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第一章 出立
第47話 羽ばたきの決意
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長い一晩が過ぎた。
空は昨夜の雨が嘘みたいに雲一つ無い快晴だった。
何もする気の起きない俺は、荷物――白い鳩の入った鳥籠と花と何かが入った荷袋だ――を持ったメアさんに連れられ後をただ歩いていく。
街を出た先に辿り着いたそこは、ある女性が気に入っていた場所。
憩いを身に受け、歌を歌い、そして……最期を迎えた地だ。
「あ……」
クスノキの前には一つの墓標がある。
墓には……フィーリの名が記されてあった。
これは、フィーリの……。
既にたくさんの花が置かれていた。
この花たちはフィーリへの感謝。彼女に支えられ、頼ってきた者達からの信頼と敬愛の証だ。
数々の花で分かる。彼女の葬式でどれだけの人が来てくれたのかを。
こうして前に立っていると強く感じる。
悪夢なんかじゃない。本当にフィーリは死んだんだ。
早過ぎる死。突然に訪れてしまった死。
不慮の死を被ったフィーリが地面の下で眠ってると思うと胸が締め付けられる。
干からびてるはずだったのに、やるせない想いが氾濫を起こした。
「っ……ごめん……」
脚が力を失い、弱々しく俯く。溢れる感情を抑えきれない。
頬を温かいものが伝い落ち、草地を濡らす。
どうしようもなく、ただ咽び泣く。
こんなに誰かの為に泣いた事はない。他人の為にこれほどの涙を流したのは初めてだ。
ましてや死を悼むなど……っ。
「フィーリちゃんはこの樹が好きだからねえ。お墓はここに建てようってお願いしたの」
傍らでメアさんが労わるように語りかける。
その優しさは、ぼろぼろと零れる涙は親しき者に対する当然の感情と言ってくれてるような気がした。
「……フィーリちゃんね、とっても綺麗な笑顔をしてたのよ。よっぽどシンジちゃんに看取られて嬉しかったのね」
「っ……そんなはずは……」
本当にそうだったのだろうか。
フィーリが死んでからは一度も顔を見ていない。いや、見れなかったんだ。
守れなかった命を、大切な者が息を引き取ったのを認めたくなくて……。
看取られて嬉しかった事には懐疑的だ。実は苦しかったとか、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないのかとか、そういった感情が渦巻いてたのでないか。
今となってはもう確かめられない。
確かめられないが、メアさんの言ってる事は受け入れ難い。
「俺は……何もしてやれなかった。葬式も出なかったし」
「だから連れて来たのよ。シンジちゃんにお別れを言って欲しくて。フィーリちゃんもきっと望んでるから」
涙でくしゃくしゃになった顔を上げると、メアさんが笑顔で迎えた。
大事な人の墓前であっても曇りのない表情だ。
『だからね……ありがとう。私に会ってくれて……』
記憶からよみがえるフィーリの幻声。死の直前に呟いたそれは安堵があった。
恐怖や苦痛に克っていて、希望みたいなものを含んでいた。
……きっと、メアさんの言葉は本当だ。
でなきゃあの時の言葉は易々と言えないから。
「ちゃんと、お別れをしましょうね」
晴れやかな表情に力付けられる。曇りなき優しさが疑心を取り払ってくれる。
そうだ。フィーリに別れを告げなきゃ。
哀惜だけでなく、「ありがとう」って感謝も伝えて。
自分の手で花を置いた後、メアさんが鳥籠の扉を開けて欲しいと促す。
どういう事か分からず、一応頼まれた通りに開ける。
解放された鳩は空へ飛び立ち、小さく白い点となって青空の彼方に吸い込まれていった。
「白い鳩はソール様の使いと言われてるわ。亡くなった人の魂を乗せてソール様の元へ送ってもらうのよ」
姿が消えるまで見届けたメアさんが白鳩を放した意味を話してくれた。
ソール教の風習らしく、誰かが亡くなった時にはこれをやる。ソール教の風習ってことはパニティア中でやっているのだろう。
生の終わった魂はソールの居る場所ではなくイザナグゥへ向かう事を俺は知っている。
イザナグゥへ向かい、ソランジュに。
ソールの元に収められたフィーリの魂は、来世はどんな人生を送るのか。
考えても意味の無い事だが、より良いものになると信じたい。
「そうそう。フィーリちゃんね、貴方に渡したい物があったのよ」
「フィーリが……?」
鳥籠と一緒に持ってきた荷袋の中から箱らしきものを取り出すメアさん。
「これ……」
渡された箱を開ける。
中に収められていたのは――ダガーだった。
自分が購入したものに比べてやや小さくも凝った造形が素人目でも分かった。
鏡のような白銀の刃をじっくりと注視する。側面を走る反射光は清流に映るそれと同じ。戦闘用の物でありながら芸術の域に入っている。
しっかりと鍛え抜かれた姿に目を奪われてしまう。感嘆の息が出そうだ。
「あの子がね、シンジちゃんの為に用意してくれたの。詳しくはないけど、きっと高価な品ね」
ダガーの傍には一枚の紙が添えられていた。
手に取り、確認すると――
『宝の持ち腐れって言葉知ってる?
シンジはそんな事しちゃダメだよ』
手書きで短い文が書かれている。フィーリの直筆だ。
なんとも彼女らしいメッセージ。見守ってくれてるような感覚が生まれ、暖かいものが湧いてくる。
「ほら、シンジちゃんが旅に出ると言ってた日があったでしょう?」
リージュに来て翌日、確かに俺は言った。
居なくなった大精神達のこと、マーニのこと、イザナグゥのこと……やるべき事があったからだ。
だが旅に出るには実力が見合わないと判断し、旅に出てはならないとフィーリは真っ向から否定した。
その後、俺がいない時にメアさんに話していたらしい。
いつかリージュの外へ行く俺に何かしてあげたい、と。
ひそかに動いていたんだ。いつか来る出発の時に備えて。
今なら何となく分かる気がする。
単独で討伐に赴いていたのはこれを用意する為でもあったんだ。
「それでね、フィーリちゃんのお部屋を片付けている時にこれが出てきたのよ」
「フィーリ……」
俺なんかの為にここまで……。
またも湿り気を帯びた目元を拭う。
いつまでも落ち込んではいられないな……。
これは持ち腐れにはしない。絶対に使いこなしてみせる。
そして……俺も腐っているのはやめよう。
「そろそろ行くのね?」
「ああ、近いうちに必ず。いつまでもリージュに留まる事も出来ないし」
「寂しくなるわねえ。レトちゃんも居なくなっちゃったから。私も頑張らなくちゃね」
「あいつは……きっと帰ってくるはずさ……」
実を言うとレトは家に居なかった。
葬式の後に姿を消したようで、昨夜俺と会ったのが最後となっている。
そのうち帰ってくるのかもしれないが、もしかしたらこのまま……。
フィーリを喪ったレトはリージュを去り、新しい居場所を求めて旅立った可能性もあり得る。なんとなくではあるが。
会えないと思ったら少しは寂しく感じるな。別れの挨拶をしておくつもりだったが、これじゃ無理か。
もしどこかでまた会えたら帰るよう言っておこう。
会えたら、な……。
叶うか分からない、けれど叶って欲しくもある。
そんな日に淡い期待を込め――再び墓標に立ち向かう。今度は毅然たる態度で。
「ありがとう、フィーリ」
生き返ったような感覚が全身に巡っている。フィーリのおかげだ。
涙はもう出し尽くした。
たくさん悲しんだんだ。なら、それ以上に目一杯生きなきゃな。
それが生き残っている者の義務だ。
俺はまだ生きている。心が生きなきゃと言っている。
生きてる限り自分の役目を果たす。まだ折れるつもりはない。
近くリージュを去るが、さよならという言葉は敢えて言わないでおく。
果てしない旅路の先に機会はあるのだから。
いつか――また。
全てが終わったらこの地を訪れよう。その時は今より強い自分になって。
「――行ってくるよ」
墓標に向かって放った言葉は、長き道程を必ずや踏破してみせる誓い。
約束じみた一時の別れを、胸の内に固めた決意と共に告げた。
《アイテム》
『シルバーダガー(強化レベル:2)』
・特殊な鉱石『オーリス』を加えて作られた銀のダガー。
通常より攻撃力があり、耐久性が高い。
空は昨夜の雨が嘘みたいに雲一つ無い快晴だった。
何もする気の起きない俺は、荷物――白い鳩の入った鳥籠と花と何かが入った荷袋だ――を持ったメアさんに連れられ後をただ歩いていく。
街を出た先に辿り着いたそこは、ある女性が気に入っていた場所。
憩いを身に受け、歌を歌い、そして……最期を迎えた地だ。
「あ……」
クスノキの前には一つの墓標がある。
墓には……フィーリの名が記されてあった。
これは、フィーリの……。
既にたくさんの花が置かれていた。
この花たちはフィーリへの感謝。彼女に支えられ、頼ってきた者達からの信頼と敬愛の証だ。
数々の花で分かる。彼女の葬式でどれだけの人が来てくれたのかを。
こうして前に立っていると強く感じる。
悪夢なんかじゃない。本当にフィーリは死んだんだ。
早過ぎる死。突然に訪れてしまった死。
不慮の死を被ったフィーリが地面の下で眠ってると思うと胸が締め付けられる。
干からびてるはずだったのに、やるせない想いが氾濫を起こした。
「っ……ごめん……」
脚が力を失い、弱々しく俯く。溢れる感情を抑えきれない。
頬を温かいものが伝い落ち、草地を濡らす。
どうしようもなく、ただ咽び泣く。
こんなに誰かの為に泣いた事はない。他人の為にこれほどの涙を流したのは初めてだ。
ましてや死を悼むなど……っ。
「フィーリちゃんはこの樹が好きだからねえ。お墓はここに建てようってお願いしたの」
傍らでメアさんが労わるように語りかける。
その優しさは、ぼろぼろと零れる涙は親しき者に対する当然の感情と言ってくれてるような気がした。
「……フィーリちゃんね、とっても綺麗な笑顔をしてたのよ。よっぽどシンジちゃんに看取られて嬉しかったのね」
「っ……そんなはずは……」
本当にそうだったのだろうか。
フィーリが死んでからは一度も顔を見ていない。いや、見れなかったんだ。
守れなかった命を、大切な者が息を引き取ったのを認めたくなくて……。
看取られて嬉しかった事には懐疑的だ。実は苦しかったとか、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないのかとか、そういった感情が渦巻いてたのでないか。
今となってはもう確かめられない。
確かめられないが、メアさんの言ってる事は受け入れ難い。
「俺は……何もしてやれなかった。葬式も出なかったし」
「だから連れて来たのよ。シンジちゃんにお別れを言って欲しくて。フィーリちゃんもきっと望んでるから」
涙でくしゃくしゃになった顔を上げると、メアさんが笑顔で迎えた。
大事な人の墓前であっても曇りのない表情だ。
『だからね……ありがとう。私に会ってくれて……』
記憶からよみがえるフィーリの幻声。死の直前に呟いたそれは安堵があった。
恐怖や苦痛に克っていて、希望みたいなものを含んでいた。
……きっと、メアさんの言葉は本当だ。
でなきゃあの時の言葉は易々と言えないから。
「ちゃんと、お別れをしましょうね」
晴れやかな表情に力付けられる。曇りなき優しさが疑心を取り払ってくれる。
そうだ。フィーリに別れを告げなきゃ。
哀惜だけでなく、「ありがとう」って感謝も伝えて。
自分の手で花を置いた後、メアさんが鳥籠の扉を開けて欲しいと促す。
どういう事か分からず、一応頼まれた通りに開ける。
解放された鳩は空へ飛び立ち、小さく白い点となって青空の彼方に吸い込まれていった。
「白い鳩はソール様の使いと言われてるわ。亡くなった人の魂を乗せてソール様の元へ送ってもらうのよ」
姿が消えるまで見届けたメアさんが白鳩を放した意味を話してくれた。
ソール教の風習らしく、誰かが亡くなった時にはこれをやる。ソール教の風習ってことはパニティア中でやっているのだろう。
生の終わった魂はソールの居る場所ではなくイザナグゥへ向かう事を俺は知っている。
イザナグゥへ向かい、ソランジュに。
ソールの元に収められたフィーリの魂は、来世はどんな人生を送るのか。
考えても意味の無い事だが、より良いものになると信じたい。
「そうそう。フィーリちゃんね、貴方に渡したい物があったのよ」
「フィーリが……?」
鳥籠と一緒に持ってきた荷袋の中から箱らしきものを取り出すメアさん。
「これ……」
渡された箱を開ける。
中に収められていたのは――ダガーだった。
自分が購入したものに比べてやや小さくも凝った造形が素人目でも分かった。
鏡のような白銀の刃をじっくりと注視する。側面を走る反射光は清流に映るそれと同じ。戦闘用の物でありながら芸術の域に入っている。
しっかりと鍛え抜かれた姿に目を奪われてしまう。感嘆の息が出そうだ。
「あの子がね、シンジちゃんの為に用意してくれたの。詳しくはないけど、きっと高価な品ね」
ダガーの傍には一枚の紙が添えられていた。
手に取り、確認すると――
『宝の持ち腐れって言葉知ってる?
シンジはそんな事しちゃダメだよ』
手書きで短い文が書かれている。フィーリの直筆だ。
なんとも彼女らしいメッセージ。見守ってくれてるような感覚が生まれ、暖かいものが湧いてくる。
「ほら、シンジちゃんが旅に出ると言ってた日があったでしょう?」
リージュに来て翌日、確かに俺は言った。
居なくなった大精神達のこと、マーニのこと、イザナグゥのこと……やるべき事があったからだ。
だが旅に出るには実力が見合わないと判断し、旅に出てはならないとフィーリは真っ向から否定した。
その後、俺がいない時にメアさんに話していたらしい。
いつかリージュの外へ行く俺に何かしてあげたい、と。
ひそかに動いていたんだ。いつか来る出発の時に備えて。
今なら何となく分かる気がする。
単独で討伐に赴いていたのはこれを用意する為でもあったんだ。
「それでね、フィーリちゃんのお部屋を片付けている時にこれが出てきたのよ」
「フィーリ……」
俺なんかの為にここまで……。
またも湿り気を帯びた目元を拭う。
いつまでも落ち込んではいられないな……。
これは持ち腐れにはしない。絶対に使いこなしてみせる。
そして……俺も腐っているのはやめよう。
「そろそろ行くのね?」
「ああ、近いうちに必ず。いつまでもリージュに留まる事も出来ないし」
「寂しくなるわねえ。レトちゃんも居なくなっちゃったから。私も頑張らなくちゃね」
「あいつは……きっと帰ってくるはずさ……」
実を言うとレトは家に居なかった。
葬式の後に姿を消したようで、昨夜俺と会ったのが最後となっている。
そのうち帰ってくるのかもしれないが、もしかしたらこのまま……。
フィーリを喪ったレトはリージュを去り、新しい居場所を求めて旅立った可能性もあり得る。なんとなくではあるが。
会えないと思ったら少しは寂しく感じるな。別れの挨拶をしておくつもりだったが、これじゃ無理か。
もしどこかでまた会えたら帰るよう言っておこう。
会えたら、な……。
叶うか分からない、けれど叶って欲しくもある。
そんな日に淡い期待を込め――再び墓標に立ち向かう。今度は毅然たる態度で。
「ありがとう、フィーリ」
生き返ったような感覚が全身に巡っている。フィーリのおかげだ。
涙はもう出し尽くした。
たくさん悲しんだんだ。なら、それ以上に目一杯生きなきゃな。
それが生き残っている者の義務だ。
俺はまだ生きている。心が生きなきゃと言っている。
生きてる限り自分の役目を果たす。まだ折れるつもりはない。
近くリージュを去るが、さよならという言葉は敢えて言わないでおく。
果てしない旅路の先に機会はあるのだから。
いつか――また。
全てが終わったらこの地を訪れよう。その時は今より強い自分になって。
「――行ってくるよ」
墓標に向かって放った言葉は、長き道程を必ずや踏破してみせる誓い。
約束じみた一時の別れを、胸の内に固めた決意と共に告げた。
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