異世界を創って神様になったけど実際は甘くないようです。

ヨルベス

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第三章 水の街

第95話 マープルと呼ばれた名無しの少女

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 ……おかしな状況だ。

 出所不明のモンスターの襲撃、マープルの出現。
 それらが落ち着いた後、人目を避けた場所で腰を下ろしていた。

 マープルが目の前で対面している。動くことのない死骸を傍に置いて。
 狂暴だったはずの異形の存在が、大人しく座っている。こっちが話しかけてくるのを待っている。

 改めて相手の全身をじっくりと、その異様な容姿に惹きつけられながらも観察する。湖に引き込まれた時と相違無いが、ゆっくり見れる機会は初めてだ。

 これがマープルか。
 見れば見るほど不思議な外見だ。人間らしくもあるが、人ではない特徴がある。アピス族のような異種族の一種であればいいが……。

「っ……」

 いってぇ……。

 じんじんと傷が疼いた。
 痛みを訴える腕。この歯型の跡が残っている。これがこの子が与えた傷だと思うと、違和感を覚えた。

 よく分からんな……さっき見た狂暴の片鱗が無い。
 今は大人しくしているが、いつ襲ってくるとも予想つかない。

 頭を撫でるだけで静かになるのも驚いた。どっちがこの子の本性なんだ?

「あー、あー、言葉通じてる? ハロー? アニョハセオー? ニーハオ? それともグーテンモルゲンがいいか? いや、夜だから違うか」
「お兄ちゃんの言ってることが分かんないよ」
「ただの冗談だよ。話ができるならいい。じゃあ質問するけど、お前は何者なんだ? 名前は?」
「ナマエ?」

 少女の首が傾く。こっちも釣られて首を傾げそうになった。
 はて、どうして名前に引っかかっているんだ?

「ナマエって、なあに?」

 おいおい、そこからかよ……。

「名前と言ったら名前だろ。この世はいろんなものに名前があるの。例えば俺はシンジって呼ばれてる。皆本みなもと進児しんじ。それが俺の名前だよ」
「シンジ……?」
「そうそう。シンジって呼んでいいぞ」
「お兄ちゃんのナマエ、シンジ……お兄ちゃんがシンジ……」

 マープルは何度も名前を唱える。名前が珍しいのか、呼び名があることを珍しがっているのか。

「あ! ナマエ! 私にもナマエあるよ!」
「おお、なんて名前だ?」
「ガキ! クソガキ!」

 えぇ……。

「本当にその名で呼ばれてんのか?」
「うんっ!」

 いや、当たり前に頷くなよ……。

 微塵の疑問も抱いてない。その呼び名が罵倒であるのを知らないんだ。
 えへん、となっているのが異常さを語り、涙を誘う。

「それは名前じゃないな」
「えー? いつもクソガキって呼ばれてるよ?」
「誰がその名で呼んでいるんだ?」
「気持ち悪いヒト! お兄ちゃんと同じ大きさのヒト!」

 ふむ、気持ち悪くて同じ身長の人物か。漠然としていて、すぐには特定できない。
 この子と関係のありそうな人物といえば……まさか、な。

「こんな髪のヤツか?」
「あっ、それぇっ! そのヒトだよ! 似てる!」

 前髪を引っ張って、ある人物の顔真似を見せる。まさかの一発正解だ。

「そのヒトね、いっつもいじめてくるんだもん。アイツ嫌い!」

 マープルはぷんぷんに怒り、嫌悪を露わにした。

 この子が言う虐める相手とはロギニで間違いない。
 あの野郎、テレサの父さんだけでなく、この子にも関わっていたのか。

 アイツが関わっているって事は、この子も……。
 ロギニによりモンスターとして復活した。シュヴェルタルと同じように。

 こんな……小さい子が……。

 死体をわざわざ運んで──ほぼ俺が運んだのだが──いるんだ。仲間として親しみがあったんだ。
 それだけで十分に証明している。この子と死骸は同類の存在だと。

「お前は……いつから居るんだ?」
「うーん、いつだろう? わかんない」
「お日様が昇るのを何回見た?」
「いっぱい! いっぱいのいっぱい! たくさんっ!」

 曖昧ではっきりとはしない答えだ。
 だが少なくとも、シュヴェルタルより前には出現している……そう考えることができる。

 ココルに来た時点では、シュヴェルタルの出現時期はまだ数日前程度だった。
 少女の言う時期が、それよりも前だとすれば……。

 現状、人型はシュヴェルタルと大勢の屍だけと思っていた。
 実際は彼らよりも前に、この子が出現していたんだ。

「お兄ちゃん、どうしたの? 顔がヘンだよ?」
「あ、ああ……気にするな。アイツはお前に何をさせているんだ? 何を言いつけているんだ?」
「んー……コロす」
「殺す!?」
「うん、ヒトをどんどんコロせって。いっつもそう言ってくるの。遊びたいのに怒ってくるんだもん」

 犠牲者を増やす……モンスターの材料になる死者を集めようとしているのか?
 幼気な子を利用するとは、ふざけた真似を……。

「で、お前は言うことを聞いて、街の人間を襲っているのか?」
「ちがうもん。でも……」
「でも? どうした?」
「えっとね……本当はね、キズつけたくてしてるんじゃないんだよ」

 したくてしてるんじゃない? どういうことだ?

「やりたくないけど……時々ね、おかしくなってね、キズつけちゃうの。止められないの」
「おかしくなる?」
「トキドキね、頭の中がおかしくなっちゃうの。嫌なのに身体が動いちゃうの」
「んんー? よくわかんねえな。なんだそりゃ」

 矛盾めいた発言だ。嘘を付いていなければ不思議さが極まっている。

「ほんとう! ホントだよ! ウソ言ってないもん!」

 どうにも嘘が感じられなかった。
 嘘をついていない。だからこそ不可解だ。

 ロギニの言いつけに反抗を覚えながらも襲う。
 頭がおかしくなって、身体が勝手に動いて、人を襲う……未知の症状か何かか?


「んー………………ん?」


 そうか、そういうことか! わかってきたぞ!

 つかえていたものが取れた。
 湖から上がった時と今の言動が異なっている理由。それは──


 この子は二つの心、、、、を持っている。

 人間とモンスターの心を、モンスターでありながらも人でもあるんだ。
 シュヴェルタルが生前の自分を思い出した。人としての心を取り戻したのが参考になった。

 ただ違うのは、この子の心は天秤だ。
 ヒトとモンスター。そのどちらか一方に傾いて、それに突き動かされて行動をしているんだ。
 ある時は子供として純粋に、ある時はモンスターとして。

 この子は中間的でイレギュラーな存在なんだ。
 確証は無いが、矛盾した行動が解けてくる。襲いかかってきながら頭を撫でただけで落ち着いたのも頷ける。

「言いたいことはよーくわかった」
「ほんと?」
「本当さ。あと、嫌なら言うことを聞くのを止めておけ。アイツはお前のことを何にも思っちゃいない」
「そうなの?」
「アレはそういうヤツだよ。それともまだ言うこと聞くか?」
「……ううん、わかった。そうする」

 聞き入れてはくれたが、どうも晴れない表情だ。
 眉のハの字が解けないのは──

「どうしよう……ナマエが欲しいな」
「なんだ、名前が欲しいのか」

 少女は名前を求めていた。自身の呼び名を欲しがっていた。

 名が欲しい……。
 そうだな。いつまでもクソガキのままじゃ可哀そうだ。ここで名前を考えてやろう。

「マープルは味気ないな。そうだな……『ビィビィ』でどうだ?」
「びぃびぃ!?」

 うおぉ、一個目でもう食いついた⁉

「それいいかも! ビィビィちょうだい!」
「頂戴もなにも、欲しいのならくれてやる。もうお前の名前だよ、ビィビィ」
「やったあ! ビィビィ! ビィビィ!」

 名を連呼をするビィビィ。とても気に入っているようだ。
 プレゼントを与えられた子供みたく興奮している。名前を与えられたのが嬉しいんだ。

「うれしい! ビィビィうれしいっ!」
「おわっ!」

 ビィビィが抱きついてくる。嬉しさで衝動的になったのか、身体をスリスリ擦り付けてる。

 うわっ、服が……またヌチャヌチャになっちゃったよ。
 体質なのか体表の湿度を保つ為(?)の粘液と、磯に近い臭いが付着してしまった。
 まあ、本人が喜んでるから、このままでいいか。

「はは、落ち着けよビィビィ」
「はい! ビィビィだよ!」
「いい返事だ。ビィビィはどこから来た? いつもは何処にいるんだ?」
「水が出てくる穴の深いところ。向こうにあるんだよ」

 鋭い爪先が一方向に止まった。
 その方向は確か、オンディーヌ水鏡窟がある。水が出る穴と言っていから間違いないな。

「穴の奥にはね、おっきなおっきな子がいるの」
「おっきな子?」
「うんっ、そうだよ。とっても大きくて柔らかくていろんな形に変わるの」
「それって……」

 どう考えても、あの洞窟の奥で陣取っているスライムと合致している。
 まさか、この子とスライムって……!

「お前、あのでっかいのと知り合いなのか?」
「そうだよ! あの子とトモダチなの!」
「はいぃ!?」

 あのスライムが……友達ぃ!?

「本当か!?」
「うん。どうしたの?」
「覚えてないか? その友達が守ってるものなんだが……」
「あの閉じ込められてるヒト? 可哀そうだよね。気持ち悪いヒトから言われてるの。誰にも渡すなって」

 くっ……それもロギニが絡んでいるのか。だからアプスを見つけた俺達に奇襲したんだ。

 スライムに為す術無しで吹き飛ばされた。
 あんなもの敵いっこない。あれが放置されてるってことは、誰もが戦闘を避けている。討伐に益が無いか、または挑んだが逆にやられたか。

 倒すのなら相当な戦力が必要だ。だが、大型モンスターとの戦いを避けられるのなら?


 そうだ、アプスを助けられる──!!


「なあ、俺達その人を助けたいんだけど、どうにかならないか?」
「あのヒトを助けたいの?」
「そうそう。でも、その友達に邪魔されて助けられなくて……何とかならないか? お前なら友達を説得できるだろ?」
「できるよ。でもぉ……」
「タダなんて言わないよ、何でもするからさ! いや、常識の範囲内というか……とにかくお願いっ! 頼むよっ!」

 アプスを取り戻すにはビィビィが必要だ。ビィビィに居てもらわないとスライムは抑えられない。

 合掌する前で、ビィビィは「うーん」と指を口元に添えて考え込んでいた。
 条件があるのなら受けてやる。あくまで常識圏内だが、どう来る?

「……あのね、トモダチを捜してるの」
「友達? さっきとは別の友達か?」
「うん。トモダチ、ヒトに何匹も連れていかれちゃった。この街に連れてかれたのは知ってる。でも何処にいるのか分からないの」
「連れて行かれる? 人間にか?」

 質問に、小さい顔が縦に振られた。

 モンスターが誘拐される? 人攫いじゃなくて?
 これまた奇妙な出来事だな、それは。ビィビィが街に出没しているのは、この為でもあるのか。

 誰だ、街にモンスターを連れ込んでる傍迷惑な行為をしている奴は。
 飼育でもする気か? 趣味が悪いな。モンスターが街中に放たれたら、どうするつもりなんだ。

 ……あれ? 何か引っ掛かるな。
 なんだ、このモヤモヤした感じは……。

「一緒に捜してほしいの」
「むむ……」

 行方不明のモンスターの捜索かあ。思いもしない条件を突きつけられたな。
 敵性生物を捜すとは奇妙な話だが、あの巨大生物に襲われずにアプスを助けられるのなら、断る理由が無いよなあ。

「わかった。一緒に捜してやる。手伝ってやるよ」
「ほんと!? ありがとう!」

 条件を呑むと、ビィビィは相好を崩した。

 嬉しそうだ。歓喜の表情を浮かべている。良い顔だ。
 やっぱり笑顔は人と変わらない、純粋な子供そのものだ。

「よし、と……そろそろ戻らねえと。お前も来るか?」
「えっ?」
「ん? どうかしたか?」
「行ってもいいの──?」

 ビィビィが目を瞠りながら尋ねた。
 自分の耳で聞いたことが聞き間違いじゃないことを確かめるように。

 間を置いて、心の内が読めてきた。
 初めてだったに違いない。ヒトに寄り添うことのできなかったビィビィにしては、これは願ってもいない誘いだ。

 行きたいと思わないはずがない。
 あと少し、留まっているビィビィに手を差し伸べてやるんだ。

「当たり前さ。他人の家だから許可は必要いるだろうが、まあ大丈夫だろ」

 そう返した後、ビィビィの表情がぱっと輝いた。

「行ってみたい! 一緒に行く!」
「いいぜ、ついて来な。レト、行くぞ」
「キッ……」
「ねえねえ、そこにいる名前は? 教えてよ」
「キュイィ……」
「ああ、こいつはレ……」

 ビィビィはずっと静観していたレトに近寄り、興味ありげに眺めている、のだが。

「キュイッ!」
「いたっ!」

 触れようとしたビィビィの手を、レトの前足が突然叩いた。

「キュシャア……」

 なぜかレトは怒っていた。
 牙を剝いてシャーシャー鳴いてる。こんなに興奮しているのはなかなか見ない。

「キュキキキィ……!!」
「やだあ、この子怒ってるよお。仲間トモダチなのにどうしてえ?」
「お、おい、レト。大人しくしろっ、どうしたんだ?」
「キュシャアッ!」

 威嚇は収まらない。レトはまだこの子を敵だと認識している。だから敵意を向けているんだ。

「落ち着けって。この子は敵じゃねえから」
「キュイィ……ッ」

 剝き出しの牙は収まらなかった。

 言うこと聞いてくれない。どうあっても敵対する姿勢は変えないつもりだ。
 放っておくと、ビィビィが怪我を負いかねん。仕方ねえ……。

「しばらく黙っておこうか」
「キュキュキュッ!?」

 ビィビィに見えないようレトを捕獲。後ろから首をホールドする。

「ギュイィ……ッ」

 首を絞められ、苦悶。苦しそうで可哀そうだが腕は緩めてやらない。

「お前が悪いんだからな。わかったな?」
「キュギッ、ギィ、キュエェ……」

 カクリと四本の脚がだらんと下がった。
 ふう、気絶したな。これで一旦はビィビィに危害が及ばないな。
 必要とあらば動物虐待も平気でやってのける。それがシンジという男だ。
 
「どうしたの? その子、倒れちゃったよ?」
「疲れてるから休ませておいたんだ。気にするな。それじゃ行こうか」
「うん!」

 ビィビィが頷き、いざ発とうとした時、静寂が破られた。
 騒がしく鳴る金属音。ぞろぞろと駆ける足音が地面を打ち、大きくなる。

 そうだった。さっき助けた騎士が応援を呼んだんだ。
 うわ、表の通りにあんなに人が……見つかるのは面倒だ。ビィビィが彼らに見つかったらどうなるか。

「マズいな。どうにか逃げないと……」
「逃げるの? 付いてきて。良いところ知ってるよ」
「良いところ?」

 こっちこっち、と促され、ビィビィの後をついて行く。
 案内された先は水路だった。

「まさか、ここを?」
「これなら気付かれないよ」
「お、おう……」

 波紋の立たない水面にビィビィが飛び込み、「来て来てー」と招いた。

 進んでいかなきゃならんかあ。
 うう、背に腹は変えられんか。明日は風邪をひきそうだ。




 難なく進むビィビィを先導に水路を進む。
 水の中を泳いでいくのは面倒だが、捜索する騎士に気づかれることなく街の外へ出た。

 畔に着いた後は、地面の土を掘り、その穴にモンスターの死体を入れる。埋めた後は簡単な墓を作り、その前で手を合わせた。
 モンスターであっても元は生物、ビィビィの友達だ。弔いは厚くしてやらないと。

「どうして手を合わせてるのぉ?」
「これは死者への祈りさ。こうやって手を合わせて安らかに眠れるように祈るんだよ」
「そうなんだ……ビィビィもする!」
「はいはい、じゃあ……安らかに眠れますよーにっ!!」
「ねむれますよーにっ!!」

 ビィビィの手の平が重なり、二人で共に弔いを行った。
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