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第三章 水の街
第83話 仮面の警告
しおりを挟む「故郷?」
ぱちっ、と破裂した炎の向こうでテレサが頷いた。
時は夜。ココルを発った俺達は、ミーミルへ至る街道の半ばにて一夜を迎えることにした。
宿泊施設はおろか一軒も民家の無く、純粋なままに育まれた自然は冷気が漂い、肌を撫でる。焚火を中心にして暖を取りながら、炎の色を帯びたテレサが唇を動かした。
「お父さんもお母さんもココルの生まれではありません。私が生まれる前に外から来たんです」
だから──と、まだ伝えていない、二の次にしていた同行理由を明かした。
テレサは親の故郷を知りたかった。行きたかった。
自分のルーツを、自分が何者なのかを知りたくて。
両親はココルの出身ではなく、外からやって来た者達。謂わば余所者だ。
じゃあ彼らは何者で何処から訪れたのか、それを知りたい。両親の故郷が探したいと、テレサは希望じみた可能性を抱く。
「与えられた猶予で探します。見つからなくても構いませんですし、シンジさんのお邪魔にはさせません」
勿論、本命は旅の同行。優先するべきは俺にあると分別はつけているようだ。
異世界の成り立ち、大精神のこと、この世界で起きている異変は既に説明してある。
慎ましき生活を送っていた、小さな村の一人の娘にはあまりにも壮大でおとぎ話のような虚言のような話に、色々まとめて「はあ」と一言の感想に集約されたが。
「そうだなぁ……」
少し考える。今後を踏まえてどうしていこうか、と。
シュヴェルタルの事を思い出し、ロギニの肯定した事実をもう一度噛み締める。
モンスターはトールキンで死した生き物の魂を元にしている。そして魂はイザナグゥから調達している。
魂を穢され、忌まわしき姿へ歪められて地上を闊歩し、生者に牙を剥き脅威を流布する……。
今日だって何処かで命が死んでいる。死期を迎えた魂は全てイザナグゥに流れ着き、やがてはロギニの悪手に捕らえられ変えられる。
刻一刻と侵食されているトールキンの危機、あってはならない循環を早く断ちたいと考えれば、テレサの頼みなど断るべきだが……。
次に一瞥した時、テレサはじっと見つめていた。
微かな不安定を織り混ぜた顔色。諦める理性はあるが、また期待も宿している。
ひんやりとした空気は静かさを加味し、炎と自然の息づく音だけが時の進みを実感させてくれる。静穏の闇に落ちゆく世界も俺の答を待っていた。
秤が一方に傾く。俺の一存はというと……。
「わかった。出来ることなら少しでも協力するよ」
「あ、ありがとうございますっ! 良かった……」
あっさりと簡単に了承すると、テレサの顔から重々しいものが払われ、炎を映した瞳が輝いた。
テレサの頼みを、俺は受けいれることにした。
トールキンの大事が起こっているのに、考えて纏まったのがこれ。甘いと言われちゃ甘いのだが、二の次であろうが仲間の頼みを無下にしたくはなかった。
消息不明の大精神を救け、イザナグゥを目指す。
その道すがらで探す。それでいい。
「見つかるといいな。手掛かりは無いの? テレサの母さんは何か言ってなかったか?」
手掛かりになりそうなものを記憶の引き出しから探すテレサ。だが、引き出した途端に俯瞰気味になった。
首を傾けて口ごもった理由はと言うと、
「母は遠くから来たと言っていましたが、それ以上は何も言いませんでした。思えば……言わなかったというよりは言いたくなかったと考えるのです」
「言いたくなかった?」
「理由は分かりません。ですけど、それを口にする時の母は幾度様子が違っていました。ぼうっとしているような遠くを見ているような……ですので、お母さんの昔のことは深くは知らないんです」
初めて聞く家族の一面は意外なものに思えた。
話を聞くにテレサの母さんって優しさと何処かズレた茶目っ気を持った人物とイメージしていたんだが、娘に言わないのはそれだけの理由があったのか。
「手掛かりは無し。親以外の関係者は知らないか。これは骨が折れそうだ」
「迷惑はかけませんので……」
「いんや、別にいいんだよ。テレサだから手伝ってやるまでさ」
手掛かりとは程遠いヒントでしか提示できなかったテレサにフォローを入れる。
どのみち前途は難ばかり。まあ、行きながら探すとしますか。
……だが、もしもの話だ。
もしも、ではあるけど、テレサはそこから先はどうするんだろうと、仮定の範疇を越えない疑問が水面下から現れ、好奇心が尋ねざるを覆した。
「親の故郷が見つかって親戚に会えたら、テレサはどうするんだ?」
「え……?」
返ってきたのは、何故か疑問形だ。
「あ……見つかったら、ですか? それは……まだ分かりません」
しゅんと項垂れる。噤んだままで、それ以降テレサが何とも言える素振りは見られなかった。
迷いさえ含んでいる。探すことしか頭に無くて、そこから先どうするかはまだ考えていなかったようだ。
「わりぃ。また今度でいいや」
軽く謝罪を置いて、話を一旦打ち切る。
すぐに見つかる保証は無いし、時間はたっぷりとある。今急かしても仕方のなきことだ。
いつかは訪れるその時までに決めてもらうとして……夜も深くなってきた。
「そろそろ寝な。眠って疲れを癒やして明日に備えろ」
「はい……シンジさんは眠らないのですか?」
「野宿の夜は危険が多いからな。誰かさんがよぉーく眠れるよう見張らないと。レトが居たら代わりばんこ出来たんだがなあ」
「では、やはり私も……」
「いいっていいって。遠慮しなくていいんだよ。睡眠不足は女の敵って言うぜ?」
一人先に眠るのに躊躇うテレサだったが、渋りながらも折れ、外套を毛布代わりに被って就寝に入ろうとする。その時だ。
「シンジさん」
眼が閉じる前に呼びかけられる。まだ何かあるのか?
「おやすみなさい。明日も貴方にとっていい日でありますように」
笑みを目口に刻み、テレサは先の幸運を祈った。
その言葉に魔術なんて力は無いけど、目には見えない特別な魔力があった。
ついて来てくれたのは嬉しかったけれど、実は無理をしているんじゃないかって不安もあった。
けれど、それも無駄なこと。テレサは事の重さを背負ってる感じがしなくて、いやむしろ重いからこそ力になってやりたい、そんな人間性を彼女は持っている。
良い子だ。この子に逢えて、パーティに入ってくれて、一緒に来てくれて、本当に感謝している。
「ああ、おやすみ」
自分もまた祈りを、謂われ無き力を込めて送る。
それを最後に、テレサは漸く眠りについた。
……んで、深い眠りに入ったであろう頃に、
「さーて。どうすっかな、これ……」
虚しい呟きを嘆息と共に吐く。手中には、まだ胃に流し込めていなかったコンシールがあった。
保存性の良く、旅食に適しているコンシール。テレサは美味しく頂いたものの、俺の味覚には危険なまでに刺激を与えてくれる劇物だ。
「く……ぅぐ、まっず」
火に炙れば美味に変わろうという見通しも甘く、死の味は舌の上で舞い踊る。
脂汗がぶわっと滾る。どうあってもコレを美味しく食べられる日は来てくれないようだ。
──真っ暗闇の中で意識が覚醒する。
いつかの時と同じく、何も無い闇だけの空間に俺は存在していた。
正面、顔を少し上げた方向に物体がある。
仮面だ。それもかつて頼まれて創ったアンブラの仮面が空中に浮いている。
ギョロリと凝視される錯覚。だが面に覆われてるはずの顔はなく、アンブラの身体も無かった。
どうして仮面があるのか。安否の不明なアンブラは何処に、と辺りを見回した時、それは起きた。
『…………来ては、ならない』
仮面は喋る。アンブラそのものの声音で。
いつものように静かで、どこか苦し紛れに押し出したような声。それは警告と称せるものだった。
「待、て──」
意味を尋ねようと一歩進めた時、周囲に生じていた闇の世界が違うものへ変貌していった。
身体がビクリと跳ねて、炎がぼうっと灯りだす。
「……あ」
アンブラの仮面は既に無かった。
前より少しだけ弱々しく燃える炎。音色を爪弾く虫達。風に揺られる林木。それからテレサの静かな寝息……間違いなく自分のいる現実だ。
「寝てた……のか」
無用心にも気を緩めて眠ったらしい。いつモンスターや猛獣が襲ってくるとも分からない時間に。
自分の不注意さを責めつつも、居眠りの間に見たものを振り返った。
あれはただの夢か、それとも現実か。
どちらであろうとも、アンブラが残した言葉がとても気になる。
来ちゃいけないって、どういう事なんだ?
アンブラはどうしてあんなことを? 俺が来ることをなぜ拒む?
イザナグゥは何が起きている……?
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