異世界を創って神様になったけど実際は甘くないようです。

ヨルベス

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第二章 その魂、奮い立つ

第73話 正体

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 超殴打、、、が爆裂した──。


 杖先で生まれた超パワーを受け、シュヴェルタルが吹っ飛び、岩壁に余波を伝播させてキャッチされる。

 洞窟の天井が小石を降らせる程の凄まじい衝撃を喰らったシュヴェルタル。常人なら死んでもおかしくはないが、まだ息はあった。
 死んでないにしろ、もう動けない……はずだが、それでも尚起き上がり、痛みに震えた足取りでゆっくり迫る。

 コイツ、まだ戦う気か……!

 タフネスにも進み出す敵に、緊張の糸が張り巡らされる。俺もテレサも警戒し、シュヴェルタルの動向を見張った。

 一歩、一歩進む……が、足は止まり、その身がふらっと崩れ落ちた。

「や、やりました……?」
「そのようだな」

 合間に寄ってきたカルドが、きっぱりと断ずる。
 蓄積した痛みと闘っているシュヴェルタルは、地面に突き刺した剣を支えに立ち上がろうとするが、ひどく疲弊した状態ではそれも叶わない有様だ。

 緊張が解け、穏やかに零れる吐息。大役を果たしたテレサに安堵が訪れる。
 まだシュヴェルタルは死んでないのだが……テレサにつられて、つい張り詰めた気が緩んだ。

「本当に動けないみたいですね。良かったです」
「気を抜くんじゃない。害を及ぼせる状態じゃないが……どうする?」
「じゃあ最後はカルドにやってもらおうかな」

 トドメ役にカルドを指名。討ってやろうとして、もし咄嗟に反撃されたら危険だ。ここは反撃されても対応できる彼に任せよう。

「わかった……」

 剣を利き手に、カルドが最後の一撃を与えに向かう。
 厳しかった戦いが終わろうとする。ようやくシュヴェルタルを討ち取れる。

 証拠となるアイテムを手に入れて、村に戻ってクエスト案内所に報告。そして報酬ゲットだ。
 ロザリーヌに渡す金が用意でき、テレサの問題も解決する。
 ココルでの生活も終わりか。少し寂しくなるが、歩みは止められない。

 さあ、カルドよ。最後を締め括ってやれ。

 息の根を止めようとするカルドの足が、シュヴェルタルの所へ半分ほど距離を詰める。


 瞬間、横から謎の黒い影が急に飛び出し、カルドに襲いかかった。

「っ……今のは何だ?」

 それが害を与えるよりカルドの行動が速く、すぐに両手剣に斬られる。カルドを甘んじて襲い掛かった影は二つに分かれた後、支えを失った積み木のように瓦解し、地面に散らばった。

 突然の襲撃者……の成れの果てに、カルドはともかく俺達も腑に落ちずにいた。

 あれは……破片?

 これまでに倒したモンスターとは違う散り際だ。その最期は何というか、血肉が纏っているのを感じなかった。
 いとも脆く、本当に生物だったのかと疑いの余地が入る。大小の石のような物体にレトが近づき、あれこれ見て「キュー?」と首を傾げた。

 あの細長いのは、まさか……骨か?

 バラバラになっているが、手、足、胴体、下半身と思わしきパーツがある。
 極めつけは目玉の無く、それでも恨めしそうな形相を残した頭蓋骨。長いこと見ていたくはないが、人らしき型の死骸は不可解な特徴があった。

 どれも骨、骨、骨。ほとんど骨。皮と肉も付いているには付いてるが、申し訳程度のもの。筋肉の無い状態で歩行や動作がよく出来たものだ。

 気になったのは一部の形状。指先や肋骨の先は刺々しく、人のそれとは形が異なっていて攻撃的ともいえる形状だ。これの元が何の生物だったのか想像に難い。

「骨ですよね? どうして骨が動いたのでしょうか?」
「多分これは……スケルトンか?」
「すけるとん?」

 総評から、その単語が思い当たった。

 スケルトンという、RPGとかに出てくるエネミーをご存じだろうか?
 人の骨格標本みたいな姿をして、プレイヤーを攻撃してくる敵。アレにすごく似ている。もっと細かく言うと、目の前のそれはゾンビが腐りに腐りかけてスケルトンになりかけた状態だ。

 これまた初めて見たモンスター。大したことにならなくて良かったのだが、何故か第六感が警告を促している。

「……嫌な予感がする」
「へ?」
「カルド、早くアイツを……」

 不安の種が芽となる前に取り除こうとして、カルドを急かした時だった。
 乾いていて軽い音がいくつも発生する。間に合わなかったようだ。

「また出た……!」

 闇からまた現れる骨格標本のモンスター。しかも数体……十を越えている。
 目玉が無い──有る個体もいるが機能してるか怪しい──のに、視覚を持っているかのように俺達を凝視する。

 スケルトン達が筋肉の無い身体をカタカタと動かし、骨の噛み合う嫌な音をたてて迫ってきた。

「来るぞっ!」
「うおっと! なんだコイツら!?」

 持っていた剣や槍で攻撃してくるが、意外と動きは一般人並みかそれ以下。というか、下手くそがめちゃくちゃに攻撃するだけだ。こんなヤツ、俺でも相手取れる。

「よっ、と……!」

 粗の顕著な行動を取るスケルトンを一体、一体とダガーの餌食にする。
 弱い、弱すぎる。何十体倒しても経験値が稼げなさそうな弱さだ。

 蹴っても殴っても倒せる。腕の骨をもぎ取って無効化してから倒す。
 レトの体当たりですら骨が崩れて撃沈。攻撃力はあるが、防御力ゼロの紙装甲だ。少しカルシウムが足りないんじゃないか?

 ただ、数が多い。倒しても倒しても次から次へとやって来る。キリがない状況というのは、こういう事だ。
 俺は別に良いんだが、テレサが危ない。早く数を減らさないと……!


「──お? 誰がいんのかと気になって来たら……」


 声が新たに生まれ、洞窟内に響く。何よりも耳障りで腹立たしい声だ。
 あの声の主は……一人しかいない。身体が不快に反射して振り向いた時、そいつは背筋の悪い体勢で立っていた。

「よお、オリジン」

 ロギニ──。

 今でも憎らしい奴がそこにいる。見た途端に歯が噛み合い、負の感情で軋む。

「お前……!」
「久しぶりだなあ。こんな所で会えるなんてよぉ」
「なにが久しぶりだ。呑気なことをほざくな」

 全然嬉しくない、と表情を送り、さらに中指を立てる。あっちも中指立てて返してきやがった。

 ネメオスライアーが消滅した後、ロギニはいつの間にか消えていた。
 光の奔流に巻き込まれたかと思ったのだが……まあアイツの持っているスキルの効果で死なないから、どうやられても意味が無い。その代わり弱いけど。

「キュイィ……ッ」
「誰ですか、あの人は……ヒトなんでしょうか?」
「ヒトでもなんでもない。ただのクズ野郎だ。敵だ」
「シンジさん?」

 横でテレサが見つめてきた気がしたが、当の俺はロギニを眼力だけで殺してやろうってくらいに睨む。意外な再会は驚きよりも怒りが優先的に滾った。
 筋肉が怒りに震えるが、それとは別のも宿っていた気がした。

 厭悪に睨まれるロギニは「まあまあ、ピリピリすんなよ」とヘラヘラ抜かし、「おっと?」とも加えて、

「あの女がいないな。どうした? カノは捨てたか? 新しい女に乗り換えか? オリジンは良いご身分だねえ。将来は女を囲ってハーレムか?」

 キョロキョロと見回し、この場に居ない人物の消息を問うた。

「ふざけるな……!」

 顔に刻まれた険しさが度合いを増す。

 元カノ……アイツが言ってるのはフィーリのことだ。

 きひっ、と血色悪い唇は、わざとらしさを孕んだ笑みを浮かべ、やはり不快にさせる。質問に意味は無く、ただ嘲りたいがための行為だ。その顔をぶん殴ってやりたい。

「……フィーリはもう死んだ。お前のせいで死んだ」
「その節はどうも。ご愁傷さまだったなあ?」
「お前がけしかけてこなきゃ、あんな事は起こらなかったんだ。全てお前が……!」

 あの時の記憶を顧み、右手が拳の形になる。「ハッ」とロギニが声を鳴らした。

「まあ凄んじゃってよぉ。ちょっくら様子を見に行ったら、こんなところでまた会えるとは思わなかったぜ」

 フィーリの事はどうでもよさそうに片付けるロギニの足は、とある方向へ。ヤツの関心はシュヴェルタルに移ろいでいた。

「情けねえ話だなあ。お前もオリジンに負けちまいやがってよお。とびきり強えのが出来上がったってえのにな」

 自分の方がめちゃくちゃに弱いくせに、とんでもなく強くて倒すのに苦労したシュヴェルタルを上から目線。でも、ヤツの言い方が気になった。

 出来上がったとは妙な言い方をする。商品に対する物言いだ。
 命を軽く見るヤツだが……その言い方は少し違う気がした。

「言うこと聞かねえしよ。壊して、、、やろうかって考えたんだがな……」
「何を言っているんですか、あの人は……?」
「気にしても仕方ねえよ。イカれてるし、どうせボコボコにするから」
「あの人はシンジさんの何なのですか? レトさんも怒っているようですが?」
「知り合いじゃない。半分かたきだ」
かたき……」

 反芻するように呟くテレサ。その後に「ま、」とダミ声が静寂を穢し、

「どのみちオリジン一行様はここで諸共に終わるからよ──」

 含み笑いをきっかけに、地面が変異する。
 黒い水溜まりが生まれては広がり、そこから人影がにょきっと伸びる。地面から生えた人影は姿形をくっきりと映し、あのスケルトン達が新たに数体も出現した。

「どうよ? この数は」

 目視では数え切れない量のスケルトンの集団を背にし、優越を抱くロギニだが、

「弱いのを何体出してきてもな……」
「だろうよ。シュヴェルタルそいつと比べちゃコイツらは失敗作、、、。ダメダメの……雑魚っ、だ」

 裏拳で一体のスケルトンを殴打。頭から先にバラバラになって使い物にならなくなってしまったが、一体減ったところで集団の脅威は劣らない。

(失敗作……?)

 そう烙印する口振りに、疑念の余地が入る。
 骨片と化した者を一縷も気に掛けないロギニは「けどな……」と繋ぎ、

「質より量。戦いは数だぜ、アニキ?」
「うっせえ、お前の兄貴になった覚えはねえっ」
「ムカつくくれぇーに同感だぜ! だから死ね──!!」

 長い前髪の間から覗く目が、かっと開く。
 宣告が合図となり、スケルトン達が骨を軋ませて雪崩と化する。場は束の間の平穏が破られた。

「数が増えたって……どりゃぁっ!」

 先陣を切るスケルトンを、同じように倒し続ける。弱い点はさっきと変わらないが、数の多さは面倒なことになっている。戦いは数ってのは道理に通じていて厄介なものだ。

 数の暴力に少しずつ居場所を分断されてしまう。倒したスケルトンの数が増えるほど、仲間との距離が離れていく。

 助けに行きたいのに、助けに行けないのがもどかしく焦りが勢いを強める。
 頼みの綱であるカルドはパーティの中で一番強いことを知られたか、向かってくるスケルトンの数が多く、取り殺される事態を迎えることはなくても行動範囲を狭められていた。

 凶報はそれでは終わらず、

「っ、やばい……っ!」

 危うい兆候を目撃した。

 手負いのシュヴェルタルが起き上がり、進撃を始めていたのだ。しかも、テレサを標的に少しずつ迫って。
 動けるとなれば、スケルトンより脅威は大きい。シュヴェルタルがテレサを殺すなど造作なく済むからだ。

「逃げろっ! っ……邪魔だ!」

 この場から離れさせようと、逃走を図らせる……が、スケルトンらは許さなかった。

 救援に行きたいが、スケルトンが数に物を言わせて阻む。蹴散らしても別の個体が邪魔をする。
 時間を取られ、次に見た時には……シュヴェルタルが近くまで詰めていた。

「あ……!」

 執拗にテレサに構っていたスケルトンらを退けるように粉砕し、得物を握った手が狩る者を定めて揺らめく。

 殺される──。
 早く、早く助けに行かなくては……!!

 助けに行こうと仲間の誰もが全力も向かう。だけど、救出の駆け足がどれも届かない。
 とうとう逃げる道の無いテレサに剣刃が降ろされようとした。

 やめろ、やめろ、やめろ。
 やめろやめろやめろやめろやめろ、やめろおぉぉぉぉ──!!

「テレサッ!!」

 叫ぶ。悲惨な運命を拒んで。

 その時だ。異様な事態が起こったのは。
 命を吸うはずの腕が何故か急に止まった。

「……え?」

 目を瞑ったテレサが見上げ、静かになったシュヴェルタルの動向に戸惑いを発する。

 シュヴェルタルは一時停止。身体が石にされたかのように硬直する。
 新たな動きの兆しはまだ出ず、テレサが殺されずに済んだのは良かったが逆に不気味だ。

 なんだ? 何が起きているんだ……?

 全然動かないシュヴェルタルは、自分の剣で処するはずだったテレサをじっと見ている。いや、見ているのは首元の飾りか?

 剣が手からするりと落ち、シュヴェルタルはその状態を維持した後……ふらりと身体がよろめく。しまいには頭を抱えて、痛みに苦悶してるかのような行動を起こした。

「おいっ! どうした……!?」
『ッ……テレ、サ…………ァガッ、グッ……!!』

 なにか喋っている。人らしい声を発さなかったアイツが言葉を紡いでいる。
 普通のモンスターじゃないのは分かるが、喋りだしたことでいよいよ謎が深まった。

 やはりシュヴェルタルは人なのか? いや、でも──



『テレサアアアアアアアアァァァァァァァァ……ッ!!』


 ────は?

「え……!?」

 苦しむシュヴェルタルが突如叫んだのは、テレサの名だった。
 知るはずのない、初めて会う者の名をシュヴェルタルは声高に吠える。ひどく苦しみながら。

 なんで……? どうしてシュヴェルタルがテレサを呼んでるんだ?

 二人に接点は無い。この場所で初めて会ったんだ。お互いが両方を、一方的に知っている事も無いはずだ。それがどうして……。

「あぁ!?」

 ロギニも何故か呆然としている。という事は、アイツにとってもこれはイレギュラーな展開ってことか?

『オォ、オオォッ。テレサ……シェ、リィ……グ、オォ……ッ』

 シュヴェルタルは頭を抱え、呻き苦しみ彷徨いながら下がっていく。
 名前を読んだのは偶然ではなく、雄叫びばかりを上げていた口からは何度もテレサを、そしてテレサの母の名までも口にした。

 シュヴェルタルのヤツ、テレサを呼んでいた。初めて会ったはずの名前を言ってた。
 どういうことなんだ? これはただの偶然か……?


「…………お父、さん?」


 ふいにテレサの口から、出るはずのない言葉が漏れた。

「お父さん!?」
「父親だと? あれが……!?」

 急に何を言って……そいつはモンスターであって、テレサの父親じゃないんだぞ!
 その人は既に亡くなっている。何年も前に死んでココル村の墓地に埋葬されたんだ。だからシュヴェルタルが父親であるはずがないんだ。

「……あぁ、そういうことかよ」

 しかし、ただ一人だけ妙な状況に順応した者がいる。

「そこの女の知り合いだったのかよ。これはこれは……」
「なに?」
「いやぁ、そーゆーことだったのかぁ。こりゃ劇的な再開だなぁ」

 ロギニは俺達を置いて口端を上げ、何故か納得したような様子でおかしな事を言い放つ。
 知り合い? テレサとシュヴェルタルが──? 

「どういう事なんだ……答えろっ!!」
「思い出したんだよ、ソイツは。生意気にも生前の記憶をな」
「記憶を思い出した……?」

 モンスターが……記憶を思い出す!?
 なんだよ、生前って……その言い方はまるでシュヴェルタルが元は死人みたいじゃあないか。

 意味不明な事を言う。モンスターはモンスターだ。それ以外の何物でもないだろ。

 でも……それだと、あの奇怪な行動の説明がつかない。シュヴェルタルがテレサの名を口にして苦しんでいる理由が判明しない。
 逆に生前の記憶を思い出してことを踏まえれば、合点がいってしまう。

 そんな心中を察しているようにニヤつくロギニ。血色の悪い唇がさらに動いて、

「──無料タダじゃないんだぜ。モンスターを用意すんのは」

 ロギニの言うことは、すぐに理解できなかった

 タダじゃない? モンスターが?
 用意? その意味が分からない。モンスターは自然発生しているんじゃないのか?
 
 ヤツは自分の言っていることの意味が分かるだろとでも言いたげに笑み、続きを言おうとはしなかった。
 代わりに「ひひっ」と笑う。悪巧みを閃いたらしい。

「面白いこと考えついたぜ」

 良からぬ意思を宿した黒い身が、シュヴェルタルに近寄る。
 ヤツの手が黒い背中に伸び、ぽんっと置かれた。

『ウッ、グ……オオオオォォォォッ』

 触れた時から変化は起こる。手を置かれたシュヴェルタルが呻き声を放ち、また深く苦しみだす。その異様な光景は、過去の記憶が教えてくれた。

 アレはっ、ネメオスライアーの時と同じ……強化を行っているんだ。
 ヤバい。元々強いモンスターをさらに強くしたらどうなるのか知っている。

『グオォッ、オオォ……!』
「よぉし、命令だ。あの女を殺せ。取り返しのつかねえぐらいになあっ!!」

 強化が終わり、ロギニに従ってシュヴェルタルが立ち上がる。ヤツの容姿は霊峰の麓で戦った時のネメオスライアーと同様にひどく歪んでいた。

 フシューと口元からこぼれた息遣いが何だか痛々しい。変貌後の姿は、テレサにはショックが強く「ひどい……っ」と嘆いた。

 ロギニが命令で殺そうとしている女ってテレサの、ことだよな。
 仮にも父親であろう奴に強制的に殺させようとは……下衆なことを考えやがって!

 地面を噛んで、シュヴェルタルが自分に下された命に動かされてテレサの命を奪おうとしている。

 間に割って入ったのはカルドだ。得物を構えて、シュヴェルタルからテレサを守ろうとし、刃を交える。
 一人の少女の命を刈り取ろうとする剣は、さっきより乱暴なものになっていた。

「くっ、う……荒唐な……!!」

 ガンガン、ガンガンと剣を叩きつける。斬る、じゃなくて鈍器の扱い方だ。
 暴れん坊の如き振る舞いを断続で受け、カルドの剣が今に折れてしまいそうだ。

 圧されに圧され、カルドが退いた時──長剣が離れた間合いを一気に詰めて大気を斬った。
 軌跡はカルドの胸部に傷を刻み、そこからピッと血が少しだけ噴出する。

「う……っ!」
「カルド!!」

 傷は深くはないが、絶望を与えるのには十分だった。
 もう一振り長剣が襲い来るも、そっちは上手く防ぎ後退する。シュヴェルタルは追ってこず、その場に蹲った。

 速い……あの【閃傑】ですら刃が立たなくなっている。まだ戦える様子だったら、カルドが殺される可能性が高い。積もったダメージが阻止したのが救いだ。

『オ……ォ、ア……』
「なんだあ? 強化してやったんだから、もっと仕事しろよ。この……っ!」

 どれだけロギニが動けと命令しても、苦しそうな息遣いだけが返る。さっきのダメージが深いのか、またはシュヴェルタルの中で何か起きてるのか……。

 ようやくテレサのもとへ駆けつけたところに傷口を抑えたカルドが退り、背中が大きくなる。
 やられてもなお盾となるが、その身は疲弊が積もっていた。

「大丈夫か?」
「まだ動けるが……引き際を決めた方がいい」

 もっともな判断。俺もそう思っていたところだ。
 シュヴェルタルが蹲ってから新たに行動しないことに痺れを切らして、ロギニが生き残っていたスケルトンに指示を下す。

 逃げるのなら今だ。
 討伐は一旦中止。この場を離れて村に戻らなければ。

「撤退だ、逃げるぞ!」
「逃げられると思ってんのかぁ~? 逃がすかよぉ!」
「あ……」

 動けない駒に代わりスケルトン達が押し寄せてくる。俺もカルドもレトも撤退で意思が一致する中、テレサだけが流れに逆らった。

「待て、行くな」

 父親だというシュヴェルタルのところへ行こうとしている。不安定な様子のテレサを、身をもって制止する。

「退いてもらえますか?」
「行かせないって。さっき見ただろ。カルドを殺そうとしたんだぞ。正気じゃない」
「でも……っ」
「ここから逃げる。皆で撤退するんだ」
「そこを退いてください! あの人は……!」

 自分のお父さん、かもしれんが……違う。
 アイツは……シュヴェルタルは既にテレサの知る人物じゃないんだ。

「道を切り開く。ついてこい」
「わかった。テレサも早く──」
「嫌です……!! あの人のところへ行かせてください……!」
「ダメだ」
「お願いですから……!」
「ダメだッ!!!」

 断固として要求を跳ね除ける。テレサがやろうとしてることは自殺行為だ。
 ロギニに毒されたシュヴェルタルのところへ行けば、すぐに殺される。なのにテレサは何としても自分の選択を貫こうとする。

 涙を含んで見上げる瞳に、感情が揺らぐ。唇を切ってしまうくらい強く噛んでやっと抑えつけることができた。

 行かせない。絶対に……っ。
 何やっても意味無いんだ。テレサの声は今のシュヴェルタルには届かないんだ。アイツの心には……!

「あ……待って、お父さんに……」

 無謀に挑もうとして逃げようとしないテレサを無理やりに担ぎ、先陣を切り活路を作るカルドを追う。後には追いかけるスケルトンの集団を、レトが逃げつつ追わせないように攪乱していた。

 洞窟の奥から舐めてくる笑い声はロギニのもの。その嘲笑は「逃げてどうするんだ?」という、何もできない俺への挑発だ。

「いや、いや……」

 悲しげで、か弱い声が震える。遠ざかりゆく父を求めて。
 何度も繰り返されるのは堪える。特に……心が。

(ごめん……)

 胸中で唱えたのは、テレサに向けたものじゃない。自分への誤魔化しだ。

 悔しい。本当に悔しい。
 命を守ることだけが最善の手。ぼろぼろ落ちてる涙は止められずにいる。

 何もしてやれない無力に駆られながらも、走る。シュヴェルタルから遠ざかる。
 すすり泣く訴えに、聞こえないフリをして。
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