切っているのは、フィーリだった。

「やあぁぁぁ!」
『ブギャッ!?』

 地を蹴り、擦れ違いざまに――鋭い一閃。
 滝の流れさえ断ち切れそうな華麗な斬撃で薙がれた個体はすぐさま失速し、大地に大きな溝を作って動かなくなった。

「お、おぉ……っ!」

 今の攻撃は……ゲームによくある会心の一撃クリティカルヒットを繰り出したんだ!
 よしっ! まず一匹倒した! これであと二匹だ!

 イノシシ達の包囲網はフィーリ達に蹂躪され、あっという間に崩れた。
 一匹倒したフィーリはレトを連れ、残りの二匹を倒そうとまた駆け出す。

 その一方で俺は何も出来ずにその場に立っていたままだった。いや、出来ないというよりも何もする必要が無いのが合ってるか。

 これなら大丈夫。フィーリとレトが、アイツらをそのうち全員倒してくれる。
 モンスターと戦う時など来ないはずだ。そうに決まっている……!

「キャウ! キュウゥ!」
「たあぁっ!」

 戦いの喧騒が、緑映える傍近を侵していく。
 俺はナイフを握り締め、攻撃の届きにくい安全そうな場所へ移動する。今出来る事は彼女達を邪魔せず、避難する事だけだ。

 戦闘状況は……良いな。フィーリとレトが二匹を上手く相手取っている。最初はヤバい状況だったけど、これなら遠からずフィーリ達が勝つだろうな。

『グゥ……ッ』
「!!」

 背後から浴びせられる、異形の声。空気が急激に冷たくなったような気がした。
 
 まさか……またイノシシが出てきた……!?
 
 おぞましい声の方に振り向くと……あり得ない事に、さっきクリティカルヒットを喰らって死んだはずの個体が、よろめきながらも立ち上がったのだ。

「な……う、うあぁっ!」

 こいつ、まだ死んでないっ! さっきの攻撃で倒し切れてなかったのか!

「シンジ!? くっ……っ……もうっ、しつこい……!」

 それは、離れていた場所で躍動していたフィーリ達にも見えたらしい。
 再び身体を起こしたイノシシは一番近くにいた俺をその白い眼に捉えると、まだ戦う気があるのか咆哮を轟かせる。

 フィーリやレトが助けに向かおうとするが、イノシシ二匹がそこから先へ行かせまいと厚い壁となって阻んでいた。身体の小さいレトすらも進めない程だ。

 あっちは一人と一匹対モンスター二匹。こっちは一人対モンスター一匹。
 俺達は見事に分断されていた。

「あぁ……う、嘘だろぉ……!」
「シンジ!」

 かたやモンスターと戦い慣れている討伐者。かたやナイフしかない木偶の坊やくたたず
 戦闘力の無い一般人がモンスターに敵う道理は…………無い。

「ブグッ……ブギャアオォォォォォォォォ!!』

 目の前に立ちはだかるイノシシが、残り僅かな命を賭けて突進を始めた――!

「ひ……うあ、あぁぁ……っ!」

 命を振り絞ったイノシシの壮絶な気迫に圧倒され、戦慄。自分の中で何かが完全に弾けた。
 戦意喪失。怖気づいた俺は情けない声を上げ、身を翻す。フィーリ達の事も忘れ、ただ自分の命惜しさにひたすら逃げ出した。

 だがそれが良くなかった。運動不足な自分の足では、到底イノシシから逃げ切れるはずもなかった。

「避けてっ!!」
「!」

 背後から飛んでくる悲鳴染みた声。
 危険を知らせるフィーリの叫びは――直後、左腕に襲ってきた鋭い痛みにかき消された。
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